人間賛美と怨嗟 終篇
続きです
終篇
早朝のガルヘントの首都アルカディア地下シェルター回廊を忙しく動く者達がいた。
ザラシュストラとサツキ、ルフィリアと臣下数名、トゥーラのユリの大多数は地下の回廊を巡り目的の入口に到着する。まだ、開かれていない石の扉、その先にある場所はガルヘントの王の後宮、男子禁制の空間、ここに入る事を許される男性はガルヘントの王だけである。
だが、今は国家転覆の非常時である為、後宮に入る事をルフィリアが許した。
ルフィリアは石の扉に触れ。
「いいか、本来ならどんな事態でも入る事が許されない聖域だが、事が事だけに王以外の男性であるお前達が特別に入る事を許すが、こんな事など二度と無いと思え!」
全員に釘を刺した。
ザラシュストラは呆れ加減で肩を竦めた後、懐から懐中時計を取り出す。卵型で青いサファイア色の外見に龍の浮き彫りが施された装飾の時計の蓋を開けると、中の文字盤にも龍の装飾が施され、秒針は文字盤の外形を移動するレンズが二つ、黒レンズが長針、青レンズが短針と非常に凝った造りである。そのレンズ秒針が十二と六の文字に到達する。陽動が始まる時が来た。
「時間だ…」
ザラシュストラは懐中時計の蓋を閉め後ろにいるサツキにオッドアイの瞳を向け。
「サツキ、連絡は?」
「何も…」
サツキが首を横に振った次に、爆音と振動が地下の入口に響いた。
「始まったか…」
とザラシュストラは呟いた。
リーシャ城内が騒がしくなる。叛乱軍の兵士達はざわめき、「なんだどうした?」「大勢の軍団が首都に向っているぞ」「フィーティア王の部隊か?」「そうだろうな」と告げ合う兵士達の向う先、首都の東に巨大な黒煙が天に昇っていた。後宮の周囲を張っているダロス達は、その両手に持つ巨斧を背中に回しV字の翼に変えると、一斉に黒煙に向い飛んで行った。
後宮の周囲を張っていた兵士達も、最小限だけの人員をその場に残し黒煙の方へ走る。
ザラシュストラの提案した陽動が成功し、作戦通り後宮の警備は手薄となった。
後宮の正面入口、二人の兵士が両側で立っている目の前の石畳が迫上がり通路が現れ、そこにザラシュストラが立っていた。
「よう…」
とザラシュストラが右手を上げる。
唖然とする二人の兵士は警戒から脇差しの剣を抜こうとした瞬間、ザラシュストラは陽炎のような残像を残し消えた次に、二人の兵士がその場に白目を剥いて倒れた。
「少しオヤスミしていてくれ」
と呟くザラシュストラは、何時の間にか門の正面に立っていた。
その後、サツキ、ルフィリア、ユリとその仲間達が地下の入口から現れた。
ルフィリアはザラシュストラに近づき。
「相変わらず人間離れした速さだな」
皮肉に聞こえる言葉にザラシュストラは、フッと笑い。
「そうでもないさ」
ザラシュストラは両手を広げると、手の平の中に一握り位の青い水晶が空間から現れ、その水晶をザラシュストラが握り締めた瞬間、漆黒に黒光りする柄のない漆黒の刀が伸びた。
ザラシュストラは両手に握り締める漆黒の二刀のイースピアを交差して構え、対角線に門へ刃を突き立てる。
後宮の正門はX字に切断され、内側に破壊した部位を転がす。
ザラシュストラは開けた正面の広場を見詰め「あれ?」と間の抜けた声を放った。
後宮の広場には、数十名の叛乱軍の兵士達が剣を構えてこちらを一斉に睨んでいる。
「ルフィリア…」
とザラシュストラは一歩中に踏み出し。
「男子禁制の聖域だったんじゃあないのか?」
ザラシュストラは背後にいる仲間に微笑み。
「まあ、非常時じゃあ仕方ないか…」
と悠然と二刀流のイースピアを下ろして広場に向かって走り出す。叛乱軍兵士は、ここぞとばかりにザラシュストラに向って行く。ザラシュストラの走りが変わる。
ザラシュストラの身体が加速し、人の反応速度を超えた次元に到達し世界が緩慢になる身体加速をする。
