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俺の匂いは、あいつらを追い出せるくらいにやばいんですか!?

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本当にありがとうございます!

 今日は土曜日。

 山下さんに彼氏のふりをしてほしいと頼まれた日から、すでに五日が経過した。

 『すでに五日が経過した』なんて一言で済ませるのは、俺が許せないくらいに濃い日々だったんだけどね。


 あの日視聴覚室に戻って事情を説明したところ、沙雪様だけでなく美鈴様までご降臨された。

 そのせいでその日の夜から、俺のプライベート時間は沙雪と美鈴のご機嫌回復のため――ひいては、1-7のクラスメイトの平和のために使われることになった。

 いったい合計何回頭をなでて、何時間抱きしめたのかも覚えてない。

 それだけじゃなくゲームに付き合わされたり、占いで二人の満足する結果が出るまで軟禁されたりするもんだからたまったもんじゃない。

 二人が帰ったら帰ったで、今度は希と遊ぶ時間となる。

 はっきり言って、今週はかなりの寝不足だ。


 そんな俺の努力のおかげか、1-7には比較的穏やかな時間が流れた。

 ご機嫌な山下さんだったり、やたらと顔を近づける美樹なんかにシャーペンが折れることはあったけど、田中君もオムツ男子の仲間入りしたこともあって、大惨事はあれ以来起きていない。


 ほかに特筆することといったら、月曜の夜になぜか沙雪と美鈴に新しいリュックをプレゼントされたことかな。

 ずっと使っているのは青色で明るい感じなんだけど、渡されたのは迷彩色で暗いデザインだった。

 登校するときは今まで使ってたやつでいいけど、外で遊ぶときはその迷彩色のを背負えとのこと。

 月曜は美樹のことに山下さんのことまで重なっていたこともあり、俺はただただその命令に従うしかなかった。


 まあ、そんなつらい一週間だったけど、貫地谷さんのおかげでものすごい楽しみな予定もできた。

 その予定を目一杯楽しむためにも、今日という日を乗り切らなくちゃいけない。


 というわけで、今週最難関の壁に俺は挑もうとしている。

 俺が山下さんの彼氏であると、彼女の両親を騙すという壁に。


 山下さんの家は、彼女を悪漢から助けた場所からそう離れていない場所にあった。

 ごくごく、普通の一軒家。

 緊張気味におそるおそるチャイムを鳴らすと、恍惚とした笑顔で委員長が出迎えてくれた。

 そんな彼女に案内されたダイニングには、すでに家族が勢ぞろいでテーブルに座っていた。

 あきらかに不機嫌な様子で、腕組みをしているお父さん。

 その左隣には、興味津々な視線を俺に向けるお母さん。

 二人のサイド側にちょこんと座って、背中を向けたまま笑顔だけこちらに向ける小学校高学年くらいの妹さん。


「は、初めまして。橘純一です!」

「ふふっ。ご丁寧にどうも」


 椅子に座る前に迷彩色のリュックをおろし、頭を下げて挨拶。

 お母さんは笑顔を見せてくれたが、お父さんはむすっとしたままだ。

 お母さんに「どうぞ」と勧められた席は、テーブルを挟んでお父さんと向かい合う場所だった。

 山下さんは、俺の左隣に腰をおろす。 

 

 なぜ俺が今日彼氏のふりをしなければいけないかというと、山下さんがついてしまった嘘による。

 俺の濃い体臭を吸ってしまった彼女は、予想どおり家でも禁断症状を我慢したり、「えへ、えへ」声を漏らしてしまっているらしい。

 そんな以前と比べて変貌しすぎた娘を心配したご両親は、ついには先週末に家族会議を開いた。

 腰を据えて事情を聴いてくる両親に、耐えられなくなった山下さんはつい言ってしまった。

 

 初めてできた彼氏のことを思い出して、変な笑いが出てしまっていると。

 

