第19話・上杉軍、信濃進軍
天文16年(1547)7月10日
■信濃国 佐久郡 志賀城
「関東管領上杉軍、当主・上杉憲政を総大将に碓氷峠を越えて信濃国に入りました!」
突如としてその知らせが物見に放っていた忍びが知らせてきた。
東国の旧勢力を代表する関東管領・上杉憲政。忠実での彼の生涯は波乱に満ちた生涯だった。大永3年(1523)、関東管領・上杉憲房の子として生まれるが3年後の大永5年(1525)に憲房が死去しまだ3歳という幼少であるため、憲房の養子である上杉憲寛、後の晴直が家督を継いで当主となったが享禄4年(1531)に起きた関東享禄の内乱で先代実子である憲政を擁立する成田氏や安中氏、藤田氏や小幡氏などが憲寛方の長野氏らに勝利したため、憲政が山内上杉家の家督を継いで関東管領となった。
忠実では上杉憲政は率いて来なく、倉賀野党16騎を先人に金井秀景が率いる上野衆が来るはずだったのに…。まさか兵数もか⁉︎
「兵数はどの位なのか?」
横田高松が聞く。
「その数約5000!」
やはり多い!俺が忠実よりも早く志賀城を落としたからか?歴史修正力が働いたのか?
いや、仕方がない。生き残り歴史に名を残すと決めたんだ、ここで動揺してたら成し遂げられい。
「父上!上杉軍を蹴散らしてまいります!」
信之は父、晴信に向かい深々と頭を下げた。
「うむ、存分に戦ってこい!信方、虎泰、信房、虎盛、良いな!必ず上杉憲政の首を獲れ!」
『はっ‼︎』
信之率いる6000の武田軍が小田井原に向けて進軍を開始する、
天文16年(1547)7月12日
■信濃国 佐久郡
・上杉憲政
5000の兵を率いて碓氷峠を越えて、佐久郡入った関東管領・上杉憲政。今年でまだ24の青年だ。3歳で父の憲房を失ってしまい、僅か9歳で室町幕府・関東管領職を拝命した。義兄弟と争いそして勝った。今では後北条氏に伊豆、相模を取られ武蔵も着実に取られている。
近年、関東は色々と対立があり争いが絶えない。関東公方と関東管領の対立。関東管領山内上杉と扇谷上杉の対立。未だ関東では血筋、役職を巡る戦の日々。それもこれも平将門公の乱以降、独立心旺盛な関東諸将は強い方に着くといった形でお家を保っていた。
そこに鎌倉幕府執権、関東の名門北条氏をあやかって名乗った北条氏が出てきた。下剋上である。そもそも北条氏ではなく伊勢氏なので区別するため後北条氏と呼ばれる。
「武田め!甲斐で大人しくしておればいいに!山猿め!」
憲政は色々と頭で考えている内にイライラして周りの家臣たちに当たり散らすのであった。
誤字脱字等ありましたら教えてください。




