俺の匂いは、灰皿で襲われるほど酷いんですか!?
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「――っ!? 純一! どっかで、争ってる声が聞こえる! たぶん、女の子もいる!!」
緊迫感のある俊介の叫びを耳にして、反射的にリュックを持って個室から飛び出す――
「純一君、待って!!」
そんな俺を呼び止めたのは、隣に住む可愛い幼馴染だった。
「さ、沙雪!? どうしたの? なにか、気になることで――」
「はい、マスク! ちゃんとつけてよ!?」
「俊もだよ!!」
「「あっ、はい」」
幼馴染からパンツマスクを受け取った俺たちは、素早く装着して貫地谷さんたちの声援を背に外へ。
エレベーターへ向かいながら、頼りになる相棒に心で話しかける。
(希。四階の部屋を全部確認してこい!)
(わかりました! でも、三階はいいんですか?)
(三階でなにか起きてたら、俊介よりも先に望月さんが異変に気づいてると思う。だから、四階のはずだ!)
(了解しました、ご主人様!)
希が離れる気配を感じながら、俊介に顔を向ける。
「たぶん現場は四階だけど、念のため三階の部屋を確認してくれ!」
「わかった! 店員は呼ぶか?」
「……いや、もしも女の子が襲われてるなら、店員がグルの可能性もある。めんどいことになるかもしれないし、やめておこう」
「おっしゃ、OK!」
「頼んだぞ。俺は先に上行ってる」
俊介と別れ、走るパンツレスラーを見て狼狽するカウンターの男を無視し、エレベーターの上行きのボタンを連打。
焦りに自然と足踏みしながら待っていると――
「橘様!」
「うおいっ!?」
望月さんが、いつの間にか俺のすぐ横に立っている。
……ほんと、もうちょっと考えて出てきてよ。
というか、このマスクをかぶった俺を本名で呼ばないで!?
「これを、お持ちください」
「……これは?」
彼女から手渡されたのは、真っ赤に染まった野菜のようなもの。
もしかして、これは――
「――唐辛子?」
「そのとおりです。世界でもかなり辛いほうに入る、ブート・ジョロキアという唐辛子です」
「えっと、なんでこれを?」
「素早く、大量に汗をかく必要性があるかもしれません。スクワットなど、している暇がないかも」
「……な、なるほど」
たしかに、言われてみればそうだ。
行った先が、どんな状態になってるかわからない。
俺はブート・ジョロキアを、ズボンのポケットに押し込む。
「わかったよ。ありがたく、もらっておくね。ちなみに、望月さんは加勢してくれないんだよね」
「……歯がゆい思いですが、ご主人様より、お嬢様を守る時以外の戦闘行為を固く禁じられております」
「そっか。残念」
「ですが、それ以外のことはすべてお任せください」
「……それ以外?」
「はい」
つまりは山下さんの時みたいに、警察への連絡とかは全部うまいことやってくれるってことかな。
てことは、正当防衛を証明するための録画とかもいらないってことか。
正直、とても助かる。
誰かを助けることだけに、集中すればいいってことだ。
「わかったよ。頼りにしてます。あと、貫地谷さんたちをお願いね。部屋に、女の子だけで残しちゃってるから」
「あちらには、もう一人が付いていますので心配ありません」
「……もう一人?」
そういえば、貫地谷さん言ってたっけ。
御付きは二人だって。
(ご主人様! 現場は418号室。四階の一番奥です!)
(でかした、希!!)
ちょうどその時、ようやくエレベーターが到着する。
俺は、ドアが開いた瞬間に飛び込む。
望月さんに『やはり現場は四階だった』と、俊介に伝えてくれと頼もうかと思ったけどやめておく。
そういう細い糸から、希の存在に繋がる可能性があるからだ。
特に望月さんは、洞察力も鋭そうだしね。
四階のボタンを押して、流れるように閉じるボタンを叩く。
「……ご武運を!」
閉まる扉の隙間から、頭を下げる望月さんの姿が見えた。
(希、状況は?)
(男が三人。女の子が三人。女の子の一人が、リーダーっぽい男に襲われてる)
(ほかの四人は?)
(全員共犯みたい。女は笑って眺めてるし、男はカメラとか用意してる)
(くっそ!!)
(今にも、レイプされちゃいそう!)
早く! 早く! 早く!! 早く着いてくれ!!
たった一階上がるだけなのに、とても長い時間に感じた。
きっと飛び込んだら、即戦闘になる。
俺は覚悟を決めて、唐辛子をポケットから出し、マスクを少しずらしてかじりつく。
舌が痺れて、喉が焼けるように感じたけど、汗は一気に噴き出してきた。
左手で唐辛子を持ちながら、右手でポロシャツのボタンを外していく。
激辛の唐辛子を全部口に放り込んだころ、ようやく到着を告げるチャイムが鳴って扉が開く。
全力ダッシュで418号室へ。
ドリンクサーバー前や通路に、ほかの客が見当たらない。
もしもこれが偶然でなく、三階にほとんどの客が集められてる結果だとしたら。
やはりというか、店員も怪しいことになる。
まあ、いい。
最初はほかの客引き連れてって、騒動自体を止めればいいかもと思ったりもしたけどやめだ。
婦女暴行しようとするようなやつら、ただじゃ帰さねえ。
――ちょっと、反省してもらおうか。
(ちなみに襲われそうになってるの、たぶんご主人様のクラスメイトだよ)
(まさか、また山下さんか!?)
