「なら、このまま私と逃げちゃう?」
翌日。
メイドのサラさんに起こされると、身だしなみも整えないまま部屋を飛び出した。
「ハ、ハヤト様! 落ち着いて!」
「だって早くクロイス達が戻っているか確かめないと!」
宿泊している部屋はわかっている。
ここからだとクロイスの部屋よりガイアルの部屋のほうが近い。
それに、ガイアルはクロイスの身体でも自分の部屋に戻っていたので、もしクロイスがいるとしたらそこだ。
他所の家で廊下を走っていたからだろうか。
曲がり角から出てきた人物と頭をぶつけてしまう。
「きゃっ!」
「ぐはっ!」
お互いに角越しに吹き飛び、後から駆けてきたサラさんが「大丈夫ですか!」と介抱してくれる。
「う、うん……なんとか。ごめんなさい」
「あちらの方に謝ってください」
「そ、そうだね。すみませんでした」
ボクが突き飛ばした人物は、既に起き上がっていた。
足元から判断すると男性らしい。
そのまま上に顔をあげていき……そこにいたのはよく知った顔だった。
「全く、また入れ替わりでもしたらどうするつもりだったんだ」
「……クロイス? え、本物?」
「残念だが…………ちょ! 違う! 泣くな! 俺が本物だ!!」
クロイスが言葉を発すると同時に涙が溢れてきたらしい。
気づいたら泣いていた。
サラさんに慰められながらも、クロイスを警戒するのは忘れない。
「悪かった! ちょっとした冗談だったんだ!」
「ぐすっ……ぐすっ……ほんと? 本当にクロイスなの?」
「ああ。だからその……泣くなよ」
おそるおそる伸ばした手は、クロイスに掴まれた。
そのまま、倒れたままのボクは引っ張り立たされる。
「よかった。元に、戻ったんだね」
「あ、ああ。だから、その……」
何か言い淀んでいるところを見ると、昨日の続きかな?
まだ朝も早い時間帯だけど、もう?
サラさんがいるんだけど……。
「ちょ、ちょっと待って。もっとこう、落ち着いた場所で」
「まずハヤト様が落ち着いてください」
「そうだな、まずお前が落ち着け」
二人に言われ、キョトンと首をかしげる。
たしかにさっきまで泣いてはいたけど、そんな言われることなんて――。
「服、着替えましょうね」
サラさんの言葉に、いま自分がどんな格好をしているか自覚した。
寝る時はゆったり目の服を来て、尚且その肌着のまま走ってきたんだ。
さっきからなんか冷えるなぁとは思っていたけど、まさか。
バッ! と身体を隠すように両手で押さえるも、隠せる範囲なんてたかが知れている。
それに反論するように、ボクの胸にあるモノがむぎゅう、と潰れた。
「……ほら、この上着を貸してやるから着ていけ」
「あ、ありがとう……見た?」
「…………何をだ」
「そっか。ならいいや」
「この状況で見るなと言う方が無理かと」
「ちょ、馬鹿!」
「ばかーっ!!」
……二人が元に戻った朝は、いろんな意味で騒がしかったという。
その日は学園もあるので、大勢でぞろぞろと通学した。
決闘のことは知れ渡っていたので、皆の興味津々な視線が気になるけど……それよりもクロイスのことだ。
ガイアルもクロイスも元に戻ったけど、昨日の話というのはまだ聞いていない。
そのまま他愛のない話しかせず、姉さんたちともクラスで別れた。
イブさんだけは荷物を寮に置きたいとかで、今日は珍しく朝早くから通学していたけど。
なので、教室に入るときにはボクとクロイスの二人だけだ。
切り出すなら今しかない。
「クロイス。あの話なんだけどさ」
「……放課後、中庭で」
「え?」
それだけ伝え、彼は先に入ってしまった。
……ボクは時間まで、どんな顔で過ごせば良いのだろう。
「イブさーん……助けて」
「今日は朝からひどいと思っていたけど、今はいつにも増してひどいわね」
「だって放課後が気になって……」
「はぁ……じゃあ今から聞きに行けばいいじゃないの」
「できるわけないよ!」
今日はクロイスとチラチラ視線が合うわけだけど。
お互いにサッとそらし、また同じタイミングでチラッと見ることを繰り返している。
タイミングが一緒なので、合うタイミングも一緒。
以下無限ループだ。
「全く、付き合い始める前から初々しいカップルじゃないの」
「ボクとクロイスが? 冗談じゃない!」
「あらそう。でも、向こうはそうでもないみたいよ?」
「え?」
ボクとイブさんの会話が聞こえたのだろう。
さっきの「冗談じゃない!」が大声だったからか、頭を抱えて落ち込んでいる。
急に頭を抱えたものだから、周りの友人が大げさに心配しているようだ。
「……どうしたらいいか、わかんないや」
「なら、このまま私と逃げちゃう?」
イタズラを思いついたというかのように、頬杖をつきながらイブさんは提案してきた。
……彼女が本気かどうかわからないけど、一つだけわかることはある。
「いや、やめておくよ。少なくとも、クロイスは本気だから」
「あらそう。じゃ、それでいいじゃない」
授業が始まるから、と去り際「……わかってるじゃない」という呟きが聞こえたけど、彼女はこちらを振り向かなかった。




