「あ、それは私のティーカップですわ。咄嗟のことで、つい」
信じられないといった顔で凝視されるも、ボクの意見は変わらない。
美人に見つめられるのは照れるけど、ここは退けない。
「そんな……ど、どうしてですか! お姉様の邪魔はしません! どうか、どうかお傍にいさせてください!」
一体何がリリアさんをここまで? と疑問に思ったけど、それは彼女自身が話してくれた。
彼女は親の命令で、とある血筋の第一夫人になる予定だったらしい。
しかし、昨日急に破棄されたのだ。膨大な謝罪金と共に。
……昨日って、ボクとガイアルの決闘が原因だよね。
「今までは立場が上のクロイス様に取り入ろうとしていましたが、これもあの男が嫌であってのこと。私を解放してくださったお姉様のお役に立ちたいのです!」
「と、言われましても」
ボクは大人数でいるのは苦手だし、グループも出来れば作りたくない。
親友と二人とか、少人数で行動するほうが好きなんだけどな。
「私は一人で優雅に過ごしたいのですよ。そうですね……では、弟であるハヤトの為に動いてくださる?」
たしか姉さんは派閥を作り直すと言っていた。
クラスが別なら、そのほうがお互いに都合が良いはずだ。
「それがお姉様の為になるというならば。私としては、直接お役に立ちたかったのですが……」
そんな残念そうな顔をされると、こっちまで悲しくなる。
リリアさんは憂いを帯びた顔をして食事を再開する。
ボクが静かにと言ったからか、音一つ立てずに食事をする姿は……思わず見惚れてしまう。
「綺麗だ」
「……ッッ!」
ボソッと出た言葉に、リリアさんは喉を詰まらせたらしい。
静かにと言ったからか、それでも音を立てない徹底ぶりだ。
逆にボクのほうが慌てて、飲みかけの紅茶をそのまま差し出してしまう。
「大丈夫ですかっ! こちらをどうぞ!」
「ッ……ッ……! ふぅ……ありがとう、ございます」
「変なことを言ってすみません」
「いえ! 私よりもお姉様のほうが……おや?」
そうして、彼女は近くのティーカップを手に取ろうとして、既に持っていることに気づいた。
続いてこちらに視線が向けられる。
「あ、それは私のティーカップですわ。咄嗟のことで、つい」
「それは、お姉様と…………ッ!」
食事中だというのに、彼女は微動だにしなくなってしまった。
ちょうど良かったので、その間に食事を片付けることにしたけど……まさかつい、で人が固まるなんて思わなかったな。
彼女を眺めながら食事をしていると、ボクの頭に名案が思い浮かんだ。
これならボクも自由にできるし、彼女の希望も叶えられるかな?
ついでに姉さんの監視……フォローも頼めば、ボクが元に戻った時にも安心できる。
考えを煮詰めていたら、いつの間にかこんな時間だ。
リリアさんはあれから動いていないけど、食事の時間が終わっちゃうよ?
「では、私に提案がありますの」
「………………」
「もし、リリア様?」
「はぅ……私のことは、どうかリリアと呼び捨てになさってください」
男同士なら友人の証みたいなものだけど、いいのかな? まあ本人の希望だし気にしないようにしよう。
「……ではリリア。私の代わりに派閥を引っ張ってくれないかしら?」
「お姉様の親衛隊ですわね! お任せください!」
「え? 違いますけど」
「代表はお姉様、補佐が私。元お姉様の勢力だった女子も加えましょう」
ボクが呆気に取られている間に、どんどん話が大きくなっていく。
チラッと周囲に目を向けると、一部以外の女子は何かを期待するようにこちらを見ていた。
あの子たちって、初日に心配してくれたり、さっきボクを褒めちぎってくれた子たちだよね?
一部女子はオリーブさんと、その周りだ。イブさんは……こちらを見ようともしない。
「……では、そういうことでよろしいでしょうか!」
「え? あ、はい。よろしいですよ?」
話を聞いていなかったけど、多分ボクの悪いようにはならないだろう。
彼女に丸投げできるなら、これでボクも自由に振る舞えそうだ。
「では、私は急用を思い出しましたのでこれで失礼します!」
見ると、彼女は食事を終えていた。ボクも気づかぬ早業……いつの間に?
それだけ言い残すと、音を立てないようにすることも忘れてバタバタと立ち去る。
ボクはまだ周囲に注目されたままなのだけど……後はリリアさんに任せて良いんだよね?
こんなとき、クロイスみたいに何でも話せる親友がいたらな。
縋るようにクロイスへと視線を向けると、目が合った瞬間に逸らされる。
今までの姉さんのせいだとはわかっているけど、ちょっと頭に来た。
「クロイス様、本日はハヤトも含めて、三人で帰りませんか?」
「珍しいですね。しかも三人でのお誘いなんて」
いつも姉さんは、ボクをダシにクロイスと二人っきりになろうとする。
その度にクロイスは躱し、ボクは理不尽に姉さんから怒られるのだけど、今はその経験を利用してやる。
「ええ。最近はハヤトに釣りを学んでいますの。今ではハヤト以上の釣果をあげられますわ」
「ほう! それは素晴らしい!」
クロイスの趣味は把握している。
そして毎回付き合うボクも同じ趣味で、クロイスと競い合える腕は持っている。
「では、今度の休みでも三人で行きましょう!」
「そうですね……え?」
ちょっと待って。いつもなら姉さんは断られてボクら二人なのに、どうして今回は姉さんというか、ボクまで!?




