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「どうしました? いつもの事でしょう」

 

 腕には念のため包帯を巻いたけど、それ以上に姉さんの視線が痛い。

 いつもは一緒に登校する道も、姉さんは一定の距離以上は近づいてこない。

 ボクが止まると後ろで止まるし、ボクが下がるとその分後退する。

 しかし、こちらに向けられるジトっとした目はそのままだ。


「……ハヤト。いつまでもそんなに離れてないでこっちに来たら? 皆様もほら、怯えていますよ」

「………………ジトー」


 取りつく島もないや。

 声に出さなくてもわかっているよ! 理由はわからないけど。


 学園が近づくにつれ、ボクと姉さんは周りの注目を集める。

 ボクだけが学園の敷地に入っても同様だ。

 でも、あれ? ということは、注目されているのはボクだけ?


「あ、あのっ! 腕は大丈夫ですか!」

「え? はい。包帯は巻いていますが、大したことありませんわ」


 色からすると、新入生かな?

 小動物のように可愛らしい子だけど、ボクだけではなく姉さんとも初対面なはずだ。


「昨日の決闘、感動しました! この学園にはお姉様のように強くて美しい女性もいらっしゃるのですね! 是非、私めに指導を!」

「え?」


 彼女の大きな瞳はキラキラと輝いている。

 でも、決闘の指導だよね?


「ありがとうございます。しかし、貴方のような可愛らしい女性に決闘は似合いませんのよ。女の決闘は……えっと……舞踏会ですわ!」


 地獄の特訓メイドさんが、そんなことを言っていた。

 そのためにダンスの猛特訓をさせられたのだけど、爺やとの訓練とは比べ物にならないほどに大変だった。


「まあ! ではあの剣技やステップは、舞踏会で披露されるのですね!」

「剣技はともかく、女性はいついかなる時も優雅であれ、ですわ」


 特訓メイドさんの言葉がこんな形で役立つとは。

 彼女を退けることには成功したけど、ボクは気づけば数人の女子に囲まれていた。

 今度は……新入生だけではなく、先輩方も混ざっているみたいだ。


「男性と互角に戦うあのお姿、私うっとりしてしまいましたわ」

「あの懐に飛び込んでからの、怒涛の連撃! 痺れましたわぁ」

「あの、私も殿方に決闘を申し込まれて困ってますの……どうしたら、お姉様のように勝利を導くことができるのでしょう?」


 それぞれ口々に話すので、聞き取るだけでも精一杯だ。

 褒められたり尊敬されるのは照れくさいけど、決闘の申し込みとかボクに聞かれたって困る。

 あと……皆、距離が近い!


「えっと……あの、落ち着いて」


 一番落ち着いていないのはボクだ。

 この場でボクが女性慣れしていないことを知っているのは姉さんのみ……姉さんなら、この状態を助けてくれるはず!


「じゃ、僕は向こうだから」

「えっ」


 それだけ言い残し、姉さんはさっさと行ってしまった。

 ずっと後ろにいたのに、こういうときだけ先に行かないでよ!!


 ……叫びたいのを必死に我慢したけど、この状況は不味い。


 慣れない状況、クラクラするような良い匂いに囲まれた上、皆これでもかというくらいにギュウギュウ接触してくる。

 混乱しながらも早く鐘が鳴るように祈っていると、キャー! という周りの歓声と共に道は開かれた。


「何を集まっているかと思えば、セシリアではないか」

「クロイ……じゃなくてガイアルか。じゃ」


 必要最低限だけ伝えてその場を去る。

 道ができた今がチャンスだ!


「おい、ちょっと待て」

「おいなんて名前、知りませんわ」


 その言葉に、ウンウンと頷く女性が何人かいた。

 父さんがそうやって呼びつけるけど、ボクも姉さんも無視していたら呼ばなくなったという実績がある。

 だって呼びつけるにしても、礼儀っていうものがあるよね。


「……セシリア、待ってくれ」


 ガイアルがボクの名前を呼んだ時、また周囲で歓声があがった。

 予想はできるけど、ボクに決闘から始まる恋なんてないよ?


「何か用でしょうか?」

「昨日も伝えたが、再度宣言しよう。君を傷つけた責任は取る」


 周囲の歓声は最高潮に達した。

 これ歓声っていうより、もう悲鳴だよね。

 耳がキーンとするくらいに高い声だったけど、皆ボクの返答を聞き逃すまいとすぐに静まる。さすがだ。

 せっかく静かになってくれたし、ボクもハッキリ伝えておこう。


「お断りします」

「しかし、第三ではなく第一夫人として……」

「迷惑です。私には心に決めた方がいますのよ」


 それを聞いて、一部から再度歓声が上がる。

 あ、ボクと同じ色の人ってことは、同学年だ。

 姉さんのクロイス好きは有名だし、誰のことを指すかはすぐに広まるだろう。

タイミング良く声も聞こえてきた。


「そこにいるのはセシリア嬢ではないですか。今日はハヤトと一緒ではないのですね」


 噂をすれば、なんとやらだ。

 ガイアルは明らかに敵視しているけど、ボクとしては手間が省けて助かる。


 皆の注目が集まる中、よく姉さんがしていたようにクロイスへ駆け寄る。

 そして、いつも真横で繰り広げられていた光景を再現することにした。


「あ、あの? セシリア嬢」

「どうかなさいまして? いつも行なっている事ですよ?」


 クロイスの腕にギュ! としがみつき、所有権を主張する。

 その際ハヤト……の代わりにガイアルを睨みつけることも忘れない。


「ほら、クロイス様は私と移動するのです。ハヤ……ガイアルは先に行ってもよろしいのですよ?」


 このセリフもボクらは聞き飽きている。

 姉さんはドヤ顔を決めるけど、クロイスも「ここは上手くやっておくから、後でな」というアイコンタクトをするし、僕もクロイスは靡かないと知っているため気にせず先に行く。


 ただ、今回に関しては色々な誤算があった。


「相手はハヤトではありません。今日は俺たちが先に行きましょう」

「え? キャ! ま、待ってください!」


 そのままクロイスが歩き出したので、ボクは引きづられる形で歩き出す。

 腕を抱えて歩くって、まるで恋人同士じゃないか!

 気づいて放そうとするも、腕が抜けない。まさか?


「あの、クロイス……様?」

「どうしました? いつもの事でしょう」


 その日は始業の鐘より先に、校舎を揺らすほどの黄色い悲鳴が響いた。

 え……待って。そうだったの!?

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