敵達の動きが緩慢になり、剣の振り下りる速度が止まる。ザラシュストラは止まった剣の群れにイースピアを突き立て柄本から刃を削ぎ落とし、刃を無くした敵の顔面や腹部に蹴りを放った。
世界の時間が戻る。
ザラシュストラの攻撃で十人近い兵士達が砲弾の直撃を受けたように四方八方へ吹き飛んだ。
叛乱軍兵士達は、一瞬で十人近い仲間達を倒したザラシュストラに恐怖する。
ザラシュストラは全体を一望し。
「逃げたいなら逃げればいい。後を追うようなマネはしない」
その言葉が叛乱軍の兵士達の自尊心を傷つけたらしい。再度、剣を振り上げ闘争心に燃える兵士達はザラシュストラに向って来た。
ザラシュストラは二刀流のイースピアを構え。
「そうかい…」
と呆れたように告げ身体加速をしてイースピアを振るう。
ザラシュストラに振り下ろされる緩慢な剣の雨。その雨をイースピアが根元から削ぎ落とす。強固な鋼で輝く兵士の刃は、裁断される紙のように切り落とされ、空中で切れた刃が静止している一瞬の時の中でザラシュストラの拳や蹴りが入り吹き飛ぶ。
ザラシュストラを中心に花が咲き乱れる如く兵士達は舞っていった。
圧倒的過ぎるザラシュトラの攻防に呆然とするルフィリアの視線にザラシュストラの視線が交差し、その視線がルフィリアの右にいるサツキに向う。
その意味をルフィリアは察した。(この隙を逃すな。サツキを連れて中に行け――)とザラシュストラの念を正確に感じ取り、ルフィリアは「後宮に向うぞ!」と掛け声と共に。
「さあ、サツキ。こっちだ!」
とサツキの左手を握り引っ張り、連れてきた数名の臣下達と共に後宮へ走る。
それに気付いた敵兵は阻止しようと向うが。
「アグニ」
と静かで広場に澄み渡る声が発した次に、炎の壁が敵兵の行方を遮った。
「行かせない」
とユリが光の灯った右の指先を素早く動かし幾つもの円が重なった幾何学模様を空中に描いた。その幾何学模様を正面に翳し。
「エア」
と澄み渡るような声を放った。
周辺から空気の流れがユリに集まり螺旋の流れを作り出し、広場に竜巻が現れ、竜巻の容赦ない暴風に敵兵達は巻き込まれ後宮の外に吹き飛ばされる。
アルキメスである。幾何学魔導とされる特別な力、アルキメスを行使するトゥーラは、指先にヴィルと呼ばれる光を灯し、その光で空中にアルキメスの紋様を描き、アデューラとされる発動言語を告げる事により、世界の事象を操作する。
残りの敵兵達は、余りにも圧倒的な戦力さに後退を始め、逃げ出す者も現れた。
ザラシュストラはイースピアの切っ先を向け。
「やれやれ、こんな状態になってもやるかい?」
と降伏を促した。
敵兵は戦意を喪失し、剣をその場に投げ捨てる。
「そうそう、それでいい。無駄な争いは意味が無い」
ザラシュストラはイースピアを下げ、踵を返そうとした時。
「逃げて!」とユリの叫びがザラシュストラの耳に届いた瞬間、ザラシュストラは自然に脱兎すると自分のいた場所に雷が落ちた。
ザラシュストラは、元自分がいた雷が落ちて白煙が昇る場所を見詰めると、空中から白金の肩までの髪に、白磁器の肌に淡い黄色のドレスを纏った麗しい乙女が降り立つ。
白金髪の麗しい乙女の周りには、ニメータの五つの槍状の白い金属板が衛星のように乙女の周りを周回している。
ユリがザラシュストラの右に移ると悲しみを表情に表し。
「レミ…。そう、やっぱり兄さんが関っているのね」
ユリにレミと呼ばれた白金髪の麗しい乙女は微笑み。
「ええ…そうよ。ユリ、ジョウドが手を貸しているの」
白金髪の乙女、レミは両手の指先にヴィルを灯し。
「そして、私の周りを回っている物体、エイツラー(聖槍)はジョウドが私と契約して齎された力よ。そこにいる男、エ・フォネスト・ドッラークレス・レイコスと同族だから当然よね」
ザラシュストラは脳天から血の気が引くのを感じる…。
ここには俺と同じ存在が…いる!
