プロローグ
「っ!」
「生駒、颯人さんですね?」
「え、あの」
神々しい何者かが、彼に話しかける。
彼、「生駒 颯人」は何の変哲もない平和な生活を送ってきた、何の変哲もない男子高校生である。
そんな彼は今、どこともわからぬ光に満ちた場所に浮かんでいた。
「あれ?人違いでしたか?」
「あいえ、自分はその生駒ですが…」
「そうですか。それは良かった」
彼の目の前には神々しい何者かがいた。
全体的なシルエットは概ね人型だ。
しかし、人とは決定的に違う箇所がある。
背中から人にはないもの、真っ白な翼が生えている。
その「人らしき者」は、男とも女とも判断がつかない中性的な顔に優しげな微笑みを浮かべていた。
「わたくし、世界維持機構≪神≫ 輪廻転生課 エリア担当天使のラナリスと申します」
「は、はぁ」
「何が何だかわからないって顔してますね」
「いやそりゃそうですよ。
車が突っ込んできたと思ったらいきなりこんな訳の分からないことになってるんですから」
「車については申し訳ありません。そんな方法しか取れなかったものですから」
「…ん?」
目の前の「ラナリス」と名乗る、訳の分からない存在の発言に引っ掛かりを覚える颯人。
「とりあえず事情を説明させていただきますね。
まずここがどこか、ということですが、端的に申しますと世界の外側、あるいは死後の世界といった感じの場所です。
あなたをここに連れてくるには一度死んでもらうしかなくて、運転手に少し眠っていただきました」
「…え、俺死んだんですか?」
「申し訳ありませんがそういうことでして」
「……」
あまりにもいきなりすぎる展開に颯人は一時呆然としてしまう。
しかし、彼はすぐにあることに気づく。と同時に先ほどの引っ掛かりも理解した。
「いただいたって、俺殺したのあんたですか!」
「えぇ、そうなりますね」
しれっと、そんなことを言ってのけた。
「………おい」
「きちんと理由があってのことですよ?」
ラナリスは動じることなく、また、優しげな微笑みを崩すことなく言う。
「…で、その理由ってなんです?」
いろいろと突っ込みを抑えつつ、とりあえず先を促す。
相手を責める前に、まずは相手の言い分を聞いてからと考えたからだ。
「はい。理由なんですけど、あなたには少々やっていただきたいことがございまして」
その口からはまたとんでもないことが飛び出る。
「とある世界に行って魔王の魂を破壊、できれば回収してほしいんです」
「…は?」
驚きのあまりまた思考が停止しかけるが、それにはお構いなしにラナリスは説明を続ける。
「魔王の魂といっても便宜上そう呼んでいるだけで、正確には瘴気が寄り集まってできた『瘴気塊』というものなんです。
それがあなた方の世界の時間で数千年に一度生まれるんですけどね、瘴気は無傷の魂に害を与えるものですので、きちんと処理しないといけないんですよ。
で、今回も処理しようと思ったら何者かにその魔王の魂を持っていかれてしまったんですよ。
幸い、どこの世界に逃げ込んだのかはわかっているので、そこにあなたを送りこませていただこうと思った次第でして」
少々早口気味に説明をするラナリス。
「…質問、いいですか?」
「はいどうぞ」
「なんで俺?」
思考の停止しかけた頭でなんとかそれを絞り出す。
「あーはいそれはですね、まぁ、いろいろな条件にあてはまったのがあなただった、という感じです。
大きく分けて『魔王の魂を破壊するための力に合致する可能性のある肉体を持っている』こと、『死んでもそれほど大きく世界に影響しない』こと、この二つでふるいにかけて一番条件的にあてはまったのがあなただったんです。
あ、念のため言っておきますけど今は力なんてないですよ?あくまで力を持てるかもしれない、って程度なので。
他に質問はありますか?」
ここまでの説明を聞き、颯人は結論を下す。
「……とりあえず、何一つとして訳わからなかったんですが?」
「あっはは、ですよねー。
勢いで乗り切れるかと思ってたんですけど、やっぱだめですか?」
「っ、いや『だめですか?』じゃないですよ!?」
「まあまあ、とりあえずざっくり、ホントにざっくりわかりやすく説明しますから。
まず、あなたをここに呼んだのは私のお使いを頼まれてほしいから。
で、その内容は魔王の魂の破壊か回収。
ここまでいいですね?」
「ええ、まあ」
「いやぁ、実はこの魔王の魂、私が目を離してる隙に盗まれてしまいましてね」
「目を離してる隙にって、自業自得じゃねえか!」
颯人は思わず丁寧語抜きで突っ込んでしまった。
そんな事を気に留めることなくラナリスは説明を続ける。
「まあまあ、やっちゃったことはいいとして、ですよ。
その魔王の魂が活動してるのをとある世界で感知しましてね。
で、あなたにそれを何とかしてもらおう、と、そういうことです」
「だからなんで俺なんですか。
自分で行きゃいいじゃないですか。
てかやっちゃったことをサラッと流すなと」
「まあまあ。
私、ここで魂を循環させてないとないといけないんでここから動けないんですよ。
で、動けない私の代わりに行ける人いないかな~って探してたらあなたを見つけましてね。
まだ学生で世界に影響は少ないですし、いいかなって」
「いいわけあるかぁっ!」
「まあまあ」
「まあまあじゃねぇっ!」
「まあまあ」
「~~~っ」
「とりあえずあなたには拒否権はありません。拒否されても無理やり送るので、そのつもりで」
(悪びれもせずにこんにゃろう)
口には出さずにそう思う。
と、颯人の体が後ろに引っ張られ始めた。
この世界にも慣性があるようで、颯人は自分がラナリスから遠ざかっている、と認識できた。
「おっと。
楽しい時間は過ぎるのが早いですね。
そろそろ行ってもらう時間ですか。
とりあえずこの子をあなたにつけますので、詳しいことはあっちについてからこの子に聞いてください」
そう言ってラナリスが背中側から何かを取り出す。
取り出されたのは、約40センチ程度の小さな人間の姿をしたものだった。
「この子はあっちの世界でいうところの妖精というものです。
この子は先ほど言っていた『魔王の魂を破壊するための力』の鍵と、瘴気を探知するレーダーの役割を担っているので、あまり乱暴な扱いはしないでくださいね。
あと、あちらの世界には魔法が存在しています。その力を鍛えてください。魔王の魂を破壊するための力を使うには魔法が使えないといけないので」
そこまで矢継ぎ早に説明したラナリス。
その間にも颯人の体は後ろにどんどん加速してゆく。
「あ、あと自殺とかしないでくださいね。もししようものならあなたの魂を輪廻転生の輪から外させてもらいますので。
では、よろしくお願いします。
そういえば。あなたの世界を調べたとき読んだ『マンガ』に書いてあったんですが、別れの挨拶ではこう言うんでしたよね。
それじゃあ颯人さん、『ばっはは~い』!」
「言わねえぇぇぇぇぇぇ!!!」
そう叫びながら、彼は異世界「コモス・エルデ」へと引きずり込まれていった。