そう言った彼女の表情に、俺の心は揺れ動いた。
クロイス視点
◇◇◇◇
新学期に入ってから何かがおかしい。
いや、原因はわかっている。
親友の姉であるセシリア嬢が……壊れた。
まず、俺がハヤトと遊びに行こうとすると、拒絶の笑顔で断られた。
普段なら「私も連れて行ってくださいませ!」と言われるほどには好意を持たれていたはずだが、もしかして俺の勘違いだったのか?
休み明けには、ものすごく弱ったセシリア嬢を見かけた。
まさか重い病にでも冒されたのか?
「大丈夫です……ので、気にしない、で……くださいな」
「あ、ああ。ハヤト、今日は三人で行こうか」
セシリア嬢に苦手意識はあるが、さすがに見過ごすことはできない。
歩き始めた途端フラついたので、つい抱きとめてしまう。
「すみません……ありがとう、ございます」
そう言った彼女の表情に、俺の心は揺れ動いた。
今日はやけに素直だ……まるで、本心からそう思っているかのように。
彼女が苦手な理由は簡単だ。
こちらがハヤトと時間を過ごしているのにもかかわらず、好き好き構ってオーラがすごいのだ。
要するに邪魔である。
その辺をハヤトは察して引き離してくれるのだが、今日の彼女はどうした。
押してダメなら引いてみろ作戦なのか?
しかし、それにやられそうになったのも事実。
彼女の弟でもある親友を呼び出して、セシリア嬢について相談する。
「お前の姉さん、まるで別人だ」
ハヤトは驚愕していたが、あいつは身内だから気づいていないのか?
「……色っぽすぎるだろ。休みの間に何があったんだよチクチョウ」
「……………………」
ハヤトは何も言わず立ち去った。
背中に哀愁が漂っていたように見えたが、連休中はずっとセシリア嬢の練習台にでもなっていたのだろうか?
クラスに戻ってきてからも、セシリア嬢の体調は戻っていないらしい。
女子の何名かと話していたようだが、またすぐに机へ突っ伏している。
野暮用で教室を離れていると、ちょうど廊下に出てきたセシリア嬢を見つけた。
「セシリア嬢、大丈夫ですか? ハヤトの元まで送りますよ」
「クロイス……様」
いくら彼女でも、今ならすり寄ってくるはずだ。
いつものようにこちらへ甘えて、ハヤトを無視してそのまま帰ろうとするはず。
しかし、結果はノーだった。
「そ、そうですか。では、俺もハヤトに用事があるので、せめて同行させていただきたい」
まさか断られるとは思っていなかったので、思いっきり動揺してしまう。
この状態のセシリア嬢は心配だ。
望まれていなくても、ハヤトの元まで送り届けなければ。
「ありがとうございます。では、一緒に向かい……キャ! 嫌!」
腰に手を回して支えようとしたが、触れた途端に突き飛ばされた。
彼女は慌てて取り繕っていたが、今の悲鳴は……本物の拒絶だ。
そんなこと、ましてやこちらに好意を抱いているはずの女性にされたことはなかった。
気まずい時間は、親友の姿を発見するまで続く。
「なあハヤト。お前の姉さんに伝えてほしい」
「……何かな」
「もし好きな男が出来たなら、俺に付きまとうのを止めてくれと伝えてくれ」
「……は?」
「あっ、すまない。忘れてくれ!」
拒絶されたことになぜ? 何故? と疑問が途切れない。
彼女の目当ては、俺の地位もあるだろう。
だとすると、まさかアイツと接触したのではないだろうか?
疑問は最悪な形で解決された。
俺がいない間に、どうしてかアイツ……ガイアルとセシリア嬢の決闘が決まったようだ。
男女間の決闘は婚約の意味もある。セシリア嬢の急激な変化は、ガイアルの影響によるものかと納得仕掛けたが……本当に決闘する、だと!
その場に立ち会えなかったのが悔しい。
せめてハヤト。正義感の強いアイツは、何故守ってやらなかったのか!
教室へ行き、のほほんと構えるセシリア嬢を見てさらに腹が立つ。
「……セリシア嬢。どういうことですか?」
「クロイス、様」
どうにかして決闘を取り下げるよう、せめてハヤトに代わってもらうようにと説得していると、指で唇を塞がれた。
その仕草、まるで妖艶な女性だ。
「か弱いかどうかは、クロイス様が判断してくださいませ。私は守りたいのですよ」
すかさずウインクされた。俺に向かってだよな?
さすがに俺も、これ以上は恥ずかしくなって距離を置いた。
決闘時間になった。
彼女は可哀想に、今更になってブルブルと震えている。
つい、その覚悟もないのに言ってしまう。
「セリシア嬢……もし不安なら、代わりに俺が」
「ハハッ、なら兄貴が相手をするか? 一度も俺様に勝てたことがないお兄様よォ!」
……返す言葉もない。
俺はハヤトに勝てても、ガイアル相手の決闘には勝てない。
アイツの野性的な勘は、どうしても俺の読みを裏切ってくるのだ。
美しくない動きで、ただただ敵を倒すための決闘。俺はこいつのそんな戦法が大っ嫌いだ。
そして今の俺に、二人の人生を賭けた決闘をする覚悟は……ない。
悔しさに震えていると、凛とした声が響く。
「準備が整いました。では、参りましょうか?」
それからは彼女の独擅場だった。
完全に場のペースを握り、女性とは思えないほど慣れた動きでガイアルと渡り合っている。
その動きは俺ばかりではなく、集まった生徒や先生方をも魅了していた。
フェイントを駆使し、攻撃の合間に反撃するスタイル。
ハヤトの得意な戦法だが……まさか、一日でそこまで特訓してきたのか!
構えるセシリア嬢に突進するガイアル。
勝負はその一撃でついた……セシリア嬢の勝利、と負傷で。
「姉さん!!」
「セシリア嬢!!」
彼女が倒れた際に感じた、胸が苦しめられるような思い。
気づけば、俺もハヤトと共に彼女へ駆け寄っていた。
レビューありがとうございます!
初めてなので、ものすごく嬉しいです。
リズムと引き算のバランスは難しいですね。




