「月が、綺麗ですね」
ガイアルとクロイス、そしてボクの三人だけが残された。
いつの間にかサラさんも居なくなっているあたり、父さんに報告でも言ったのだろうか。
「……はは。始めから選択肢なんて、用意されていなかったんだな」
「そうだね。ボクは元に戻りたい……その意思は変わらないよ。でも」
続きの言葉は、クロイスにより制された。
「でも、今の生活を捨てるよりはマシ、だろ?」
「……うん。追加で、数ヶ月も数年も誤差の範囲だからね」
「あんなに愚痴を零していたのに、よく言う」
「それもクロイスが変わらずに接してくれるからだよ」
お互いにフフフ、と微笑む。
……あと数年。姉さんの身体でいるのは辛いけれど、このまま父さんとどこかに飛ばされるよりはマシだ。
最悪処刑されることも覚悟しないといけないし、それならこのまま……クロイスに王家に戻ってもらい、説得してもらうほうがいい。
そのままいつまでも見つめ合っていると、コホン! とひときわ大きな咳払いが聞こえた。
「…………とんだ茶番だったな」
「ごめん。存在を忘れていたよ」
クロイスが戻るには、当然ガイアルの協力もいる。
あんなことを言っていたけど、ガイアルは第一王子でもないクロイスの立場にそこまでの固執はなかったようだ。
それとも、クロイスに味方したのは決闘で負けたからかな?
「しかし、これは大きな貸しだぞ。なんたって俺も兄貴に協力してやるんだからな」
「……最後に確認するけど、ガイアルはそれでよかったの?」
このまま姉さんみたいに姿を眩ませたり、何だかんだ理由をつけて戻らないこともできる。
しかし、ガイアルはボクの考えをフン、と一蹴した。
「俺はそこまで、器の小さい男ではない。手に入れるなら自分の力でだ」
「そっか。さすがガイアルだね」
それでこそ、ボクらに挑んだ男……イブさんの言う攻略対象だ。
思えば、ボクら攻略対象の中で一番男らしいのがガイアルだった。
ニコリと微笑むと、彼はすぐに顔をそらした。
「よ、よし……では早速だが兄貴、このまま水で流し込むぞ」
「ちょっと待て。俺はまだ戻りたいだなんて一言も」
「ボクのためでも、ダメ?」
「……わかった」
そのやり取りを見ていたガイアルはなんとも微妙な顔をしたけど、そんなに霊草が苦かったのだろうか。
ガイアルの様子を見て、クロイスも一気に霊草を水で流し込む。
「後は明日を待つだけか」
「これでもう、霊草はなくなっちゃったんだね」
「ああ。兄貴もわかっているだろうが、くれぐれも吐き出すようなことはするなよ」
そして、ガイアルも部屋からでていく。
ボクとクロイス、本当に二人だけしかいなくなった。
「何だが、いろいろありすぎて疲れたね」
「ああ。だが、まだ終わっていない。あいつの言う通り、もう一泊させてもらって様子を見るべきだろうな」
ボク以外の皆もそのつもりのようだ。
きちんと彼らが元に戻ったのを見届けて、各自学園に向かうとのことだ。
……ちゃんと戻るよね?
「ハヤト。明日になったら伝えたいことがあるんだ」
「それって?」
「きちんと元の俺になったら聞いてくれ。今はまだ言えない」
「んん?」
そして、クロイスと別れてボクも部屋に戻る。
部屋には既にイブさんがいて寛いでいた。
イブさんと過ごすのはお泊まり会みたいで楽しかったけど、それも今日までだね。
早速学園と同じように先程のやり取りを話すと、今回はすぐに返答が返ってきた。
「それは告白ね」
「告白? 誰が誰に?」
「クロイス様が、貴方に」
「へー…………え!!」
その意味がわかったとき、身体が硬直する。
それってクロイスがボクを好きってことだよね?
……口には出せなかったけど、イブさんは言いたいことを察してくれたみたいだ。
「彼も不憫ね。あんなにアピールしていたのに」
「そもそも、ボクとクロイスはただの親友で……」
「ただの親友にしては、恋人のように見えていたけど?」
指摘され、今までの行動を客観的に見てみる。
…………うん、そう思われても仕方ないかも。
「むしろまだその関係じゃなかったことに驚きよ」
「だ、だって! それだってボクが男に戻れなくなるだけで!」
「……数年後には戻るんでしょ?」
「そうだけど!」
イブさんは興味なさそうに寝転がっているけど、彼女はそれでいいのかな?
確かボクと一緒にいたいと言っていたけど……。
「それとも、貴方は私を捨てて男同士にはしる気だったのかしら?」
「それはない」
「そんなキッパリと……ま、こちらでも話はつけたからいいわ」
どんな話? と聞いてみたけど、イブさんはそれ以上教えてくれなかった。
ま、まあ……告白というのもイブさんの予想だし、大丈夫だよね。
「それじゃ、明日を楽しみにして寝ましょうか」
「そうだね……最後に一ついい?」
「改めて何よ」
イブさんと一緒に寝るのは今夜が最後だろう。
部屋のカーテンを開けると、眩しい光がボクらを照らし出す。
……寝る前にしては強力な月明かりも、今宵が満月だからだろうか。
「ちょっと! 眩しいからすぐに閉めなさいよ!」
「月が、綺麗ですね」
「それって……」
「海岸じゃないのが残念だけど、ね?」
そういってイブさんも窓際に寄ってくる。
二人揃って見上げた月は、これでもかというくらいに夜を照らし出していた。
「死んでも、いいわ」
「何か言った?」
「いえ。貴方がどんな選択をしようと、逃さないわよ?」
それは友人としての言葉だろうか。
それとも、恋人としての宣言だろうか。
どちらにしろ、ボクの返答は変わらない。
「うん。こちらこそよろしく」
「……なんか、クロイス様よりも先を越しちゃったみたいね」
お互いにフフフ、と笑いベッドに戻る。
明日、無事にクロイスが戻ってますようにと満月に願いながら、ボクらはいつしか眠りへとついていた。




