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第8話・行動開始

■天文16年(1547)5月18日

甲斐国 山梨郡 躑躅ヶ崎館 三郎私室

・武田三郎


なんとか志賀城攻めに参加することが出来る。とはいっても4歳の俺が馬に乗り槍や刀を振り回すのは出来ないので、助言や後方で待機してるしないとは思う。

それと問題なのが関東管領の援軍だ。忠実通りだと武田軍の圧勝で終わるのだが、そのあとの3000人の首を志賀城の周りに並べるという残虐なことをするんだよな、父上。

…仕方が無いその前に志賀城を落として、援軍を破るしか無いな。



城を落とすには内から崩した方が落ちやすい。

つまり城に潜り込める忍びが必要だ。

三郎はゲーム機を腰から手に取り忍者を調べる。


「えっと…有名なのは服部半蔵、望月千代女、加藤段蔵、風魔小太郎、百地丹波、藤林長門守、高坂甚内、出浦盛清、唐沢玄蕃、禰津信政、割田重勝、壺谷又五郎、望月三郎(出雲守)、二曲輪猪助、多羅尾光俊だよなぁ、とりあえず忍びがいないと他の忍びと交渉もできないし…近くの場所にいる忍びは…」


服部半蔵は二代目の服部正成が世間で知られる半蔵だが彼自身は甲冑をきて足軽を率いる武士であり。正成の父、服部保長は忍者であるが正成は1542年生まれなのでまだ5歳だ。保長も松平清康に使えていたが森山崩れで流浪しているか伊賀にいるかもしれないから無理だ。そして一番欲しいのが望月千代女だがこの人物はあまり記録がなく歩き巫女を養成していたという人物で望月盛時に嫁入りしたのだがまだ甲賀にいるのだろうか…

他にもたくさんいるが北条や伊賀、甲賀にいるものがたくさんだ。出浦盛清なんかはまだ1歳だ。ここは隣国、信濃の加藤段蔵を家臣にするしかない。そうと決まれば急がなくてはな。


三郎がぶつぶつと小声で考え込んでいると。


「三郎様?どうかなされましたか?」


「気分が優れないのでしょうか?」


先ほど父・晴信にお願いして家臣にしてもらった春日源五郎(後の高坂昌信)と飯富源四郎(後の山県昌景)が問いかけてくる。



ーーーーーー高坂昌信ーー1527〜1578年


【信玄、勝頼期の武田四天王の1人。幼名は春日源五郎。武田家譜代家老衆。海津城を守備をして上杉謙信率いる上杉軍から備えた。逃げ弾正として有名。長篠・設楽ヶ原の戦いで勝頼が織田・徳川連合軍に大敗した時は敗報を聞くと信濃駒場において出迎え、衣服・武具などを替えさせて領内の民に敗軍の見苦しさを感じさせないように体面に配慮したという】


ーーーーーー山県昌景ーー1529〜1575年

【信玄、勝頼期の武田四天王の1人。幼名は飯富源四郎。武田家譜代家老衆。飯富虎昌の弟。兄・虎昌に勝るとも劣らない武者振りを発揮し、「源四郎の赴くところ敵なし」とまで言われた。数々の逸話を残している。中でも信玄の異母弟である一条信龍が、「山県隊はなぜそんなに強いのか」とある日尋ねた。すると昌景は「訓練も重要ですが、それだけではなく、一番大切なのは戦に臨む心がけであり、いつも初陣のように合戦に赴く覚悟で慎重に策を練り、勝てると思っても確信しない限り戦わないようにしているからです」と答えた】



