俺の匂いは、キザなイケメンを引き寄せるくらいやばいんですか!?
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「こ、今度の日曜日。貫地谷家の別荘に、桜を見にいらっしゃいませんか!?」
会長に山下さんの件で呼び出されて、頭を抱えながら戻った視聴覚室。
沙雪と美鈴に針の筵にされていた俺に、お嬢様からかけられたお誘いは、そんなとても魅力的なものだった。
横山先輩が入ってくる直前に言いかけてたことは、このことだったらしい。
「花見かあ。今年行ってないし、絶対行くよ!」
「それって、あたしたちも行っていいの?」
「はい。もちろんです! 皆さんで来ていただけると、とても嬉しいです」
「桜……。わたしも、行きたいな」
「日曜かー。俺、秋葉に行こうかと思ってたんだよなー」
「そうですか。とても残念ですけど、中島様はいらっしゃれないんですね。では――」
「ちょ、ちょ、ちょい待って! そこは、もうちょっと粘るところでしょ!? なんか貫地谷さんの声、べつに残念そうに聞こえないし。行く、行きますよ! いえ、俺も連れてってください!」
ということで日曜日、俺が凛ちゃんにとんでもない弱みを握られた翌日、俺たちは貫地谷家の東北にある別荘に来ていた。
もう関東の桜はほとんどが葉桜になりかけているけれど、東北は今が満開の時期なのだ。
貫地谷さんは、朝から全員の家に大型リムジンで迎えに来てくれた。
みんなでカラオケに行ったときに乗った、あのリムジンだ。
快適な時間を過ごしながら、そのまま空港へ一直線。
そのまま貫地谷家の豪華な内装のプライベートジェットに乗って、あっという間に東北の地へ。
またリムジンに乗れば、いつの間にやらこの場所へ到着していた。
別荘といわれたら、避暑地に建つ一軒家を思い浮かべるけど、貫地谷家のそれは規格外だった。
とりあえず、敷地の広さはまったくわからない。
とにかく、広すぎるということだけがわかる。
そんな場所に、新宿御苑のような立派な庭園が広がる。
とくに桜は、言葉にならないほどの美しさだった。
一本一本がこれでもかと咲き誇っている。
まるで『俺を見ろ!』や、『わたしを見て!』と聞こえてきそうなほどに。
そんな主役級の桜が、永遠と視界の先まで続いているのだ。
わずかも大袈裟ではなく、本当にこんな桜並木は映像も含めて初めて見た。
幻想的で、思わず息を呑む風景。
風とともに舞う桜吹雪の中で微笑む美少女たちは、綺麗の一言では片づけられないほど魅力的に見えた。
「……純一君。どうかしましたか?」
「えっ? あ、いや。ほ、ほんとに綺麗な桜だなあって」
「純。綺麗だと思ってたのは、ほんとに桜のほうなのかなぁ?」
「な、なに言ってんだよ美鈴! あ、あははは……」
「まあ、もしも見惚れてた相手が桜じゃなくても、美鈴はないだろー。沙雪か貫地谷さんに――って、あっぶねえ!? その蹴りは、マジでシャレにならねえぞ!! 股間が潰れたら、どうしてくれんだ!?」
「俊、知ってる? 桜の樹の下って、死体が埋まってるらしいよ?」
「何回言っても改善されない俊介君なら、いたしかたのない結末かもしれないね」
「ひぃいいっ!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「ふふふふっ!」
そんな俺たちのいつもと変わらぬ光景を眺めていた貫地谷さんが、口に両手を当てて笑いをこぼす。
桜並木のもとで微笑む彼女は、とても絵になった。
「どうしたの、貫地谷さん?」
「ご、ごめんなさい。橘様。この場所に、みなさんと来られたことがまだ信じられなくて。それなのに、いつもの学校と同じやり取りをされているのが、どうしてもおかしく感じてしまって……」
「そんなにあたしたちがここにいることが、信じられないの?」
「はい。私の夢でしたから」
「夢、ですか?」
感慨深げな視線で桜を見上げるお嬢様を、沙雪が小首をかしげて見つめる。
綺麗な風景の中での美少女の競演って、本当にいいもんですねえ。
「はい。家など関係ない、本当のお友達とこの桜を見たかったんです。ずっと、ずっと……」
「……貫地谷さん。本当の友達って、俺も……?」
「当たり前じゃないですか! 橘様がいてくれてこその、私たちではないですか!」
「そ、そっか……」
俺が助っ人部に入ることを決めたのは、貫地谷さんと友達になるためだった。
幼馴染のおかげで、俺はずいぶんと救われてきた。
それでもやっぱり中学時代までには、辛かったり悲しかったりしたことも多かった。
そんな人生のせいで臆病になっていた俺の心の壁を、ぶち壊したいと願ったのだ。
彼女の表情を見ればわかる。
今度こそ確信できる。
今の発言は、名家の令嬢としての義務でも同情のたぐいでもない。
心からの、本心に間違いなかった。
「……よかったね。純一君」
「よかったなー純一!」
「あれぇ? 純、泣きそうになってない?」
「な、泣いてねえし! ……でも、みんなありがとうな」
本当は感極まって泣きそうになってたけど、男の意地でなんとかこらえて、笑顔を作って誤魔化す。
きっと今相応しいのは、涙じゃなくて笑顔だと思うから。
俺の小中学時代を知らないだろう貫地谷さんに、心配もかけたくないしね。
とにかく嬉しい。
俺はついに、幼馴染以外の友達を作れたんだ!