(んーん。それって、クラス委員長のことだよね? 今ここにいるのは、ギャルの子)
ギャルって、……米倉さんか!?
(――あっ!? もう駄目! キスされそうになってる!!)
(今、着くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
扉を思いきり開け放って、目の前にある邪魔な背中を蹴り倒す。
「米倉さんから、さっさと離れろおおお!! この糞変態どもがああああ!!」
「なんだ、てめーは!? 変態とか、てめーにだけは言われたくねえよ!! パンツかぶってるだけじゃなくて、なんか超くせえしよ! このド変態が!!」
「こっちは、好きでこんな格好してねえんだよ!!」
いいか? こちとら、べつにファッションでこんな姿してるわけじゃないんだよ!
このマスクかぶらないと、沙雪様だけでなく、美鈴様までご降臨あそばされるんだよ!!
わかったなら、黙ってろ! このドあほうが!!
俺はリュックを投げ捨て、ポロシャツを脱ぎながら状況を確認する。
俺のことを変態呼ばわりしやがったやつが、米倉さんに覆いかぶさっている。
あとは俺が蹴り倒した少し図体のでかいやつと、ギャル男っぽいやつ。
男は、全部で三人。
希の報告どおりだ。
ギャル男と俺が蹴り倒した男がアイコンタクトをしている。
それを見逃さずに、俺はあふれ出る額の汗を右手でたっぷりと拭う。
ギャル男たちが二人同時に飛びかかってくると、俺は右手をそいつらに向けて振りぬく。
「ヴォエエエェっ!? なんだ、ごりゃぁあ」
「ぐっせ!? 目もいでぇえええ!? げぇえっ!!」
大量にばら撒かれた産地直送、鮮度抜群な汗が、やつらの顔に飛び散る。
目に入ったり、鼻の付近や口についたことにより、顔を覆いながらその場で苦悶する。
俺はその隙に、まずは図体のでかいやつの頭を、汗をたっぷり染み込ませたポロシャツでかぶせる。
「ヴァッ!? ヴ―、ヴ―ッ!?」
いつものように袖で取れないようしっかりと縛ると、ものの数秒で膝から崩れ落ちて痙攣する。
(ご主人様! 危ない!!)
「――っ!?」
「沈んどけやあああああああああああああ!!」
次はギャル男のほうにとどめを刺そうかと思った矢先、希の絶叫で振り返る。
そこにはさっきまで米倉さんに覆いかぶさっていた男が、陶器の硬そうな灰皿を持って飛びかかってきていた。
思いきり殴られたら、ただの怪我ではすみそうもない。
やつはすごい形相で、すぐそこまで迫っていた。
……でも、俺は慌てない。
やつはもう、俺のテリトリーに侵入しているからだ!!
俺に近づきすぎた男は、急激にふらふらになっていく。
冷静に灰皿男の足を引っかけて倒すと、脇の汗を大量に拭ってそいつの顔に塗りたくる。
「げええええええぇええッ!? ぐっぜぇ!! ぐっぜええええええええええっ!?」
「知ってたか? 脇から出る汗って、タンパク質や脂質を含むんだってさ。だからさ、ほかの汗よりも匂うらしいよ?」
「ヴぉえええええええ」
俺は苦しむ脇汗顔面塗りたくり男の姿を横目に肌着を脱いで、いまだ顔についた俺の汗に苦しむギャル男の頭を包み込む。
やつは嘔吐するような不快な音とともに、その場で卒倒した。
「純――じゃなくて、パンツレスラー一号! どうなった!?」
三階の確認を終えたのだろう。
俊介が418号室に飛びこんでくる。
……にしてもなんだよ、その酷すぎる名前はよ。
てか、まあそれは、このさいどうでもいい。
本当はどうでもよくないけど、どうでもいいことにしてやる。
どうせ酷い姿だから、名前がいくら酷くてもそこまで変わらんだろうしな。
んなことより、俊介おまえ!! 米倉さんの前で、本名呼びかけてただろ!?
それでなくてもこの体臭のせいで、ほとんどのクラスメイトから厄介者扱いされてんだぞ!!
そのうえこんなJKパンツマスクかぶってるなんて知られたら、マジで高校生活終わるからな!!
頼むから、気をつけてくれよ!?
「ど、どうした純い――じゃなくて、パンツレスラー純号!? 具合でも悪いのか!?」
「わざとか、貴様!?」
俊介の野郎、マスクの内側で大爆笑してんじゃねえだろうな?
