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一 閃光魔術

  一 閃光魔術


 閃光魔術と呼ばれる技がある。

 それは実のところただの膝蹴り、もしくは回し蹴りなのだが、これが尋常でなく速い。目にも留まらぬとはこのことで、まさに閃光、そして豪快だった。

 今もノッポの目の前で、体重一〇〇キロもある肥満した男子生徒のふくよかな腹に向けて閃光魔術が放たれたところである。

「邪魔よっ!」

「ぷぎー!」

 その男子は哀れな悲鳴とともに宙に浮かされ、教室の後ろの黒板に叩きつけられた。一見して凄まじい威力のようだが、実はそれほどでもない。打撃そのものよりも、吹き飛ばされたことによって壁や床に叩きつけられたときの方が痛いくらいだ。実に不思議である。だがもっと不思議なのは、その閃光魔術の使い手がほんの少女だということだ。

 少女の名前はツンデレという。もちろん綽名あだなで、本名は別にある。ごく普通の名前だ。だがみんなツンデレと呼ぶのでツンデレである。

 ツンデレは生まれつきの栗色の髪をおかっぱにした、目も醒めるような美少女だった。瞳は鳶色で背丈はちょうど一六〇センチらしい。ブレザー型をした制服の短いスカートからは、肉付きのいい長い脚が伸びている。

 この脚が閃くや、重い男子の体が吹き飛ばされるのだから不思議だ。女子の脚力とは思えない。それはまさしく魔術だった。

 だがノッポは実のところ閃光魔術などどうでもよかった。男子たちが密かに欲情しているツンデレの脚線美にも興味がなかった。ノッポの視線を釘付けにするのは脚ではなく胸である。本人の知らないところで男子たちにメロンと囁かれるその迫力ある乳房のふくらみが、椅子に横座りするノッポの、ちょうど目の高さにあるのだった。それにノッポが鼻の下を伸ばしていると、ツンデレの手がノッポの頭を鷲掴みにし、無理やり上向かせた。

「どこ見てんのよ、ノッポ?」

「いや」

 思いがけなくツンデレと目を合わせたノッポは、どきつく胸を無視して声を押し出した。

「俺になにか用か?」

「あるから来てんじゃない。今、ちょっといい?」

 ノッポはなんとなく辺りを見回した。一月中旬のよく晴れた水曜日、放課後の教室の、ちょうど中央の席である。椅子に横向きに座って、友人と男子の本懐について語り合っていたところを、ツンデレが割り込んできたのだった。ノッポはツンデレに目を戻して云う。

「俺、これから家に帰ってエロサイト巡りする予定なんだけど」

 それを聞いていた周りの生徒が笑い声をあげる。そこにツンデレのため息が添えられた。

「不健全な青春ね。悲しくない?」

 ほっとけ、とノッポが口にしかけたそのとき、先ほどツンデレに吹き飛ばされた男子生徒が腰をさすりながら戻ってきた。

「ひどいよ、ツンデレ。有意義な情報交換してたのに」

「るっさい!」

 ふたたび閃光魔術が放たれ、その生徒は開いていた教室の扉から廊下へと蹴り出された。きゃー、という悲鳴が遠ざかっていく。それを見たノッポは唖然としてしまった。

「相変わらず、でたらめだなあ」

 ふんと鼻を鳴らしたツンデレは、目に角を立ててノッポを見下ろしてきた。

「あんたに折り入って頼みがあるのよ」

 ノッポは顔をしかめた。

「なんかスポーツやれとか、そういう話じゃないだろうな?」

 ノッポは、その綽名が示す通り、ノッポである。高校一年生にして身長一八九センチ。クラスの全員を楽々と見下ろせるその上背ゆえに、数多の運動部に勧誘されてきた。しかしノッポにとってはいい迷惑だ。そういう血と汗と涙を流すような青春は望んでいない。ノッポが目指しているのはただひとつ。

「まあ、おっぱい揉ませてくれるならなんでもするが」

 ノッポは制服を隆起させているツンデレの乳房を見つめて、両目をやに下がらせた。はあ、とツンデレがため息をつく。その目のなかは蔑みに満ちていた。

「あんたって本当、スケベのことしか考えてないのね」

「実はスケベの星からやってきました、宇宙人です」

 得意気に返したノッポの土手っ腹に、閃光魔術が炸裂した! けたたましい音とともに、ノッポが椅子ごとひっくり返る。そんなノッポを見下ろすツンデレは、しかし好意に満ちた微笑みを浮かべながら片手で髪を掻き上げた。

「やっぱり、あんたしかいないわ。わたしとお笑いコンビを組めるのは」

「はあ?」

 ノッポは頓狂な声とともに勢いよく身を起こした。


 徐々に生徒の数が減っていく教室のなか、椅子に座り直したノッポの前でツンデレがこう切り出した。

「噂で聞いてるかもしれないけど、うちってぶっちゃけ貧乏なのよ」

「ああ、そうらしいな」

 ノッポは曖昧に頷いた。なんでもツンデレには弟妹が十人もいて、家族の人数がそのまま家計を圧迫しているらしい。また別の噂では父親がどうしようもない飲兵衛でまったく働かないのだと云う。いずれにせよツンデレも消しゴムを妙に大切に使っていたり、シャープペンシルの芯を必ず誰かに恵んでもらっているなど、その苦労が偲ばれた。

「で、それとこれとなんの関係があるんだ?」

 するとツンデレは学生鞄のなかから一枚のチラシを取り出してノッポの前に突きつけた。

「町内お笑い大会! 優勝賞品はカップラーメン一年分!」

「なるほど、すべてわかった」

 切なそうな顔をして黙り込むノッポの前で、ツンデレは鞄にチラシをしまうと、つぶらな瞳を強烈に輝かせて高らかに宣言する。

「わたしとあんたがお笑いコンビを組んで、町内お笑い大会で優勝するのよ!」

 周囲でどよめきが沸き起こった。まだ教室に残っていたクラスメイトが耳をそばだてていたらしい。だがノッポはそんなクラスメイトでもなく、ツンデレの燦たる笑顔でもなく、ブレザーに締め付けられて窮屈そうにしているツンデレの乳房を見ながら云った。

「いいけど、優勝したらおっぱい揉ませてくれるの?」

「いいわよ」

「よし、やろう!」

「決まりね。わたしツッコミ、あんたボケ。だからあんたは今日から関西弁喋りなさい」

「いや、俺、東京生まれや。似非えせ関西弁なんて使つこたら、大阪の人怒るで」

「ノリノリじゃないのよ!」

 閃光魔術が炸裂した!

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