「でもさ、本当の友達ってわりにはあたしたちへの呼び方が固くない?」
「たしかにそうだね。わたしのことも、いつまでたっても朝霧様だし」
「そ、そうですね。じゃ、じゃあ、美鈴様? 沙雪様?」
「様もいらないって! せめて美鈴さんか、美鈴ちゃんにして?」
「……み、美鈴……さん」
「そうそう」
「わたしは?」
「さ、沙雪さん」
「うん!」
貫地谷さんは頬をピンクに染めて、照れくさそうにはにかんでいる。
もしかしたら、同級生をさんづけで呼ぶのは初めてなのかもしれない。
それにしても、沙雪も美鈴も精神的に安定しているようでよかった。
最近夜の時間をたくさん二人に割いているおかげで、俺たち幼馴染の関係は盤石だと信じられているのかも。
二人と貫地谷さんが仲良さそうにしてくれるのは、なんとなく嬉しい光景だった。
「じゃあ、あたしはなんて呼ぼうかな。櫻か櫻子。呼び捨てがダメなら、櫻子ちゃんかなあ」
「さ、櫻がいいです。海浜高校に来て、そういうものに憧れができました。ニックネーム、というんですよね?」
「わかった。じゃあ、櫻!」
「はい!」
「なら、わたしは、櫻ちゃん?」
「は、はい!」
嬉しそうに顔をほころばせている貫地谷さんが、ためらいがちに俺のほうに視線を移す。
「そ、その……純一さんとお呼びしても……?」
「もちろん! 俺も、櫻って呼べばいいかな?」
「い、いえ、……そ、その……」
「どうしたの?」
貫地谷さんはそれまで以上に真っ赤な顔で恥ずかしそうにしながら、なにやらものすごい勢いでモジモジとしている。
俺が不思議そうに見守っていると、目をつぶり胸に手お置いて三度深呼吸。
ゆっくりと息を吐き終えると、なにかを決心したかのような双眸を見開いた。
「じゅ、純一さんは、……さ、櫻子と呼んでいただけないでしょうか?」
「え? ニックネームじゃなくていいの?」
「い、いえ、その……。ニックネームも憧れてたんですけれど、沙雪さんや美鈴さんみたいに名前で呼ばれているのも、……いいなあと思っていまして。……駄目、でしょうか?」
少し潤ませた目で、懇願するように俺を見つめるお嬢様。
はっきり言って、超可愛いです。
心臓が、ドキリと高鳴るのを抑えられない。
そんな美しい瞳でお願いされたら、断れる男子なんていないんじゃないかな?
「も、もちろんいいよ! えっと、……櫻子?」
「はい! 純一さん!」
その瞬間の彼女の表情は、幸せそうな女の子を体現したかのようだった。
その美しい笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになれてしまう。
そんなに男子に呼び捨てされることが、嬉しかったんだなあ。
「じゃあ俺も。櫻子!」
「あ、ありがとうございます。……俊介さん、でよろしいでしょうか?」
「おう! まあ、俊介様ってのもなんとなくそそられるけどなー」
「…………俊介君?」
「ひっ、ひぃい!? 調子乗りました!!」
……あれ、今度はそんな感じでもない?