こいつの質が悪いのは、マジでド天然の時もそこそこあることだ。
だから本気で怒れねえ。
「……パンツレスラー二号。今から、こいつらのリーダー格に天誅を食らわせるところだよ」
「あ、あんたら二人ともパンツかぶって、なにがしたいの!? 亮介をどうするつもり!?」
その時、共犯者の女のうちの一人が怒鳴る。
それまでずっと部屋の奥隅で二人身を寄せ合って、俺のことを変質者でも見るかのように怯えていたくせにな。
よほど、こいつのことが大事なのか。
でも、こいつは罪を反省しなきゃならない。
……あと、パンツの件は放っとけ。
俺たちだって、不本意なんだよ!
「……べつに、傷つけたりするわけじゃない。安心しな」
「ほ、ホント!?」
「ちょっとした、罰ゲームみたいなもんだ」
罰ゲームとして、たぶん相当長い年月EDになってもらいまーす。
俺は靴を脱ぎ捨てると、続けて両足の靴下も脱ぐ。
その靴下を縛ってつなげて、すでに脇の下の汗で朦朧となってる灰皿男に咥えさせる。
さるぐつわのように。
「ヴぅっ!? ヴーっ! ヴーっ! ヴーーーーっ!!」
「亮介!?」
「さっき脇の汗は匂うって言ったけどさ、やっぱり一番臭いのは足のことが多いらしいよ?」
「ヴーっ……ヴーー……」
「ぶっちゃけ俺も靴下を使ったのは初めてなんで、どんな状態になるかはわからないんだけどね」
「ヴっ…………」
「それは目を覚ましてからのお楽しみってことで」
「…………………」
「まあ、せいぜい反省してくれ」
「む、むごい……。むごすぎる…………」
(あぁ。いったい、どんな匂いがするんでしょうか。いつか一つ願いが叶うなら、希はご主人様の足の汗を堪能したい。ご主人様、その時はお願いしますね)
俺がピクリとも動かなくなった男を冷たい視線で見下ろすと、俊介――パンツレスラー二号と希は、互いに違う気持ちを込めてごくりとつばを飲み込んだ。
……というか希、おまえの願いはそんなことで使ってしまっていいのか?
「りょ、亮介――」
「動くな!!」
「ひぃっ!!」
なにいっちょまえに、怖がってくれてるんだよ!?
おまえに、誰かを怖がる権利なんてないんだよ!
おまえの視界には、入らないのか?
目の前で体を縮こませてる、今のおまえとは比較にならない恐怖を感じてしまった女の子のことが見えないのか!?
おまえも、その子を怖がらせた一人なんだぞ!!
俺にはずっと見えてたぞ。
俺が部屋に入っていく時の、助けてもらえると安心した表情。
そんな俺の残念なこの姿を見て、困惑した表情。
でもやっぱり俺が味方だと確信してホッとしたのか、直前までの恐怖を思い返して泣きそうな顔で震える体。
そのあとはもう、ずっと震え続けている。
そんな彼女の様子が、俺の視界にずっと飛び込み続けてたんだ。
俺はリュックからタオルを取り出すと、全身の汗を拭う。
パンツレスラー二号には、そのあいだ制汗スプレーを両手で持って噴射し続けてもらう。
「……米倉さん。大丈夫……なわけないよね。俺たちは、どうすればいい? 一人になりたいなら、あいつらも引きずり出すし、誰かといたいなら、クラスメイトを呼んで――」
「ここにいて! ……ここにいてよ。お願い」
「……わかった」
俺はリュックから新品のワイシャツを取り出すと、彼女の肩にかける。
ほとんど意味ないだろうけど、少しでも落ち着いてくれればという願いを込めた。
「……ありがと。た――パンツレスラー一号」
「……う、うん……?」
……な、なんか言い直されたような?
いやそれよりも気にすべきは、パンツレスラーで俊介以外からも呼ばれたことだろ!
まさか、この名前地域に浸透してったりしないよね……。
米倉さんが震える手を出して、そっと俺の手を握る。
女の子らしい、可愛くてすべすべな手。
爪にはネイルが施されていて、キラキラしている。
彼女に目で懇願されて、その強く握ったら壊れてしまいそうな手を、優しく握り返す。
不思議と、彼女の体の震えが治まっていった。
米倉さんは瞳を閉じて、二回、三回と心を落ち着かせるように深呼吸する。
双眸を開いて、共犯者である女二人を睨みつけた。
決意を表すかのように、一段と強く俺の手を握る。
「愛。智子。全部話して!」
彼女の震えながらも力強い意志を感じさせる声が、室内に響いた。
読んでいただきありがとうございました
少しでも楽しんでいただけてたら嬉しいです
少し長くなりそうなんで、いったん切りました
続きは今夜投稿できると思います
次回もよろしくお願いします!