第17話・元服②
天文16年(1547)6月22日
■甲斐国 山梨群 躑躅ヶ崎館 大広間
嫡男の義信が退出して広間が静まり返った。
誰もが気分が悪そうな、苦虫を潰した顔をしている。
「誠に申し訳ありません。兄上に変わりこの武田信之が深く…深くお詫び申し上げます。信繁叔父上、重臣の皆様…」
信之は深く頭をさげる。
「信之様何故我らに頭を下げるのか」
「そうですぞ。信之様が何をしたというのですか?」
そう言ってきたのは両職の甘利虎泰と小畠虎盛が慌てて信之の所へ駆け寄る。
「義信の事は許さんがこんなにまだ小さい三郎が元服。いやぁまことに芽出度い! 御屋形様にこれでは義信とどちらが優秀なのか一目瞭然ですな」
ーーーーーー武田信繁ーー1525〜1561年
【信虎の次男で信玄の同母弟。典厩と呼ばれ武田家の副大将。武田四天王の山県昌景は「古典厩信繁、内藤昌豊こそは、毎事相整う真の副将なり」と評した。真田昌幸は自分の次男に信繁と名をつけたほど。後の真田幸村である。】
信繁叔父上は先ほど信之が発言を聞き涙を流して喜んでいる。そうだよな。俺の祖父である信虎公は父上よりも信繁叔父上を可愛がり家督継がせようとしたからな。色々と苦労があったのだろう。父と兄の板挟みか…。
「太郎のせいで中断したが三郎のだけでも済ますぞ。皆の者、これより武田三郎の名前を改め武田信之とする」
よき名でございますな。
これで武田家は安泰じゃな!
皆の者宴じゃあ!
皆口々に三郎改め信之を褒めその間宴となった。
俺は武田三郎信之を名乗ることになった。
しかも4歳でだ。そしていよいよ来月には出陣か…。緊張する。
「いやぁぁ、誠にめでたいですな!」
「誠に、めでたいですな!しかし太郎様ときたら全くもって成長しておらんではないか」
先ほど頭を上げてくだされと言ってきた2人が近寄ってきた。
「先ほどはありがとうございました。私のような幼子に…」
申し訳がなさそうにする信之に対しては2人は
「幼子ではありませぬぞ!立派な挨拶、それに来月には我々と初陣です。大人ではありませんか!」
「さよう、元服すればすでに大人。それに初陣をすれば一人前!」
「誠にありがとうございます。では私がお酌を…」
「これはありがたい…。信之様から…。」
虎泰は驚きながらも盃を信之に差し出す。
ーーーーーー甘利虎泰ーー1498〜1548年
【信虎時代の武田四天王の1人。武田家で最高職位「両職」を務めた譜代家老衆。山本勘助も虎泰の采配は見事と感嘆すりほど。甘利氏は武田家と同じく甲斐源氏の一条忠頼の流れをくむ庶流に当たる。上田原の戦いで板垣信方を打ち取った意気揚々の村上軍から晴信を守った。その際、才間河内・初鹿野伝右衛門らと共に戦死した。】
「虎盛殿もどうぞ」
「これはこれは。ありがとうございます」
ーーーーーー小畠(小幡)虎盛ーー1491〜1561年
【武田五名臣。武田二十四将の1人。小幡姓とするのは誤りであるが子である小幡昌盛が信玄に許され上野国の小幡氏を名乗った。武勇から「鬼虎」と称さる。遺言の「よくみのほどをしれ」は有名であり、生涯で36回の合戦に参加して貰った感状も36枚、41ヶ所の傷を受けた武田家の中でも歴戦の勇将である。】
この2人を味方につけておいたほうが良いだろう。
「信之さま、それでお願いあります」
「儂からもです」
「何でしょうか?」
「信房殿から聞きましたが援軍にくる関東管領の軍を撃退するとか」
「それに儂らを加えてはくださらんか?」
2人が頭を下げてお願いをする。
信之は慌てて2人に
「顔を上げてください。是非もない事です。お二人が加わってくだされば圧勝間違い無しでしょう」
「「必ずやご期待に応えましょうぞ」」
2人は笑顔でそう言ったのだった。
それから一刻がたった。
「さて来月に志賀城を攻める。手勢は6000を率いて進軍する。信之は別働隊を率いて一度は志賀城へ進軍その後に援軍を叩け!各々準備は抜かりなく」
『はっ‼︎』
晴信の声で諸将が返事をしてお開きとなった。
クロスオーバー作品に参加してもらっているさくらさくら様がご都合により抜ける事になりました。さくらさくら様のこれからの次回作を期待し応援させていただきます。
誤字脱字等ありましたらご連絡ください。
ついに4歳で信之に!次回から信濃侵略です!