「俺は、このままでいい」
扉の向こうにいたのは、サラさんでもなくボクの身体……姉さんだった。
その顔を見た途端、まだ呆然としているボクを押しのけてイブさんが前へ進み出た。
「少しハヤトに用があってね」
「今更何の御用? おかえりください」
「……大事な話よ。貴方も聞いてくださる?」
ボクが見た限りでは、いつも一緒だったリリアさんも今は連れていない。
それだけ姉さんも本気だってことだろう。
それを察してか、イブさんは目だけでこちらに判断を委ねてくる。
「うん、わかった。どうぞ」
「ありがとう」
ボクとイブさんは並んでベッドに腰掛ける。
それを、姉さんは床に正座する形で対峙した。
「まずはじめに伝えておくわ。ごめんなさ――」
「それは何に対する謝罪?」
「貴方には関係ないはずよ。これは私とハヤトの――」
「貴方にとっては関係ないかもしれないけど、私にとっては重要なのよ。これからの局面をどう動くか、の判断にもね」
バチバチ、と真横で火花が散っている。
……女の闘いというやつだろうか。見た目はボクとイブさんなのに、まるで虎と龍が対峙しているようだ。
「ふ、二人とも落ち着いて。イブさんもまずは、姉さんの話を聞こ?」
「……そうね。続けなさいよ」
「言われなくても続けるわ」
きゅーん、きゅーん。
と、ボクの中の子犬が泣いているようだ。
いつにも増して今の二人は怖い。
「私もまさか、あのオリーブが動いてこんなことになるとは思っていなかったの。リリアと一緒になりたいのは本当だけど、それもいつでも戻れるという保険があったからに過ぎないわ」
「え? 姉さんは本気でリリアさんに惚れているかと思ったんだけど」
「……そうね。でも私、まだ心は女性だわ。確かに彼女には惹かれているけど、一線までは越えていない」
いつかの約束を姉さんは守ってくれているらしい。
でも、その期限ももうすぐ切れる。
「そんなにハヤトが怖かったのかしら?」
「ごめん。イブさんはちょっと黙っていて」
味方をしてくれるのはわかるけど、そんなに煽っても話は進まないし、何より今の姉さんはいつも以上にしおらしい。
このタイミング、逃してたまるものか。
「……だから、ごめんなさい」
「それは、何に対するごめんなさい、かな?」
今度はイブさんではなく、ボクが聞く番だ。
予想はできるけど、これは姉さんの口から直接聞くべき。
いや……口に出すだけの覚悟があるか、聞かないといけない。
「私の選択に対する……そして、貴方の身体をもらうことに対してよ」
「姉さんはそれでいいの?」
「ええ。私やっぱり、リリアに惚れてしまったみたい」
そう言ってニコリと笑った姉さんは、慈愛に溢れた笑みを浮かべていた。
それはもう、ボクの身体で浮かべることができないくらいの良い笑みだ。
……けど、だからって簡単には納得できないよね。
「ボクは戻るよ」
「ええ、そうなったら仕方ないわ。お父様も言ったように、全てはクロイス様の判断しだいね。ただ……」
「んん?」
「ハヤト。貴方の選択が周りに与える影響を考えなさい」
「それって……」
「話は以上よ。今夜、どんな判断をするか楽しみね」
姉さんの意思は相変わらずだ。
リリアさんのどこに惚れたかまでは聞けなかったけど、あの意思は変わることがないだろう。
ただ、クロイスが霊草を譲ってくれるならボクらは元に戻れる。
姉さんの選択がどうであれ、クロイスがそれを望むなら。
……霊草だけ確保して使わないという選択肢もあるのだけど。
姉さんが帰ったことで、またイブさんと二人きりだ。
彼女はさっきから黙ったままだけど、姉さんが選択をしたようにボクも選択をしなければいけない。
「イブさん。ボクは戻るからね?」
「……ええ。今の貴方は、それでいいわ」
「今の?」
「何でもないわよ。さ、もうすぐ夕飯ね。準備しましょ?」
準備って何の? と聞くまでもなかった。
それはボクが昨日着た……何故イブさんが持っているのかわからないけど、その手には昨日のドレスが持ち上げられていた。
「それを着ろと?」
「最後に、着せ替え人形にでもなってくれないかしら?」
そう言われたら……と納得して、イブさんのなすがままにされる。
結局夕飯の時間が来るまでイブさんに遊ばれてしまった。
ま、まあ……この時間にしかできない経験と思えばいいかな?
イブさんも楽しそうだったし。
あとで呼びに来たサラさんが「ハヤト様……まさかそのような選択を」と呟いていたけど、どういう意味かまではわからなかった。
ドレス姿のまま、イブさんとサラさんと食堂へ向かう。
既に他の皆は揃っていたので、どうやらボクらが一番最後だったらしい。
「お待たせ」
「その格好は……いや、今更覚悟を問うまでもないか」
「何を勘違いしているの?」
「まあ座れ。話はそれからだ」
そして、サラさん以外の全員が席に着く。
最初に口を開いたのは、クロイスの身体のガイアルだった。
「俺は、このままでいい」
その回答は予想できていたいので、誰からも声は上がらなかった。
クロイスも、目をつむって何かを思案しているので反応はない。
「前々から俺は立場に不満があった。なぜ王族の血を引くのに一員ではないのか。なぜ隠されるわけでもないのに、一介の貴族と同じ扱いなのか。親父も何も言わず、いつしか俺も諦めるようになったが……この機会を逃すわけにはいかない」
クロイスは、黙ったままだ。
「それに、兄貴よりも俺のほうが相応しいと常々思っていた。兄貴の負担は、俺が肩代わりしよう」
そこまで言って、周囲を見渡す。
誰からも反論はないらしい。
クロイス……君はそれでいいの?
ボクの疑問に答えるように、別の声があがった。
「僕は……いえ、私もこのままが良いわ。ハヤトには悪いけど、私にはこの身体のほうが合っている。リリアとも離れたくないの」
「私も……あな、ハヤト様とは離れたくないですわ。お姉さまには悪いのですけど、それ以上にこの方と添い遂げたいのです」
彼女たちも現状維持派だ。
まだ意見をあげていないのは、ボクとイブさん、そしてクロイスになる。
「……私は関係ないわ。全てはあなた達で決めて」
「そ、そうだね。イブさんは関係ないか」
彼女をジッと見つめていると、それだけで伝わったらしい。
イブさんは流れに身を任せるみたいだし、ボクとクロイス次第か。
クロイスと視線を合わせる。
……どちらが先に声をあげるか。
沈黙を破ったのは、クロイスだった。
「先にハヤトの意見を聞きたい。俺の一存でどうなるにせよ、お前はまだ男に戻りたいんだよな?」
「ボクは……」
すぐには口に出せなかった。
あんなにも戻りたいと言っていたけど、クロイスに見つめられるとすぐには出てこない。
「ボクは…………男に戻りたい」
ようやく口に出た。
が、彼の反応はそんなボクを裏切るものだった。
「そうか。俺はできれば、ハヤトには戻らないで欲しい」
「え?」
「セシリア嬢のままで、いてくれないか?」
クロイスまでもが反対勢力に加わったと、誰の目から見ても明らかだった。




