第四話
「……ん」
のどの渇きで目が覚める。
口の中もカラッカラだ。
「ここは……?」
村の目の前で倒れたところまでは覚えているが…
起き上がり、あたりを見回す。
そこは、見知らぬ部屋の中だった。
状況的に、ここは目の前まで来ていた村の中なのだろう。
ミナとトリナが運んできてくれたのだろうか。
部屋の中には机とクローゼット、俺が寝ていたベッドがあり、窓際には一輪挿しに花が飾られている。
しかしなんというか、どことなく生活感の無い感じの部屋だな。
コンコン、ガチャ
「おお、起きられましたか」
部屋に入ってきたのは、いかにもファーマーファーマーした爺さんだった。
はげた白髪に豊かなヒゲ、服はつなぎを着ている。
これに麦わら帽子と鍬を装備したらよく似合いそうだ。
この家の家主だろうか。
とりあえず正座しておこう。
「あ、おはようございます。
助けていただいた、んですよね?」
「いやいや、あなたをこの部屋に寝かせただけの事。
こんな事、助けた内には入りませぬ」
やっぱり助けていただいたようだ。
「いえ、それでもありがとうございました。
あ、俺は颯人って言います」
「お連れの二人からお聞きしております。
ワシはこの村の村長をしているミゲルという者。
どうぞよろしく、ハヤト殿」
「こちらこそ、よろしくお願いします。
ところで、ミナとトリナもここにいるみたいですが、あいつらはどこに?
それと、ここは…?」
「ここはメーニ村のワシの家。
あの方たちなら…」
コンコン、ガチャ
「ミゲルさん、ここに…あっ、ハヤトさん!起きたんですか!」
「ご主人さま!よかったぁ」
タイミングよく二人が部屋に入ってきた。
ミナはあの白い服もどきではなく、普通の服を着ていた。
あとなぜか草の入ったザルも持っている。
「おお、お二方。
ちょうどいいところに」
「おはよう二人とも。
すまん、心配かけた」
「本当です。
ハヤトさん、丸一日以上寝てたんですよ?」
「正確にはここに運び込まれてから大体三十時間くらいです」
「そんなに!マジかよ…」
トリナが正確な時間を教えてくれる。
細かいな…。
にしても、よくそんなに眠れたものだ。
自分でも驚きだ。
ちなみに森を移動中にミナに聞いたのだが、この世界も一日は二十四時間らしい。
「すみません。
そんなにベッドを占拠してしまったとは」
「いや、ここは村へのお客人用も兼ねておりますゆえ、気になさることはありませぬ」
なるほど、ここは客室か。
だからどことなく生活感がなかったのか?
「ところでミナ殿、そちらの籠が?」
え、いや、ザル………籠なのか?
…まぁどっちでもいいな。
「はい。
森の中で見つけた薬草です。
あ、深いところには入ってませんよ?」
「おお、これはコルキアの芽ですな。
よく取れましたな」
「そこは、トリナさんに手伝ってもらえたので」
「手伝いました!エッヘン!」
そう言って胸を張るトリナ。
「なあ、その薬草って…」
「あ、これですか?
お世話になったお礼です」
「いつもは行商の方から薬を買っていたのですが、そろそろ村の備蓄も少なくなってきていましての。
この村には薬草に詳しい者もおらず、ワシもわかるのは少しのみ。
こちらとしても大助かりですわ」
「そうですか…俺も何かお礼をしないといけませんね。
でも持ち合わせがありませんし……
とりあえず何か力仕事とかありませんか?手伝いますよ?」
若い男性と言えば力仕事!
…ホントか?
「いやいや、あなたはさっきまで寝込んでいた、れっきとした病人。
そのまま寝ていていただいて構いませぬよ。
病み上がりの方を働かせるわけにはいきますまいて」
「ただの寝不足ですし、大丈夫だと思いますよ?」
「ほほ、それでも、ですよ。
それに礼ならこの薬草で十分。
何もない村ですがの、とりあえず今日くらいはゆっくりしていきなされ。
とは言っても、もうすぐ夕方ですがの」
「…そうですね。
わかりました。今日の内はおとなしくさせてもらいます」
本当、ただの寝不足だしあんなに寝たんだ。
別にもう大丈夫だと思うんだが。
あ、そういえば。
「ミゲルさん、一つお聞きしてもいいですか?」
「なんですかの?」
「森を移動中にほとんど野生の動物を見かけなかったのですが、普段もあんなものなんですか?」
すると、ミゲルさんの顔が曇ってしまった。
何かまずいことでも言ったか?
「本当はもっと動物がいるはずなのですがのう、最近この森に魔物が住みついてしまいましてな…」
魔物か…
確かにあの森の中で魔物の気配がトリナの瘴気レーダーに引っかかっていた。
となるとソイツらの事か。
「動物が魔物に襲われて数が減ったうえに、生き残っている動物のほうも魔物の影響で気性が荒くなってしまったようで。
普段はおとなしい動物も互いに争い合うようになってしまい、数が少なくなっていましてのぅ。
普段は襲い掛かってこないような動物まで人を襲ってくる始末……
浅い所ならまだしも、動物のいるような深い所までは危険で入れなくなってしまいましてな…
魔物駆除の依頼を出しても、このような小さな村では十分な報酬を用意することもできず、なんともできない状況でしてのぅ…」
そうだったのか。
動物の凶暴化は…瘴気が原因か?
