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俺の匂いは、モブイケメンにも気に入られるほどやばいんですか!?

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本当にありがとうございました!

「お爺様、おやめください! そのかたたちは、純一さんが呼んでくださった正義のヒーローです」

「――んなっ!? こ、この怪しげな格好をした者たちがか!?」


 俺と俊介が一刀両断され、首と体が永遠のお別れを迎えそうなピンチを救ってくれたのは、身をていしてかばってくれたお嬢様だった。


「はい! このかたたちは、パンツレスラー一号様と二号様。世を忍びながらも、日夜人助けをされている立派なかたたちです。ちなみに一号様が圧倒的主役で、二号様はおまけです」


「おまけとか、説明酷い!?」

「……よ、世を忍ぶ? 櫻子や、こいつらは忍びかたを間違っているぞ? 目立ちすぎだ」


 冷静になってみれば、櫻子はカラオケの時に俺たちのパンツレスラー姿を見てるんだ。

 そしてなんでこんな格好をすることになったのかという理由は知らずとも、パンツレスラーの時は本人が誰かバレてはいけないということは伝えてある。

 そして奇跡的にだが、彼女は俺たちのパンツマスクを素敵なお帽子と好意的に評価してくれていた。

 こうして助けてくれるのは、当然の帰結だったのかもしれない。

 きっと沙雪たちも、こうなると確信してたんだろうなあ。

 抜け目ないというか、なんというかね。

 ……まあ、今日本当にパンツレスラーになることが必要だったかという話になると、全力で疑問をていさずにはいられないけどね!


「し、忍ぶどころか、どう考えてもさっきの小僧どもじゃないですか!?」

「……渡辺。なにを寝言を言っている? あの庶民どもに、こんな前衛的な身なりを整えられるわけがなかろうが!」


「そうでしょう、そうでしょ――。……し、慎之介様? 今、なんとおっしゃいましたか?」

「だからあの庶民どもが、あんなにカッコよく変身できるわけがないと言っている!! しかも庶民に呼ばれたくらいで、こんなにも素早く駆けつけてくれる。彼らこそ、まさにヒーローの中のヒーローだ」


「し、慎之介様っ!? 正気ですか!?」

「……渡辺さん。彼は正気ですよ。決まってるじゃないですか。そもそも、そのマスクの中には、誰もいないんですよ?」

「ひっ、ひぃいいいいいいいいいっ!?」


 いや、しっかりと中に人がいるわ!

 とにもかくにも沙雪様の一言で、渡辺の乱、鎮圧完了。

 にしても、イケメンがポンコツで助かった。

 しかも、カッコイイに前衛的と来たもんだ。

 まあ、たしかにこの格好は、俺も未来に生きてんなって思うよ。

 何世紀先の未来かは、まったく予測不可能だけどな。

 まったく櫻子といい、お金持ちの感性はいまいちよくわからんね。


「……そちらのお嬢様よりご紹介に預かりました、パンツレスラー一号です。こいつは、二号」

「二号っす」


 こいつが櫻子に「俺たちがこの姿の時はパンツレスラー一号、二号なんでよろしく!」なんて言ったもんだから、今度はこのカオスな名前が東北の地で広がってしまった。

 かといって、俺になにかまともな名前が思い浮かぶかっていうと全然だけどな。

 だってこんな格好なのに、変にスタイリッシュな名前とかつけたら袋叩き確定じゃん。

 でもさ、この名前だけは定着させたらあかんと思うんだ。

 ……もう手遅れかもしれんけどね。


「……おまえたちが、橘少年から呼ばれて桜を救うためにきた者で間違いないのだな?」

「はい。全力を尽くします」


 胡乱げなまなこを俺たちに向ける老人に、しっかりと頭を下げて中庭へ降り立つ。

 桜の木に近づき、渡辺の顔が固まったあたりを確認すると、たしかにあった。

 幹にいくつか空いた穴と、根元に大量に散乱している木くず。フラスと呼ばれるそれは、幼虫の食べかすやフンが溜まったものらしい。


(希! 念のため、木の内部を確認してくれ)

(……ご主人様。じつは希、虫は結構苦手なんですよ)

(んなこと言わずにさあ。おまえの活躍どころだろ?)

(……じゃあ、ご褒美ください!)

(……ご褒美?)

 

 ニヤニヤ声の希の要求とか、どんなにポジティブに考えても嫌な予感しかしないんだが……。


(はい! ぜひ、ご主人様のオ――)

(言わせねえよ!!)


 まあ、そうですよねー。

 ド変態背後霊の希望なんて、そんなもんだろうさ。


(……まだ、オしか言ってないのに。オ兄ちゃんって呼ばせてってお願いだったら、ものすごくもったいないことをしましたよ? めちゃ楽だったのに)


(お兄ちゃんのおは、カタカナのオなんて普通は使わないんだよ! どうせオの次はチかナあたりが続くんだろうが!!)


