「お姉さんも……死んじゃ、嫌だからね?」
まだ腕は痛むけど、歩けないほどではない。
姉さんは支えてくれようとするけど、それを無視してスタスタと立ち去る。
「その調子なら大丈夫そうだね」
「何よ。ボ……私が負けて欲しかったのかしら?」
生徒指導室から離れたとはいえ、まだここは学園内だ。
念のために口調は戻しておく。
「うーん、悩みどころかな」
「そこは即答してよ! ……してくださいな」
さすがに冗談だよね?
その後、事情を話してメイドさんに手当をしてもらったけど、危険なことはしないようにと叱られた。
「ハヤト様も、今は女の子なのですから。野蛮な行動は慎んでください」
「でも、女性だから勝てないとか、馬鹿にされたままなんて癪じゃない?」
「勝てない事が普通なのですが……まあハヤト様ですしね。今回はよくやってくれました」
「えへへ、ありがとう」
メイドさんは一瞬固まったみたいだけど、すぐに何事もなかったかのようにテキパキと手当を再開してくれる。
そうだ、ボクに決闘を仕込んでくれた爺やにもお礼を言っておかないと。
「ちょっとボク、爺やを探してくるね。戦術指南のお礼を伝えたいんだ」
「え? ちょっと待ってください。今のハヤト様が先ほどみたいに微笑まれましたら、爺やは……」
メイドさんが何か言っていたみたいだけど、既に部屋を飛び出したボクには届かない。
爺やはいつもの場所にいるはずだ。
父さんの執務室で、いつものように……いた!
「失礼いたします。爺や! あのねあのね!」
「セシ……いえ、ハヤト様でしたか。どうなさいましたか?」
仕事中だと言うのに、爺やは休憩とアピールするようにお茶を入れてくれた。
ソファに座って、今日の決闘について聞いてもらう。
「でね、その時カウンターが来ると確信したから、相手の出方を待っていると……」
「ほう。何度も模擬戦をした甲斐がありましたな」
「姉さんの身体、思った以上に力が入らなくて……」
「ふむ。か弱いセシリア様の身体なのですよ。それは当然です」
「だからね! ダンスの動きも取り入れて立ち回りを……」
「学んだことは使わねば意味がありませぬ。例え女性の振る舞い方でも、そのように役に立つことはあるのですよ」
ボクの言葉に、爺やは丁寧に返答してくれる。
父さんの恩師で、昔は名を馳せた騎士だったという爺やだけど、今はボクや姉さんのお祖父様みたいなものだ。
今だって、こうしてボクの話を聞くだけではなく、どうしたら良かったかなども踏まえて改善点を教えてくれる。
ボクはそんな爺やが好きだ。姉さんは何故か避けているみたいだけど。
「これも、大好きな爺やが特訓してくれたおかげだね!」
「ッ! ゴホッゴホッ!」
「え、大丈夫! 爺や、しっかりして!」
お茶を飲んでいた爺やが、急に苦しそうに呻いた。
変な場所にでも入ったのかもしれない。
慌てて駆け寄って介抱すると、爺やは胸に手を当てて呼吸を整えていた。
「……もう大丈夫ですよ」
「ほんと? 苦しくない? 死んじゃ嫌だよ?」
「グホベッ……」
瞳が潤むのを感じながら懇願したのだけど、うめき声をあげ爺やが倒れた。
「爺や! 爺や!」
まさかの事態でパニックになったけど、ボクを叱ってくれたメイドさんがすぐに駆けつけてくれた。
普段は執務室に近づかないのに、たまたま通りかかるなんて……今回はそのおかげで助かったかな。
まだ爺やが心配だから部屋まで付き添うと言ったのだけど、メイドさんに止められてしまった。
「旦那様には伝えておきますので、今晩はゆっくりと休養してもらいましょう」
「なら、ボクがいつもみたいに手を握って爺やを安心させるよ!」
「……やめましょう。死人がでます」
何か深刻そうな表情で言われた。
まさか、爺やが?
「嘘……だよ、ね?」
「あ、死ぬのは私のほうでしたか。ハヤト様、爺やは私達がしっかりと看病しますので、安心してください」
「あの、その!」
「? どうかしましたか」
「お姉さんも……死んじゃ、嫌だからね?」
ボクはそれだけ言い残して部屋に戻った。
後ろで何か倒れるような音がしたけど、モップでも壁に立てかけてあったのかな?
しばらくして、バタバタと何人かが走り回る音が聞こえてきた。
普段なら父さんが怒るから滅多に走らないのだけど、何か緊急事態でもあったのかな。
でも、こういうときは外に出るなと言われている。
ボクは言い付けを守って、その日は早く寝た。
翌日。
朝食を食べにに行くと、普段の半分しかいない使用人と、上機嫌な父さん。
そして、不機嫌な姉さんに迎えられた。
「おはようございまーす……」
「ハヤト!? その格好で出て来ないでと何度言ったら」
「ふぁ? あぁ……今朝はあのお姉さんが来なかったから」
ボクの手当をしてくれたメイドさんが、いつもボクの世話係だ。
普段なら彼女が起こして着替えも手伝ってくれるのに、今日は別のメイドさんがくるなんて。
有給でももらったのかな?
「まあまあ。どうせすぐに着替えるんだからいいだろう」
「でも父さん。淑女の嗜みがどうこうは何処へいったの?」
「今のセシリアには別の素質がある。なら必要なかろう」
一体どういう意味だろう。
ゆったりとした寝巻きでも良い許可はもらったので、そのままの格好で席につく。
やっぱり寝る時くらいは、ボクの身体で使っていた服がちょうどいいや。姉さんとは体型もあまりかわらないけど、男性用なだけあって一部はダボつくが。
せめて羽織ものは必要だったかな? ちょっぴり足が寒いや。
……対面から向けられる、ジトっとした視線のせいかもしれないけど。
「昨日のことは聞いたぞ。ハヤトはモテモテだな」
「ありがとう、ございます?」
クロイスを落とせって言ったわりには、ガイアルに迫られた件も評価されていたらしい。
一応彼も王族関係みたいだし、クロイスじゃなくてもいいのかな?
「もしかして、クロイスじゃなくてガイアルが相手でも……」
「何のことだ? お前が言う親友以外は認めんぞ?」
「やっぱりダメじゃん」
「……違うでしょ」
向かいで姉さんが呆れていたけど、どういう意味だったのかな?
いつものメイドさんがいないせいで準備にも手こずり、朝特有の忙しさのせいでその内考えるのもやめちゃった。
……姉さんのジト目は、今日一日続きそうだな。