やっぱり二度目は、一度目に比べると幸福感も減ってしまうのかなあ。
それにしては、一度目との差が激しすぎる気もするけれど。
それに、なんか沙雪と美鈴の様子もちょっとおかしい気がする。
なんとなく落ち着かない感じというか……。
この短時間で、いったいなにがあったんだろうか?
そのあとはガラリと変わった呼び方に、互いに照れ臭さを感じながらも談笑し歩を進める。
櫻子はその後も俺に呼ばれたときだけ、とても幸福そうに微笑む。
どうやら何度目かの問題じゃなくて、俊介に名前で呼ばれても心に響かないようだ。
もしかしたらこの二週間という短い時間で、俊介の変態発言の数々に少し壁を作ってしまったのかもしれない。
なんてったって、彼女は超級のお嬢様みたいだしね。
俊介みたいな男が近くにいることは、きっと初めての経験だろうしな。
櫻子。俊介はたしかにお調子者だし変態だけど、とてもいいやつなんだ。
きっと櫻子にも、いつかわかってもらえると思う。
やっぱり俺の大好きな幼馴染の良さを、新しくできた友達にもわかってもらいたいもんな。
だから俊介、俺もいろいろ考えるから一緒に頑張っていこうな!
……まあ、俊介は櫻子の表情の差異にまったく気づいてないみたいだけどさ。
俺が密かに『助っ人部全員仲良し化計画』を心に誓っていると、視界に立派な建物が入ってきた。
近づけば近づくほど、その壮大さがあきらかになってくる。
木造建築らしいその建物は、テレビで見たことのある高級旅館のような外観をしていた。
名だたる文豪が執筆活動をしていたと紹介されるような、ああいう歴史を感じさせる荘厳なものだった。
重厚感のある観音開きの扉の前では、スーツを着ている使用人と思われる人が出迎えてくれる。
櫻子に挨拶を済ませると、二人で左右の扉を同時に開く。
ゆっくりと開かれた扉の先で待っていたのは、動きやすそうな和服に身を包んだ女性たちの姿だった。
ぱっと眺めたところ綺麗なお姉さんばかりで、玄関を華やかに彩っている。
俊介は、すでに興奮を抑えきれないといった感じだ。
そんな女性たちの中で、一人だけ違う高価そうな着物を着こなした女性がこちらに近づいてくる。
年齢も彼女たちの中では、一番重ねているようだった。
それでも、美人であることは間違いない。
「櫻子お嬢さま。おひさしぶりでございます」
「涼子さん。お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
涼子さんと呼ばれたその女性は、櫻子の前で丁寧に頭を下げる。
櫻子の態度からしても、今まで何度も会っているんだろうなと感じさせた。
「櫻子お嬢様のご学友の皆様も、遠路はるばるご苦労様でございました。ここの責任者を任されております、向井涼子ともうします。どうぞ、よろしくお願いいたします」
俺たちにも頭を下げる涼子さん。
ただの高校生なのにそこまでしてもらうと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
だから俺も、これでもかと頭を下げた。
幼馴染のみんなも、俺にならうように頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。それでは、こちらにどうぞ。靴はこちらでしまいますので、脱いだままにしていただいてかまいません」
涼子さんのあとに続いて木の廊下を歩いていくと、いぐさの落ち着く香りが俺たちを迎えてくれる。
広々とした和室には、高級そうな木の机が置かれている。床の間には時間を感じさせる掛け軸や、フリではなく絶対に触るなと主張している壺が――
「おっ!? なんか、高そうな壺はっけーん!!」
「しゅ、俊介!? おまえその壺割ったら、地下労働で一生を終えることになるぞ!!」
「橘様。心配せずとも、大丈夫です。あの壺なら、三十過ぎには解放されますから」
「年数がリアル!?」
「冗談でございますよ」
くすくすと笑う、涼子さん。
ど、どこまでが冗談なのかがわかりづらい……。
それにしても、俊介の全力で地雷に頭から突撃する癖はどうにかならんのか!?