(正解! 答えはナでした。さすがご主人様です。クイズ希発見なら、スーパー希ちゃん人形を自信を持って置けそうですね)


(オの次にナって、最悪のほうのお願いだったじゃねえか!! しかも希発見ってなんだよ!? おまえに必要なのは、ミステリーハンターじゃなくてゴーストバスターズだろうが)


(いやん! 希を捕獲して、いったいどんないたずらをするつもりですか?)

(なんもしねえよ! さっさと桜の確認をしないと、今日から水着で風呂入るからな)

(希! いっきまーす!!)


 フルチンを人質は、股間狂い幽霊には効果抜群だったようだ。

 よし。これからも、有効活用しよう。


(うぎゃああああああああああああああああっ!?)

(の、希!? 大丈夫か!?)

(ご、ご主人様!! 虫、虫ですぅう!! 芋虫みたいなのが、うじゃうじゃ数えきれないくらいいますよおおおおおお!!)


 希のこんなに怯えるような声を聴くのは初めてだ。

 いつも飄々(ひょうひょう)としてるから、余計にその差異が際立つ。

 そんなに虫が苦手だったのか。

 ……それとも、とんでもない数が中でうごめいているのか。


(希、サンキュな。おまえがやってほしがってた、風呂場でブリッジをしてやるよ)

(ご主人様。優しいから、好き)


 ……少し早まった気もするけど、まあ申し訳ないことをしたしこのくらいはいいだろう。

 信賞必罰。ギブアンドテイクみたいなもんだ。

 希のおかげで、この桜を弱らせた原因も対応策もはっきり見えたからな。

 俺は、空中を見回しながら声を張る。


「望月さん! タオルをたくさん用意してください!!」

「――もう、お持ちしております」

「やっぱ、かっけー!!」


 呼びかけた次の瞬間には、俺の目の前で大量のタオルを抱えた美人が片膝をついている。

 そんな彼女の鮮やかな登場に、俊介――ではなく二号は興奮を隠しきれない。

 パンツ越しからでもわかるほど、これでもかと鼻息を荒くしていた。


 望月さんに「ありがとう」とお礼を伝えて、二号に視線を移す。


「二号。俺が今からスクワットするから、どんどん汗を拭いてくれ。汗が染み込んだらタオルを伸ばして、桜の周りを囲むんだ。……そうだな。桜とタオルの間は、枝先から三十センチくらいあけてくれ」

「がってんしょうち!!」


 俺が黙々とスクワットをして、二号と望月さんがタオルで汗を拭っては、それで桜の周辺に輪を作る。

 それにしても、望月さんには頭が下がりっぱなしだ。

 頼んでもいないのに、俺のきっと公害レベルな汗の拭き取りを手伝ってくれている。

 しかも相変わらず鼻栓をしていないのに、顔は少しも歪ませない。いつもの無表情のままで。

 櫻子といい、俺にとって本当にありがたい存在だった。


 俊介と望月さんの尽力により、桜を取り囲むように俺の汗タオルの輪が完成した。

 かなり大きい木なので、かなり大変な作業だったはずだ。

 最後にタオルの端と端が離れないように、望月さんに頼んで縫い付けてもらう。

 ……さて、準備は整った。

 櫻子の御付きに顔を向けて、口を開く。


「たぶん今から、この桜とタオルの間にものすごい数の虫が密集すると思います。望月さんには、その虫を殺していって欲しいんですけど。大丈夫ですか?」


「お任せください。わたしのほかにも貫地谷家の使用人が、この場を何人も見守っております。360度。すべての害虫を、殺しつくして見せましょう」

「お願いします」


 俺は桜の木に向き直ると、一度だけ大きく深呼吸をする。

 ……頼む。こいつにも、俺の体臭が有効であってくれ!!

 首筋を伝う汗を手ですくって、桜の木に向かってかける。


「出てこいやああああああああああ!! 糞虫どもがああああああああああああああああ!!」


 桜の周りを歩きながら、木に次々と汗を投げつける。

 一周し終わったころ、二号がつぶやいた。


「一号! そろそろ、タオルの外に出ろ!!」

「来るのか!?」

「ああ。なんか、もぞもぞとした音が近づいてきてる!」


 二号の言葉にダッシュでタオルの輪の内側から飛び出した瞬間、桜からいっせいに白い芋虫がうじゃうじゃと沸いてくる。


(ひぃいいいいいいいいいいいいいい!?)