「ゴホン、それにしても、ある程度の事情はミナ殿からお聞きしましたが、それでもよくあの森を抜けられましたな。
少なくなっているとはいえ、動物や魔物に襲われたら危険ですぞ?」
「あー、それは…」
「ハヤトさんは魔法を使えるんです。
それに強いんですよ?
私を襲ってきたイノシシを一発で倒してしまったんです」
いやまあ、正確には二発だけど。
「ほう、イノシシを…
妖精が憑いているのでもしや、とは思っておりましたが、やはり魔術師でしたか」
魔法使いじゃなくて魔術師か…
「妖精が憑いていると魔術師、ってのはどういうことですか?」
「ご存じありませんか?
妖精は魔術師の魔法をサポートしてくれるのですよ。
何でも、魔力を妖精に通すことで威力が増すとか。
そういう訳で、『妖精憑き』は大抵魔術師、ということでしてのぅ」
へぇ、そんなこともできるのか。
二人も知らなかったみたいで、初めて知った~って顔をしている。
……ってトリナ、お前もか…
「トリナ、自分の能力のこと知らなさすぎだろ…」
「スミマセン…」
「いやいや、これは人間が見つけた法則、トリナ殿が知らないのも無理はありませんわい」
「あ、そうなんですか。
すまなかったな、トリナ」
「いえ、大丈夫です」
うーん、肩の上で寝てた件でもそうだが、無実の罪を着せてしまうな。
反省しよう。
にしてもトリナを通して魔法を、か。
後でやってみようか。
「あの」
「なんですかの、ミナ殿?」
「先ほどの内容もまだ習ってなかったんですが、そもそも妖精って何なんですか?」
確かに、妖精って何なんだろうな。
あのヘンなのの知識にも無かった。
「ふむ、妖精とは、ですかな。
それはまだ、誰も解明しておりませぬ。
体の中身は人と同じようなのですが死ぬと霧散し、欠損が生じてもすぐに治る。
大抵は森等で自然に発生して、ごく稀に子供と一緒に母親の中から生まれてくる、などということもあるそうで…」
マジか!
妖精……いったい何者なんだ……
「とりあえず人格を持ってはいるので『妖精という種』として扱われはしておりますがのぅ…」
コンコン、ガチャ
「あなた、ミナさんたちが…あら、目を覚ましたんですね」
「おお、ダリアか。
ハヤト殿、妻のダリアじゃ」
「ダリアと申します」
「あ、俺はハヤトです。
お世話になってます」
互いに頭を下げる。
と、ダリアさんが入ってきたときに混じったのか、料理のいい匂いが鼻先をくすぐってきた。
そういえば、倒れてから何も食っていないせいか、とてもおなかが空いていることに気づく。
すると、
ぐうぅぅぅ
「……すみません…」
「ほほ。
ハヤト殿もお腹が空いているようですし、軽く食事にしましょうか。
何か出せるか?」
「ええ。簡単なものなら」
「ということです。
遠慮なく食べてくだされ」
「わかりました、ありがとうございます」
メニューは昼の残りだという野菜のスープと、固めのパンだった。
空腹も手伝ってとてもおいしかった。
………
食事をした後、外もまだ明るかったし暇だったので、トリナを連れて村の中を散策させてもらった。
村の中には畑が大量にあった。
畑を休ませているのか、植わっている所とそうでない所とが半々くらいになっている。
家畜はあまり見当たらず、牛が数匹いる程度だった。
村の中央には大きい、というよりは広く平たい建物がある。
また、森側に目を向けると、何やら柵を補強している最中だった。
特に壊れていた様子はないため、純粋に強化しているようだ。
やはり魔物がいる森方面は不安なのだろう。
森を抜けたときに見えた、草原に出てくる。
例の妖精を通した魔法というのを試してみるためだ。
「トリナ、用意はいいな?」
「はい、ばっちりです」
「よし、じゃあ行くぞ」
魔法は下級の風の玉。
なぜかというと危なくなさそうだからだ。
ぶっちゃけただの空気だからな。
トリナとのつながりを意識し、トリナのほうに魔力を流す。
次にその魔力に魔法のイメージを魔力に乗せる。
「……」
「何も起きませんね」
「トリナ、何か出そうな雰囲気はないか?」
「いえ、まったく」
トリナから魔法が出るのかと思ったのだが、やり方が違うのか?
