森のざわめき
地鳴りがだんだん大きくなっていく。遠くの木が揺れ枝の折れる音が森を騒がしくしている。音がする方角とは反対方向に向かって野生の動物が逃げてくる。
ーーー一体、何が起こっているんだ。シロもまだ戻ってきてないし
未だに帰ってこないシロの事を心配しながらも、前方からやってくるだろう何かにアーサーは警戒している。そして、それは大型の魔物によるものでは無い事に驚いた。遠くからの見た目は大柄の人間のように見えるが、よく見れば人間でないことがすぐ分かる。顔は醜く歪み、髪は生えておらず、さらに特徴的なのは服装だ。どこかの民族を思わせるように腰だけ布を巻き、手には岩石を削元に作っただろう打製石器を持っている。これだけ見ればオーガだと判断できる。
そして、やってきたのはオーガの群だった。オーガは人間が走るくらいのスピードだが、数が数であったため、かなりの迫力があった。
しかし、それに臆せずアーサーは先頭を走るオーガ二体の横っ腹を抜刀した剣先で斬り裂いた。人間と同じように鮮血が斬られたオーガの足元に流れ落ちる。そしてすぐにオーガはその場に膝から崩れ落ちた。
即死だ。
オーガはれっきとした魔物である。だが、剣で斬られれば人間と同じように死ぬ。これはシロから教わった事だ。
ただ、驚くべきなのはアーサーの方である。初手の斬撃で二体のオーガを仕留めるなど、並みの人間ではできない。こんな事が出来るほどまでにアーサーはこの短時間で成長したのだ。もう才能があったとしか言いようがない。
アーサーはオーガの群を睨みつけ、次に向かってくるだろうオーガがどいつなのかを見つけている。
ーーー恐れることはない。問題は数だ。囲まれないように気をつけながら戦わないと
アーサーはちゃんと考えて戦っている。もう一人前の剣士だ。だが、実際に一人で多数を相手するのは今回が初めてだった。
オーガ達は仲間がやられた事に怒っているようだった。打製石器を振り上げてアーサーに向かって走ってくる。アーサーは剣を構え、次々にオーガを斬り捨てていく。オーガが振り下ろす前にアーサーは斬る。オーガが振り下ろす打製石器を最小限の動きで避け、剣でオーガを仕留めていく。間に合わない時はオーガの足を斬り、態勢を崩したところを風が通り過ぎるかのように首を落とす。打製石器を剣で受け流し、その力を利用して剣を返して斬る。一体、また一体と斬っていく。だが、斬っても斬ってもオーガはやってくる。
アーサーは一旦、オーガとの距離をとる為に後方へ下がる。
ーーーきりが無い。このままだとこっちの体力が尽きる
少し焦る。だが、ここで集中を欠いてはいけない。そう考えてまたアーサーはオーガを斬っていく。
斬りながら何かいい案はないか思考を巡らす。そんな時、オーガの動きに乱れがあった。理性がない筈のオーガがアーサーを追いかけようとする行動が一瞬止まった。
ーーーおかしい。オーガは操られてるのか
そう思った時、アーサーはオーガに囲まれていた。
ーーークソ、囲まれた。こんなのシロに知られたら説教もんだな。まあ、生きて帰れたらの話だがな…
オーガに囲まれたことでアーサーの勝敗は分からなくなった。オーガはジリジリとアーサーに迫ってくる。
アーサーは気づいた。オーガは統率が取れ過ぎている。そう、この群れには絶対に統率者がいる筈だ。そいつを倒せば勝敗は大きくアーサーに傾く。しかし、アーサーは周りを見渡すがどいつがリーダーなのか分からない。
ーーーこんな時、シロがいれば…。いや、シロに頼ってはダメだ。
またシロに頼っては自分が成長しなくなる気がしていたからこそ、アーサーはこの危機をなんとか一人で切り抜けようと考える。
アーサーは森が開けている所にいた。その時、オーガが向かってきた方向には丘があった事に気付いた。そして丘の上には何かがいる。
ーーーあれだ、あそこから指揮をとってたのか
偶然ではあったが、アーサーはオーガ達のリーダーを見つけた。そしてアーサーは丘に向かおうとした。が、囲まれているアーサーには下手に動けば全方向からの攻撃がやってくると分かっていた。だからこそ下手に動き出せなかった。
ーーー 一点突破しかないか…