「いや、大丈夫ですよ。源五郎殿、源四郎殿」


「そうですか、して三郎様、我々に殿は要りませぬ。どうか呼び捨てでお願いします」


頭を下げてお願いをする源五郎。


「分かりました」


「それで何故我々をお館様から家臣に欲しいと言われたのでしょう?」


源四郎は疑問に思ったのだろう、三郎が父・晴信に家臣に欲しいと言ったからだ。


「源五郎、それに源四郎。お主達は後世に名を残すほどの名将になるからです」


「「それがしが?」」


2人は信じられないことを聞いて驚く。


「俺はそんな名将になる者を是非家臣に欲しかったのだ。一国一城に匹敵するとな。」


「そこまで…我々を…」


一国一城と聞き源五郎と、源四郎は感激の余り目元から涙が溢れていた。



「それでな、2人に早速仕事を頼みたい」


「「何でしょうか‼︎」」


「うむ、源五郎には信濃にいると思う段蔵に家臣にしたいので話し合いたいという書状を届けてくれ」


「信濃の段蔵と言いますと鳶加藤ですか?」


「そうだ、武士として召抱える」


「それはいけませぬ。忍びは身分が低い、卑しい身分の者ですぞ?それでもですか?」


源五郎は少し不機嫌な顔をしながら問いかけてくる。


「源五郎だって元は百姓なのだろう?俺はなあ、身分なんか低くても能力さえあれば関係無い。父上と同じ考えだ」



「……」


源五郎は言葉に詰まり何も言えなかった。


「これは武田家の為になるし、俺にとって大事なことなんだ」


源五郎の方に近づき方に手を添えるように置く。


「……分かりました。お任せください」


「それと源四郎お主には私と稽古の相手をお願いしたい。これも俺が強くなる為に必要なことだ」



「分かりました」








■甲斐国 某所

・加藤段蔵


ふぅ…しかし甲斐での所用が終わり信濃へ帰ろうかと思ったら甲斐の武田から家臣にならないかと書かれている書状を持った使者がいた。武田家重臣に扮して接触して書状を預かったが中を見ると驚いた。相手は当主の晴信ではなくその三男というのが驚きだ。

手紙の内容は一族郎党を武士として召抱える事と自らの忍びが欲しいから一度甲斐の躑躅ヶ崎館の私室に来てくれ、甲州乱波が警備しているが鳶加藤なら大丈夫だろう?会えることを楽しみにしている。

と書かれていた。なかなか面白い。卑しい身分の忍びの私を武士として召抱える者がいるとは、一度あって見るのも悪くはないな。




■天分16年5月18日

甲斐国 山梨郡 躑躅ヶ崎館 三郎の私室

・武田三郎


さて鳶加藤こと加藤段蔵は来るだろうか、この時代には身分を結構気にするからおそらく大丈夫だと思うのだが……ん?


突然、天井裏に誰かがいる気配がした。


「誰かいるのか?……もしかして鳶加藤か?」


三郎は天井裏を見上げて話しかける。一応、腰にある短刀に手を置く。


「お見事ですな、ばれない自信がありましたが。さすがさすが」


そう言って1人の男が天井裏から出てきた。

ゲーム機で調べたが歳は1503年生まれだから44歳だが身体能力はさすが忍びといったところだろう。


「鳶加藤こと加藤段蔵殿ですよね?」


「いかにも鳶加藤こと加藤段蔵です。私に殿は入りませんよ、武田の若君。さっそく手紙を見てきました」


驚いた書状を出したばかりなのにもう現れるとは…


ーーーーーー加藤段蔵ーー1504〜1557年


【江戸時代初期の書物などに「鳶加藤」「飛加藤」の名前で言及されている幻術使いあるいは忍者。武田信玄と上杉謙信が危険視した程の腕前を持つ】


「そうか、よく来てくれた。まだ初対面の人に殿をつけるのは当然だろう?…書状を出したばかりなのに早いな。それと手紙の内容は本当だ。段蔵殿を武士に、そして俺の重臣になってもらいたい。それだけの技能は持っているだろう?

ゆくゆくは信濃の忍びを率いて私のする事を手伝ってもらいたい。それと一族郎党も足軽にするのでとりあえず城を俺が貰えるまで段蔵殿だけ家臣にしたいのだがどうだ?」


「いやぁ、偶然甲斐に用がありましてなちょうど武田の使者を見かけて、武田家の重臣に扮して接触したら私宛でしたので、それで武士にしてくれるだけでもありがたいのだが、一族郎党まで…。まぁ私には一族はいないのですがな、弟子たちでも宜しいか?」


たまたま運が良かったのか…

それに鳶加藤と呼ばれている加藤段蔵の弟子かぁ…。

弟子も期待できる。勿論、手練れが増えるのはこちらとしても嬉しい。


「構わない、手練れが増えるのは嬉しい」




「ではこの加藤段蔵、これより武田三郎様にお仕えします」


段蔵は手紙に武士と書いてあっただけでもありがたかったが重臣にといわれ弟子も召抱えるという三郎の言葉に涙を流しながら頭を下げるのであった。

誤字脱字等、ありましたらご連絡ください。

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