 大事な娘に彼氏ができたとあって父親は大激怒。母親は大興奮。

 どんなやつか一度家に連れてこいという話になってしまい、委員長は断れなかったということだ。


「え、えひぃっと。……わたしからも、紹介するね。お、お付き合いしてる、橘純一君です」

「……ど、どうも。山下さんと、お付き合いさせていただいてます」

「彩の母です」

「妹のりんだよ! よろしくね」

「………………………………………………………………父だ」


 重低音で、ぼそりと呟くお父さん。

 お母さんと妹ちゃんはそこそこ歓迎してくれてるみたいだけど、やっぱりお父さんは違うみたいだ。

 これまでの人生で、味わったことのない空気。

 まあ彼女なんてできたことないし、当然っちゃ当然なんだけど。


「お父さん! 連れてこいって言ったから、無理して来てもらっへぇるのに。そんな態度――」

「はい、はい。お客さんの前で、喧嘩なんかしない。わたし、お茶の用意してきますね」


 お父さんに食ってかかる山下さんをなだめて、お母さんは席を立った。

 この空気感の中、味方が一人減るのはきついんですけどぉ。


「ねえ、ねえ。お姉ちゃんの彼氏さん――純一お兄ちゃんって呼んでいい?」

「う、うん。どうぞ、お好きに呼んでください。ええっと、凛ちゃんでいいかな?」


 そんなギスギスとしたダイニングに、吹き抜ける天使の声音。

 凛ちゃんは、はにかみながら明るい声で、この荒野を柔らかな空気でつつんでくれた。

 ああぁ。妹がいるせいもあってか、どうもこのくらいの女の子は可愛く感じてしまう。

 そういえば彼女は、ご両親と違って鼻栓をつけていない。

 大丈夫かなと思いつつ、自分も子供のころは臭いというものに対して興味本位で鼻をよく近づけていたことを思い出す。

 小学生くらいのときって、そういうものなのかもしれない。

 ……そんな子供の時から、クラスメイトに敬遠され始めた俺の匂いってどうなってんだよ。


「うん。それでいいよ! あのね。もうお姉ちゃんとセックスしたの?」

「ぶふぉっ!?」

「り、凛!? な、なに聞いへるの!?」

「き、貴様。まさか、もう彩を……」

「し、してません! してませんから!!」

「えー、してないの? つまんなーい」


 予想だにしない質問をぶつけられて、鼻水が噴き出しちゃったよ。

 全然身に覚えのない疑いで、お父さんに殺意すら感じる睨まれかたされちゃうし。

 まったく、こんな可愛らしい小学生女児に、そんな言葉を教えたやつは誰だ!?

 このパンツレスラー一号が、ロリには一生欲情できない体にしてやる。


「……り、凛ちゃん。そんな言葉、いったい誰に教わったのかな?」

「子供の作り方は学校で習ったけど、セックスって言葉は漫画だよ。凛の読んでる漫画、だいたい付き合い始めたらすぐセックスしてるよ?」

「ま、漫画と現実は違うからね。俺たちは、まだまだ先かな。うん」

「そうなんだー。どんな感じか、教えてほしかったのに」

「ほ、本当だろうな。……まだ、彩と合体はしてないんだな!?」

「だから、してませんて!」

「お父さん、さいっへい!!」


 ……なんか少女漫画は過激とか、どっかで聞いた気もするけどここまでとは。

 でも、お兄さんは理解できました。

 つまりは少女漫画家を、老婆漫画家に変えてしまえばいいということだな。

 ふふふ、全国の少女漫画家諸君。鼻を洗って待ってなさい。


「ぎゃああああああああああああっ!?」

「「「「!?」」」」


 凛ちゃんの爆弾発言でこれ以上なく気まずくなった場だったけど、それを切り裂くただ事とは思えない悲鳴。

 まず間違いなく、お茶の用意をしているお母さんのものだろう。

 俺たちは全員席を立つと、どたどたと台所へ急ぐ。


早苗さなえぇ!! 大丈夫か!?」

「あ、ああ、あなた……」


 そこには、腰を抜かした様子のお母さんがへたへたとへたり込んでいた。

 顔は青ざめ、恐ろしいものでも見たかのように震えている。

 でもどうやら、怪我などはしていないようだ。


「いったい、どうした!?」

「い、今、勝手口をあけたらね……。そ、その。ご……ゴキブリとかコバエとかの大群が、いっせいに外へ……」

「……ご、ゴキ……だと?」

「大量のG……。凛、想像しただけで眩暈めまいしそう」

「……でもなんへぇ、急にそんなゴキブリが……」

「……ああ。なるほど」

「橘君。なにか、心あへぇり……心当たりがあるの?」


 俺が思わせぶりなことを呟いたので、山下家の視線がいっせいに注がれる。

 いや、いっせいだと語弊があるな。

 なぜかお父さんだけは、まったくこちらを向く気配がない。

 ……まだ俺と山下さんのセックスを疑って、怒ってるんだろうか?