「いやあああああああっ!? いくらあたしでも、これは無理!!」

「だ、だだだ大丈夫だよ美鈴。あのタオルからは、外に出れないみたいだから」


 さすがに普段強気な俺の幼馴染たちでも、この光景には身の毛がよだってしまったようだ。

 まあ、俺でも気持ち悪いって感情を抑えることはできないからな。

 女の子なら、いたしかたないってところだろ。


「……これが、桜を弱らせていた元凶なんですね」


 そんなJC、JK陣の中で、櫻子だけは顔を背けることもなくじっと見守っている。

 さすがはお嬢様といったところだろう。

 一般家庭の女の子とは、胆力が違うと感じた。


 この場にいるもう一人の女性、望月さんはものすごい勢いで貫刀小柄を投げ続けている。

 貫刀小柄とは、手裏剣の細長いバージョンだ。

 それを目にも止まらぬ速さで、どんどん溢れてくる幼虫めがけて投げつける。

 どうやら一投で四、五匹は殺しているようだ。

 それでも打ち漏らしたやつがタオルまで到達するが、汗バリアはクビアカツヤカミキリにも有効だったようだ。

 タオルの堤防を越える虫は、一匹も――


「一号! 上だ!!」

「――っ!?」


 枝先からジャンプした芋虫が、タオルの境界線を突破――


「……な、なにが起こった……?」

「かっけー!!」


 したかに見えたが、まばたきが終わったあとには、真っ二つになったそいつが地面に転がっていた。

 今のはたぶん、望月さんじゃない。

 弾道が、上のほうから走ってきた気がした。

 もしかしたら、望月さんが言ってた見守っているというほかの使用人かもしれない。

 

 そのあとはひたすら、貫地谷家使用人による殲滅戦が続いた。

 だんだんと虫の沸きかたの勢いが衰え、ついには穴から一匹も出てこなくなる。

 念入りに汗を桜に蒔きまくって、一時間ほど監視してからようやく終戦宣言を出した。


「大吾郎さん。これで桜を弱らせた原因は取り除けたはずです。あとはこの桜の生命力次第だと思います。こっからは、植物の専門家にお任せでいいですか?」


「ああ! あとは、貫地谷家の全力をもってこの桜を絶対に回復させる。こいつを救ってくれて、本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいか……」

「気にしないでください。俺は自分にできることをやっただけですから」


 老人の双眸が、じっと俺を見据える。

 パンツマスク越しなのに、直接なにもかもを見透かされているような感覚。

 きっとこの人に、半端な嘘は通用しない気がする。


「……おもしろい」

「――えっ?」

「がっはっは。おまえは、おもしろい男だ。今日からおまえも、櫻子の婿候補の一人とする!」

「えええええええええええええええええええええっ!?」


 こうして俺、橘純一ではなく、パンツマスク一号が貫地谷櫻子の婿候補となったのだった。



 

 とある、畳の一室。

 同年代とは比較にならない覇気をまとった老人が、椅子に座って一人報告書に目を通す。

 最後の一文を読み終えると、パサリと年代を感じさせるヒノキの机に投げ置く。


華夜かや

「――はっ!」


 老人が一言呼びかけると、ショートポニーにスーツ姿の美人が、いつの間にやらそこに忠誠を誓うような姿勢で控えていた。


「おまえから見て、あの少年はどうだ?」

「大旦那様の評されたとおり、おもしろい人物かと。人間性に関しては、なんら問題ありません。むしろ、好ましいと思います」


「……ほう。鉄仮面と呼ばれているおまえに、そこまで言わしめるとはの。しかも、この短期間でな」

「…………時間がたてば、評価を落とすこともありえます」


「がっはっは。自分の感情が揺れ動いていることを悟られるのは、そんなに嫌か? おまえが無意識下でどう思っているかなど、少年の前に片膝ついて現れた時点で隠しきれていないぞ?」

「――っ!?」


 老人のお見通しだと言わんばかりの言葉を受けて、スーツ美人の表情が微妙に変化する。

 つねに無表情を貫いている彼女にとって、それはとても珍しいことであった。


「まあ、よい。それよりも、この別荘に忍び込んだ不埒者についてだ。報告書によると、岳山のせがれが手引きしたとのことだな?」

「はっ。そのように、渡辺とスマホを使ってやり取りしておりました」


「まったく、あいつは。とんでもないことをしでかしたもんだ。あの少年がいなければ、桜を枯らすところだったぞ」

「澤井という男への監視を強化いたします」


「そうだな。たしかにこの別荘は、普段は本家などに比べて警備は手薄い。それでも、そう簡単に侵入できるような場所でもない。澤井という男への目を光らせておけば、そいつが依頼したという者にもいつか接触をはかるだろうからな。そいつは、間違いなく危険人物だ。わしらの命をも脅かす可能性がある。早めに潰さなければならない」


 大切な桜を危険にさらされたことを思い返したのか、机上で痛いくらいに握られたこぶしが震える。


「大旦那様。それ以上は、手を負傷してしまいます」

「ふん。まだまだ、わしはそこまで衰えてはおらんわ」


「失礼いたしました! それでは、わたしはこれで」

「ふむ。またしっかりとあの少年への監視任務にあたるのだ。いや、これからは護衛任務も追加かもしれんな。櫻子の婿候補になったことで、あいつも命を狙われる危険性が出てきたからの」


「おおせのままに」

「がっはっは。まあその感じだと、すでに護衛もしているつもりだったようだがな。しっかりと、任をまっとうせよ。もしも少年が櫻子の婿になるならば、おまえにも妾の可能性が出てくるからの」


「…………お戯れは、おやめください。では」


 次の瞬間には、もうその部屋に彼女の姿はなかった。

 その光景を見ている人がいたならば、忽然と消えたと証言したことだろう。


「……華夜が嬉しそうに表情を崩したことなんて、いったい何年ぶりだろうか」


 老人は優しい目で楽し気にそう呟くと、新たな報告書に目を通し始めるのだった。

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