「あ、ちなみに姉さんの負けですよね」
目が覚めると、白い天井が真上にあった。
「知らない天井だ……」
「何言っているの。この前も見たじゃない」
横を見ると姉さんが座っていた。
どうやらボクは医務室に運ばれたらしい。
「全く。よくも私の身体を傷物にしてくれたわね」
「ちょ、ハヤト。ここは学園ですわ」
「今何時だと思っているの? とっくに皆帰りましたわ?」
周囲は既に暗くなっている。
ボクは思った以上に気を失っていたみたいだ。
「しかし、何処で誰に聞かれているかわかりませんのよ? 気をつけなさい」
ボクの指摘に、姉さんは頬に手を当てて首を傾げた。
まるで「大丈夫なのこの子?」と言いたげな仕草だ。
いや、ボクの身体でその仕草はヤメテ。
「バレて困るのは私ですよ。ハヤトにとってはメリットしかなくて?」
「……確かにそうですね」
父さんの後を継ぐのは男のほうだ。
つまり、姉さんがバレると必然的にボクが後継ぎとなる。
何だ、何も心配する事がないじゃないか。
「では早速、先生かクロイスを呼んでこの場を」
「残念。二人共帰りましたの」
「そうですか……」
放課後ということもあってか、帰宅した人も多い。
医務室の鍵を返そうと起き上がった時、忘れていた痛みに襲われた。
「痛っ!」
「ほら、無茶しません事。肩を貸してあげますわ」
「姉さ……ありがとう。でもごめん、言葉遣いは直して」
「嫌ですわぁ」
優しい姉さんだと思ったのは勘違いだった。
無事な右腕を姉さんに預け「ほら、もう少しですのよ」や「それでも男の子なの? だらしないわね」と言われ励まされる。
ボクの身体で女言葉だと……貶されるといったほうが正しいかな。
そのまま二人三脚で生徒指導室に向かったけど、その場所には一人の先客がいた。
「では先生。この通り姉さんも復活したので、僕たちはこのまま帰らせていただきます」
「ああ。鍵は預かっておく。一人じゃ大変だろ? コイツにも運ばせろ」
床には、さっきまでの威勢はどこにやら。
ちょこんとガイアルが正座させられていた。
「いえ、彼を姉さんに触れさせるわけには」
「ハッハ、随分と弟さんに嫌われたな?」
「くっ……」
事前に姉さんが教えてくれた。
なんでも「女性に決闘を強要した上に怪我させるとは何事だ!」と怒った先生にガイアルは連れ去られたらしい。
ボクの感想としては「じゃあ先生、早く止めてくださいよ!」だけど。
とにかく、勝負はこれで終わったはずだ。
「あ、ちなみに姉さんの負けですよね」
「えっ、何で! ……でしょうか?」
あまりの驚きに素が出たけど、誰も気づいていないよね?
「負け……でもないが、勝ちでもないな」
開始はしなくて構わないが、最後にお互いが握手をするまでが決闘だ。
時には倒れた相手に手を差し伸ばす光景も見られるが、大抵は払いのけられた後ライバル視される。
今回は、試合続行が不可能になったボクの負け……みたいだ。
「しかし先生! ボクはあの時確かに一撃を!」
「ボク? 淑女がそのような言葉づかいをするのではない。女性にはわからないだろうが、男同士の友情が芽生えるまでが決闘なのさ」
そういって、歯をキラーンとさせる先生。
ボク、男だったけどわからないや。
まだ納得がいかなかったけど、姉さんも負けたという事実を受け入れているようだ。
なんだろう、試合に勝って、勝負に負けた?
あまりのショックに、自然と涙が溢れてくる。
「あんなに……ぐすっ、あんなに頑張ったのに……っ!」
「え、ちょっと、泣かないでよ。おと……お姉ちゃんでしょ!」
姉さんが意味不明なことを言っているけど、これでボクの嫁ぎ先が決まったも同然だ。
イブさんと一緒にこの男と共にする。さらに涙が溢れてきた。
「あ、いや。確かにセシリアの活躍はすごかったぞ! あの勇姿は学園の歴史に残してやるから、な!」
「ね、ほら。父さんにはちゃんと説明してあげるから!」
先生と姉さんが必死に言葉をかけてくれるも、ボクの気持ちをわかってくれたわけではなさそうだ。
ボクは、ボクは……守れなかったよ。
その時、誰かの胸に抱きかかえられた。
まるでボクの悲しみを受け止め、ボクの敵を全て跳ね除けるように強く。
「まさか、クロイ……!」
期待を込めて見上げた瞳は、年下の男子を映し出す。
硬直した身体から、涙だけが滴り落ちた。
「あの、そこまで失望されると俺も傷つくのだが」
「普段の行ないのせいだな」
「姉さんを離しなよこの外道」
しかし、ガイアルは抱きしめたまま離そうとしない。
あれ、この体勢……顔が近いのだけど!
「先程は悪かった。まだ痛むか?」
「いえ……あ、痛いので離してください」
「そうか。お嬢さん……いや、セシリアと言ったか。傷つけた責任は取ろう」
「え、それって……」
こちらが何か言うよりも早く手を取られた。
そしてそのまま引き寄せられ……先生に見せつける。
「握手だ。今、決闘の勝敗はついた」
「ん? それが終了の合図だとしても、続行不可能に陥ったことは事実だ」
「それがどうした? なら俺様も……貴殿に連行された時点で続行不可能だろう」
「違いねぇな! なら、ガイアル。お前の負けってことでいいのか?」
「ふん。俺様が未熟だったのは事実だ。セシリア……君の勝ちだ」
なんかいい感じにまとまっているけど、これだけは言わせてほしい。
「紛らわしいのですよ! お二人とも!」
「……チッ」
「えっ? ちょ、姉さ……ハヤト?」
ボクたち双子だけど、姉さんだけ悪魔から生まれたのでは?




