ミルクティー
三角関係のお話しです。
その日は朝から曇っていた。
日曜日の午後。
私は図書館で借りた本をひろげて時間をつぶしていた。
眼は活字を追うが、まったく頭に入ってこない。
時計を見ると三時ちょうどだった。
いまごろは、映画もおわり二人は男のアパートに着いているころだ。
きっと女は自分の台所のように、慣れた手つきで水道の蛇口をひねり薬缶に水を注ぐのだろう。
やがて水は沸騰し、私が男のために買った紅茶のパックを、私と男のペアのマグカップに入れたっぷりと湯を浸すのだろう。
嫉妬を色に例えれば、赤だろうか。
だが三年間私がずっと抱いてきた嫉妬は、いつしか変色し白雪姫を殺そうとした母親の肌のように、白く漂白していた。
牛が草を何度も舌の上で咀嚼するように、私は嫉妬という餌を味覚もわからなくなるまで味わってきた。
どうせ私は二番目の女なのだ。
人として半人前が、一番目になれるはずもない。
そんな嘔吐にも似た思考が、私の恋を支えていた。
「おまえは俺だ。俺はおまえだ。俺たちは同じなんだ」
夜の公園で私が訴えた生きづらさに男はそう言って、私を泣かせた。
男にはすでに婚約者がいて、のっぴきならない関係だと知ったとき、私はすでに戻れなくなっていた。
男に恋をすることで、日陰の女という最低な立場になる。
私のような最低な人間には、最も似つかわしい。
そう思っていた。
それなのに、なぜだろう。
私は男に電話をする。
いま電話をすれば女に二人のことがばれてしまうのに。
七回のコールのあと男のこわばった声があった。
「もしもし」
「もしもし?」
「どうした」
「べつに」
「切るよ」
「うん」
ぼうっとした頭でいま起こっているであろう男と女の修羅場を思う。
私の落とした一滴の毒が、二人の入れた紅茶にみるみる波紋を広げていく。
着信音が鳴った。
「もしもし」
きれいな女の声だった。
あんなに私を苦しめた女なのに、私は一瞬聞きほれる。
「はじめまして」
はじめまして?
女は私のことを知っている。
「いま、何をされていたのですか」
女が畳みかける。
私は本を読んでいたと言い『夜と霧』について話し続ける。
女は黙って聞いていた。
そろそろとなり、電話が切れた。
私はその場にしゃがみこんだ。
呼吸の仕方をやっと取り戻したとき、また着信があった。
「いま泣きながら出ていった」
受話器から聞こえる男の狼狽と、あきらめと、興奮の混ざった腐った蜜のような声。
私は怒りが沸き上がるのを抑えられなくなった。
「追いかけてよ。早く!」
返事を待たず私は電話を切る。
まだ男のことが好きだった。
まだ一緒に同じ時間を過ごしたかった。
きっと男は女に許されるだろう。
二人は私を踏み台にして、より固くむすばれるだろう。
なのに、なんだろう。
この抜けるような爽快感は。
全身を締めつけていた見えない縄が、スローモーションのように溶けていく。
私は自由の身になった肺に、はちきれんばかりの空気を送りこみ、そしてすべてを、解放した。