覚悟を決め、アーサーは丘の方向へ走り出す。目の前には五体のオーガ、後ろからもオーガが迫ってきている。アーサーは声を上げ、オーガを斬っていく。しかし、後ろからやってくるオーガに対応する時間はなかった。前のオーガを倒し、振り返った時には振り下ろす打製石器がもう目の前にあった。
ーーーもうダメだ…
目をギュッと閉じ、くるだろう攻撃に防御の姿勢をとる。
しかしくるはずだった痛みは無く、目を見開くといたはずのオーガ一体が横になって倒れていた。シロが横から魔法で攻撃してアーサーを助けたのだ。
アーサーはシロに凄い怖い顔で睨まれた。かなりご立腹のようだった。
「なに手こずってんの?」
「………」
返す言葉もありませんっていう顔をしたアーサーにため息をついたシロは、やれやれといった風であった。
「後ろは私がやるからさっさと丘にいるやつは倒してきて〜」
そう言ってシロはアーサーに背を向けて後ろにいる残りのオーガと相対する。
「分かったぜ」
アーサーは丘に向かって走り出した。
邪魔をされた事に怒っているオーガ達はシロに向かって奇声をあげながら走ってくる。
「うるさい」
その一言でオーガ達の動きがピタリと止まる。シロが魔法でやったわけでわない。ただ、オーガ達は怯え、ひるんだのだ。目の前にいる存在が自分達よりも圧倒的に強い者であると本能的に分かったからだ。オーガ達はその場から、シロから逃げ出そうと後ろに振り返り走り出そうとするが、シロはここで見逃してあげるほど甘くはなかった。
「私の大切な友達を傷つけようとした事は万死に値する。よってみ〜んな、死んじゃえ」
そう言ってシロは逃げるオーガ達を蹂躙していった。
一方、アーサーは丘に向かう途中もオーガ達を斬り倒して道を切り開いていた。
暫く丘を登っていくと森が開けた。
そしてそこにはオーガの一 . 五倍ほどの大きさで鎧を着た奴がいた。鎧の中身がオーガなのかも分からなかったが、こいつがリーダーであることは直感的に分かった。
アーサーは鎧に向かって斬りかかろうとするも、どこを狙えばいいか戸惑う。そうしているうちに鎧はアーサーに向かって走り出し、持っていた打製石器でアーサーのいた場所を横なりに振る。アーサーは鎧の一撃を後ろに飛び退き避ける。
ーーーこいつは強い
そう確信したアーサーは剣を構えなおし、鎧と相対する。お互いに少しずつ近づいていき、間合いをとる。
先に仕掛けたのはアーサーの方だった。まず上段からの斬撃、それを受け止められると思っていたからこそ次に弾かれた力を利用して後ろにバク転してオーガの一撃を避ける。そしてすかさず体を低くし鎧の股下をすり抜け背後に立つ。そして気づいた。背中は無防備にオーガの肌が露出している事に。鎧は前だけで、後ろは鎧を植物のツルで縛っていた。アーサーはツルを斬り、まずは胴体と腰の鎧を外した。鎧オーガは一旦アーサーから距離をとり、態勢を立て直す。これで鎧は脚と腕、そして顔の部分だけになった。
ーーーよし、これなら
アーサーは剣を鞘に戻し右足を一歩前に踏み出す。鎧オーガは剣をしまったアーサーに向かってまた打製石器で攻撃しようと走り出した。そして鎧オーガがアーサーに振り下ろそうとした瞬間、アーサーは抜刀した。一瞬の出来事で鎧オーガは気づけなかった。既に自分が斬られている事に。
鎧オーガはその場に倒れ、アーサーは剣を再び鞘に戻した。
あの一瞬でアーサーは打製石器が振り下ろされる時に剣と交わらせ、打製石器の軌道を僅かに変える事で避けることなく真っ直ぐに鎧オーガを斬ったのだ。これは道場で学んだ奥義の一つだ。この技はまさに肉を切って骨を断つと呼ぶに相応しい。いわゆる"斬り落とし斬り"だ。
これでようやく終わったと思い、アーサーはその場に座り込む。
しばらくすると上空からシロが降りてきた。それはもう凄い怖い笑顔で。
そこから先は夜になるまでひたすらシロの説教が続いた。アーサーは勝って喜ぶよりもシロに怒られて落ち込む方が優っていたらしく、その日は夕食も食べずに寝込んでしまった。ちなみにアーサーの夕食はシロがちゃんと頂きました。
そして次の日、落ち込んでいたアーサーも怒っていたシロも気持ちを新たにし、旅を再開した。