「お前ではありません。セシリア……それが、私の名前です」
ボクの覚悟は決まった。
舞台に向けられる視線は、本当に決闘をするのかという疑惑や、ガイアルの勇姿を見たい女子、そして……ボクに対する悪意の三つに別れている気がする。
姉さんの悪行は噂に聞いていたけど、まさか視線で感じるまでとはね。
……こりゃ、悪評を払うためにも、ますます負けられないな。
「お嬢さん。俺様も鬼ではない。ハンデとして、この場から一歩も動かずにお相手しよう」
「要りません」
キッパリと断る。
そんなの、決闘に対する冒涜だ。
「ハハッ! どうやら実力差も分からぬようだな。よろしい、一撃で……」
「その代わり」
「ん?」
「私は制服ですのよ? 気づきませんの?」
アピールするように、ドレスの裾を少しだけ摘み上げる。
自分の身体じゃないとしても、生足を晒すような真似は恥ずかしい。
けど、これは必要なことだ。
「ほう、いいだろう。なら俺様も制服で相手だ」
むしろ何故そうしなかったのかと問いたい。
渡されたのは木刀だ。
防具無しで一撃を受ければ、鍛えていない姉さんの身体はすぐに倒れてしまうだろう。
それなのに男のガイアルだけ防具? 冗談じゃない。
お互いに対峙し、再度条件を確認する。
「俺様が勝てば、お前は第三夫人になれ。あと、あの女も貰う」
「セシリアです」
「ん?」
「お前ではありません。セシリア……それが、私の名前です」
「失礼した。セシリア嬢は第三夫人にする」
立会人に先生方もいるので、こちらから婚約破棄はできないだろう。
「なら、私が勝利した暁には……」
「そのような条件、設定するだけ無駄だろう?」
核心めいた発言にイラッとしたけど、それを利用させてもらう。
「……ええ。なら、貴方を負かせた後に宣言しますわ」
その言葉に会場が沸くも、本当にボクが勝つと思っている人は何割いるのだろうか。
大丈夫。
いつものようにやればできる。
「では、勝利条件を提示する! 両者ともに胴、手、足のいずれかに三本入れられた時点で敗北とする! 扱うのは木刀で……本当に良いのか?」
「勿論構いません」
「フッ、俺様が手加減しないとでも?」
「両者納得しているなら問題はない……くれぐれも、女性を相手にしていることを忘れないようにな」
「その細腕に三回触れてやるよ」
「……気持ち悪い」
「なんだと?」
しまった。
つい男に対する嫌悪感が出てしまった。
しかし、いい感じに彼もやる気になってくれたらしい。
相手をやる気にさせなきゃ、勝ったという実感もないからちょうどいいや。
お互いに木刀を構える。
……腕に挟まれた胸が違和感を主張するけど、体型から言うとボクと姉さんはそこまで変わらない。
逆に言えば、ボクの身体が男らしい体型でもなかったと言えるけど、重心の違いやリーチの違いを気にしなくて良いなら安心だ。
つまり、目の前のコイツを倒すのには十分。
決闘に開始の合図はない。
お互いに構えて、どちらが動くか。
動いたときが、勝負の開始!
「フッ、貴族の女性にしてはサマになっているな」
「ええ。剣技も淑女の嗜みですわ」
講堂に集まった女性から否定の視線を感じるけど、ボクは目の前から視線を逸らすことは出来ない。
「先手は譲ろう。何、初手くらい譲らないと盛り上がら……ッ!」
カン! カン!
まずは二撃。
不意打ちで腕と胴を狙ったけど、二回とも防がれる。
懐に潜り込んだけど浅かったかな。
「……チッ、喰らえ!」
「ハッ!」
彼は宣言どおりに腕を狙ってくるけど、予め狙いがわかっている攻撃ほど避けるのが簡単なものはない。
地獄の二週間で仕込まれた華麗なステップを踏んで躱す。
「……ほう、どうやら舐めていたのはこちらのようだ」
「最初に入らなかったのは痛いですわ」
時間差でフワリとスカートの裾が下がる。これで木刀を持っていなければ裾を摘んで挨拶でもするのだけど。
「俺様は今から……野獣になるぞ!」
「え! それって、キャ!」
衝撃の発言から一撃。
こちらの動揺をついてか、腕に一本入れられた。
それなりに力の籠もった一撃だったようで、受けた左腕はジンジンと痺れ、少し力を入れただけで痛みが襲ってくる。
あーこれ、後で腫れるやつだ。
「悪いとは思うが、勝敗は最初から決まっている。今なら降参を……」
「戯言ですわ!」
勝負の最中に思考を乱すのが悪い。
ボクは一瞬の隙きに胴を狙う……と見せかけて、彼の足に飛び込み振り落とす。
彼は胴の横に構えていたせいで対応できなかったようだ。
まずは一本。
飛び込んだおかげで、彼の木刀はボクの頭上を通過した。
すぐさま転がり、姿勢を崩している彼の足元を狙ってもう一撃!
「ぐっ!」
「これで二本ですわ!」
ボクがここまでやるとは思っていなかったのだろう。
さっき攻撃を受けた左腕は痛むけど、あくまで左腕は添えるだけだ。
右腕を基準に、彼の足だけに振り下ろすなら問題はない!
「うぉぉぉおおお!!」
「えっ、あっ、うう!」
その連撃、まさに野獣のごとく。
さらに我を忘れたような突進に、思わず押し倒れそうになる。
しかし、それは地獄の二週間の成果。以前のボクなら押し倒されていたけど、今は男性をあしらうために仕込まれた動きで躱すことができる。
これでダンスパーティもバッチリだね!
すかさずガラ空きの背中……胴に入れようとして、身体が一瞬硬直した。
……ダメだ、反撃される!
サイドステップにて彼の進行方向から外れ、その動作を観察。
……うん。ボクは間違っていなかった。
「ほう。カウンターを見抜くか」
「嫌ですわ。野蛮なお方」
「今の俺様は獰猛な野獣だ。一気に決めさせてもらうぞ!」
猪突猛進とはこのことだろうか。
彼は一直線に突き進んでくる。
狙いは……腕と胴の同時なぎ払いか!
「……ふぅ」
一瞬だけ目を閉じる。
一振りでくるなら、こちらも一撃で決める。
彼の位置、そして足運び、それを踏まえて反撃するタイミングは……今!
「ハァ!!」
「何っ!」
確かにボクの一撃が決まった。
しかし、彼の勢い……振り下ろした動作は止まらない。
「あぐっ……きゅぅぅ」
再度左腕に入れられた痛みと、思いっきり腹に入れられた打撃は、ボクが意識を手放すのに十分すぎるほどの痛みだった。
捨て身の反撃だったけど、これで三本。
先に入れた、ボクの勝ち……だよね?