「えっと、たぶんなんですけど。うち、俺の体臭が酷くなり始めてから、まったく害虫見ないんです。ゴキブリはもちろん、蚊やハエなんかも。たぶん、俺の匂いを嫌がって近づかないんじゃないかと」


「すごーい! それって純一お兄ちゃんが家にいたら、ゴキブリとかもいなくなるってこと?」


「た、たぶんね。俺がいれば卵とか残ってても、かえった瞬間に逃げ出すんじゃないかと」


「た、橘君、すごいれふぅ」

「……つまり橘君は、あの吊るして外から害虫の侵入を防ぐやつみたいな機能を持ってると……?」


「そうなんだと思います。ついでに、外に追い出す機能も――」

「彩!! 今すぐ結婚しなさい」


「ひゃうっ!?」

「な、なに言ってんですか!? 俺たち、まだ付き合って一週間くらいですよ!?」


 山下さんを助けた日――つまり彼女が奇声を漏らすようになった日に、付き合い始めたという設定なので、そういうことになる。

 というか付き合い始めたのが一年前だろうと、すぐに結婚とか無理である。なぜなら――


「だいたい、俺まだ高一ですよ!? 結婚は法律で禁止されてますから!」

「……そういえばそうね。……よし! 既成事実だけでも作っちゃいなさい。今からお布団敷いてあげる」

「き、きぁへぃ事実!?」

「な、なに言ってんですか!? するわけないでしょ!!」

「なんなら、凛もつけるわよ! 美少女処女姉妹丼よ!? そそるでしょ!?」

「あんた、小学生の娘になにさせようとしてんだよ!?」

「でも凛。もう初潮は来てるよ?」

「そんな情報…………い、いらんぞ! ほ、ホントだぞ!!」


「ええい。わかった! わたしも一緒でいいわよ!? 親子姉妹丼なんて、ウニいくらトロが乗った海鮮丼に匹敵する贅沢ぶりでしょう。さあ、セックス開戦丼といきましょうか」


「上手いこと言ったつもりか!? あんた、マジで滅茶苦茶だな!?」

(希も一緒でいいですよ?)

(わけわからんタイミングで乱入すんな!? 俺の頭をカオスにする気か!?)


 な、なんなんだこの家族は。

 わりかしまともな人たちと思ってたのに、ゴキブリ騒動からおかしくなってしまった。

 もしかして俺は、気づかぬうちに並行世界にでも迷い込んだのだろうか?

 ……てか、そうだ!


「や、山下さんのお父さん! なに、いつまで黙ってるんですか!? あなたの奥さん、とんでもないこと言ってますよ!!」

「話しかけても、無駄よ。この人、白目向いて気絶してるから」

「……は?」

「純一お兄ちゃん。うちのお父さん、ゴキブリが大の苦手なの。大量のGなんて話聞いたから、精神が耐えられなくなったんだと思う」


 ……嘘だろ?

 さっき俺のほう向かなかったのは、向きたくなかったんじゃなくて気絶してて向けなかったってこと?

 あんなに、怖そうな頑固親父みたいな雰囲気出してたのに!?


「情けないでしょ? うちの家族はみんな虫嫌いだけど、この人が圧倒的に苦手なの。とくにゴキブリ」


「だから橘君は、山下家にとって救世主だよ。……わたし個人あへぇ……だけじゃなく、家族にとっても」


「正直匂いは臭いけど、顔は悪くないし。なにより虫を追い払ってくれるのは、凛的にポイント高いよー」


「さっ! 山下家の幸せで平和な暮らしのために、なんとしても橘君と一線超えるわよ!」


「だから、超えませんって!!」


 こうして俺の今日のミッションは、『山下さんの彼氏として振る舞い、両親を騙す』から『なんとかして、山下家から貞操を守り抜いて脱出する』に変更されたのだった。 

読んでいただきありがとうございました


少しでも楽しんでいただけてたら嬉しいです


長くなりそうになったので、山下家編は二分割にします


次回もよろしくお願いします!

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