今度は俺とトリナで魔力を循環させてみる。
循環させた魔力は手のひらに集め、その魔力を使って魔法を撃ってみる。
すると、
「おおっ!」
「ええ、何ですか今の!?」
通常のものよりも大きな風の玉が飛んで行った。
何にも当たらなかったので威力はわからないが、恐らく何倍にもなっているだろう。
「なんというか、わたしこんな事できたんですね……」
「ああ…
ただまあ、強すぎて使いどころは限られる、って感じだろうけどな…」
周りを巻き込むかもしれない。
それに、生物に使ったらオーバーキルしそうだ。
………
その日の晩。
ミゲルさんを交えつつこれからのことについてミナと話し合っていた。
「とりあえず、目標地点から行こうか」
森を抜けることで頭がいっぱいで、そもそもどこに行くのかを確認し忘れていた。
バカか、俺は。
「はい。
私の村はダヴィエ王国の端の方にある獣人族の村で、名前はセヴリ村って言います」
「ほう、王国……人攫い共、国境を越えてきたようですな。
ここはメーニ村、ティリエ大公国の端で王国との国境に面している、モルダレ侯爵領にある小さな村。
国境までは領を北西にまっすぐ横断して馬で約ひと月、といったところですな」
「大公国…
そんな、隣の国まで来ていたなんて…」
ミナがショックを受けたようにつぶやく。
いや、実際ショックを受けているんだろう。
さらわれたと思ったら隣の国に来ていたんだ。
ショックを受けても何らおかしくはない。
しかし、馬でひと月か。
徒歩で行ったらいったい何日かかることやら。
「王国に向かうのなら、まずはこの村から西の方にあるカラレの町を目指すと良いでしょうの。
そこの商業ギルドで王国行の隊商に便乗できれば、経路次第ですが国境までおそらく一か月半くらいで着くと思いますぞ」
「なるほど。
そのカラレの町までどのくらいで着きますか?」
「人の足でおおよそ三日、というところですかのぅ」
三日か。
「俺はカラレの町に行った方がいいと思うけど、ミナはどう思う?」
「私もその方がいいと思います」
「よし、じゃ決まりだな。
それじゃあ、とりあえずの目標はカラレの町ってことで。
ミゲルさんも、付き合っていただいてありがとうございます」
「いやいや、礼には及びませぬよ」
目標も決まったところで、散歩のときに気になったことをミゲルさんに尋ねてみた。
「ところで、森の方で柵を強化してましたけど、やっぱり魔物対策ですか?」
「ええ。
男共で見回りなどをやっているだけでは不安ですからの。
まあ無いよりはマシ、程度ですがのぅ」
やはり予想通りだったようだ。
「おお、そういえば伝え忘れておりましたが、魔物が出た場合は男衆が食い止めている間に、村の中央の集会場に避難してくだされ。
あそこに立てこもって魔物をやり過ごしますのでな」
「はい。
でもまぁ、魔法でなんとかなりそうであれば加勢はさせてもらいます」
「ほほ、それでもよろしいですが、あまり無理はなされませんよう」
「わかりました」
まあ、まずはミナ達を避難させてから、の話だろう。
………
濡らしたタオルで体を拭いてから、ベッドに潜り込み、目を閉じる。
一昨日の夜眠れなかったのは寝心地が悪かったのもあるだろうが、あの時はなんだかんだで緊張していたんだ、と今ならわかる。
いきなり見知らぬ土地に放り込まれて、したことのない野宿をする。
イノシシの件でも、冷静に対処は出来たが怖くないわけではなかった。
そんなののいる森の中で安眠など、できようはずもない。
あと、三十時間睡眠の原因は恐らく、体に魔力をなじませるためだ。
俺の場合、トリナの魔力になじませる以前に、そもそも魔力が体の中には無かった。
しかし、眠れなかったことで魔力をなじませることができなかった。
それらの影響で三十時間も眠ってしまったんだろう。
さて、トリナは俺が途中で起こしたからか、見張りの後すぐに眠れていた。
俺の場合、妨げられることなく三十時間たっぷり眠っていた。
その結果何が起こるか。
それは
「…ね、眠れん」
このざまである。
畜生。
考え事をしているうちに眠くなるかと思っていたが、全然そんなことは無かった。
目がギンギンだ。
夜更かしして後悔してるのに、今度は眠れないせいで強制夜更かし。
勘弁してほしい。
この世界に来てまともな睡眠ができていない。
これから先、まともに眠れるのか心配になってくる。
……いや、よく考えたら元の世界でもかなり不規則な眠り方をしていた。
三時間睡眠などザラだったんだ。
そもそもまともな眠り方をしていなければ何も変わらないじゃないか。
……いやいやいや。
そういえば、あの森にいた魔物は今どこにいるだろうか。
今トリナは隣の部屋でミナと寝ているが、寝ていても瘴気レーダーは使えると言っていた。
まぁ、多少離れていても使えるだろう。
「………え?」
『魔物だぁ―――っ!!魔物が出たぞぉ―――っ!!』
見張りの男が鐘を鳴らしながら叫ぶ声が聞こえてきた。
大変遅くなってしまいました。しかも短め…
いやぁ、それにしてもダイ○ダラーって面白いですね。
最近久しぶりにとあるゲームアプリを開いたのですが、トリナに(というかトリナが)外見、口調の一部がかぶってるなって感じる妖精のキャラがいました。
パクったつもりはなかったんですが……
いっ、いや、ホントに偶然なんだ!
オレは悪くねえ!
オレは悪くねえ!!