絶対にこいつ、このままだといつかえらい目にあうぞ。
俊介の未来の奥さん。どうかお願いです。こいつからは、片時も目を離さないでください。
「それでは、お茶をお持ちいたします。ごゆっくりと、おくつろぎくださいませ」
涼子さんはそう言い残して、ふすまを閉めた。
彼女は最後までプロだった。
俺に気を使ってくれたのか、はたまた身体的特徴による差別を禁止している家訓のためか。
ここにいる使用人の人たちは、全員鼻栓をつけていない。
でもやはりというか、鼻や眉の端をひくひくさせることは我慢できていなかった。
もちろんそれに対して俺は不満などはなく、むしろ申し訳ないくらいだ。
そんな中、涼子さんだけはまったくそういうところも出さなかった。
俺に一番接近したのは彼女であるにもかかわらず、完璧に普通に対応してくれたのである。
正直嬉しかったし、それ以上に感嘆を覚えずにはいられなかった。
「やっぱ畳は気持ちいいよなあ。それに俺んちの安物とは、なんか手触りとか全然違うぜ!」
俺たちだけになった途端、俊介が畳にダイブ。
ゴロゴロと転がりながら、はしゃいでいる。
「俊、お行儀悪すぎ。……でも、この畳が気持ちいいのは同感」
「たしかに、なんか心が安らぐ感じだよ。純一君も一緒に座ろ?」
「そうだね。せっかくだし、ゆっくりさせてもらおう」
「わ、私もご一緒いたします」
せっかくの広い和室なのに、ほとんど固まっている助っ人部。
窓の外の風景を眺めながら、緑の匂いを乗せた爽やかな風を感じると、なんだか時間が止まった気さえしてくる。
高校入学早々いろいろありすぎて疲れた心が、癒されていくのを感じた。
「すげえ気持ちいいけど、あれだな。こっからは、あんまり桜が見えないのが残念だな」
そんなことを、ポツリと俊介がこぼす。
たしかにこの部屋からは、少し遠くに歩いてきた桜並木が見えるくらいだ。
というか建物の位置的に、どの部屋でも目の前で見えるような桜はなさそうだった。
「少し休んだらまた外に行けばいいじゃない。櫻、さっきの桜並木以外にも、どっかに桜の木ってあるの?」
「そうですね。……ありますけど、あの桜並木以上の風景は…………そうですわ!」
別荘内の風景の記憶でも辿ってたんだろうか。
櫻子は少し思案していたけど、なにかを思い出したかのように立ち上がった。
「櫻ちゃん。どうかした?」
「この別荘で、一番立派な桜があるんです。本当は家のもの以外にはあまり見せないんですけれど、みなさんには特別にお見せいたします!」
笑顔をはじけさせる櫻子の案内で、長い廊下を歩いていく。
渡り廊下のようなものを抜けて、別館のような建物に入ると、それが視界に飛び込んできた。
「――――すごい」
俺はそう呟くのがやっとだった。
ほかのみんなも、その圧倒的な存在感にただ目を奪われるのみだった。
別館の中庭で咲き誇っていた桜は、それまで見てきたものと格が違った。
幹も枝もものすごい太さで、花の色もものすごく濃い。
先ほどの桜並木を主役級とするならば、今目の前にある桜はまさににスターだ。
こんな桜、きっと二度とお目にかかれない。
……あれ? でも、なんとなくこの木……。
「……元気がない?」
「……純一さん?」
俺の口から漏れたその言葉に、櫻子は心配そうな顔を向ける。
沙雪たちも、桜から俺に視線を移した。
「純一君。どうかしたの?」
「いや、なんとなくなんだけど、少し弱ってるように見えるというか……」
「そうかあ? めっちゃ元気に咲いてるじゃん」
「たしかに滅茶苦茶綺麗なんだけど、……なんとなく」
(ご主人様の、言うとおりだよ)
(希? わかるのか?)
俺が桜を胡乱げに眺めていると、少し寂しそうな声音の幽霊が話しかけてくる。
(希、なんとなく生気とかそういうのが見えるの。あの桜、弱ってるのは間違いないよ)
(やっぱりそうか。サンキュ、希)
俺はガラス戸を開けて、そこにあった外履きのスリッパに足を通す。
「純一さん!?」
「ちょっと、見てみてもいいか――」
「少年。その桜に近づくことは許さん」
威圧感のある重低音の声が響き、目を向けるとそこには老人が立っている。
俺のおじいちゃんと同じくらいの年齢と思うけど、その存在感はまったくの別物だ。
威風堂々とした彼からあふれ出るプレッシャーは、計り知れないものを感じる。
「……まったく、立場も場所もわきまえない。これだから、庶民は嫌なんだよ」
そんな老人の後ろから現れたのは、高級そうなスーツを着ている嫌味ったらしいイケメンの姿だった。
そんな彼からは、残念だけどモブキャラの匂いしか感じなかった。