と恐怖が再来すると共に、あの映像が蘇る。右が金眼に左が蒼眼と白髪、神官の服装を纏う男。
―ハハ、始めまして、エ・フォネスト・ドッラークレス・レイコス(是に異端する超龍の真正の証明)よ。私はエ・ルーネスト・ドッラークレス・レイコス(是に流転する超龍の真正の証明)だ…。よろしく
ザラシュストラはレミの顔を見詰める。その顔は蒼白で恐怖に引き攣っていた。
レミは口を大きく動かし「あははははははは」と歓喜し
「最高! まさかアンタの怯える顔を見られるなんて思わなかった」
レミは両手を指揮者のように大きく振り翳すと、周りを周回する槍型の金属板、エイツラー達が幾何学模様を面に灯した。
「殺してあげるわ。ダークネス・ドラグラー」
エイツラーの表面に幾何学模様、アルキメスを浮べ「テラ」とアデューラをエイツラーが告げると、エイツラーから無数の雷がザラシュストラに走って行く。
「テラ」
ユリの澄み渡るアルキメスを発動するアデューラが響き、ザラシュストラの正面に雷のカーテンが下ろされ、レミの放った雷が吸収された。
ユリは両手の指先にヴィルを灯してザラシュストラを横目で見詰め。
「アルキメスを使うトゥーラ同士の戦いになります。邪魔ですから何処かに行ってください」
ザラシュストラは頷き。
「判った」と素直にその場から離れようとするも。
「逃がさない!」
レミの周りを周回する五つのエイツラー達の表面に三角形が重なったアルキメスが描かれ「アグニ」とアデューラを告げて、エイツラーから炎の竜巻がザラシュストラに向う。
「エア」
ユリは素早くヴィルで円形の図のアルキメスを描き、アルキメスから竜巻が発生し、レミのエイツラーから放たれた炎の竜巻の進行方向を変えて相殺した。
ザラシュストラは足を止め、右腕で顔をガードし、ユリの竜巻から漏れる炎から退避する。
ユリは素早く次のアルキメスを描きながら。
「レミ、その物体はかつて神導師ゼオンとアルキメスの始祖である五人の女性との間に交わされた契約の証である聖槍エイツラーと同じ物なの?」
「そうよ。でも、ジョウドがくれたエイツラーは始祖の女性達のエイツラー以上よ。だって私は始祖達以上の契約をしているから。私の髪や血の一滴に至るまで私の全てがジョウドの所有物である強力な契約を結んでいるの。だから、ほら」
レミが右手を空に翳すと五つの槍型金属板のエイツラーは強烈な閃光を天に突き立てる。
「あはははは。凄いでしょう!」
狂ったように笑うレミ。
レミから放出される力により波紋のように空気の揺らぎが空間を伝う。
ユリの顔が強張る。レミと自分の力には圧倒的な差がある事を痛感しているのだ。その横にザラシュストラが付き二刀のイースピアを構え。
「どうやら、あのレミって子は君以上の力があるようだな」
レミは黙って頷き。
「ごめんなさい。どうやら、身内の問題にアナタを巻き込んでしまったようです」
「いや、あのレミって子は俺に何かあるようだな」
ザラシュストラは肩を竦め、レミに視線を向ける。
レミはその視線を合わせる。強烈で鮮烈な怒り、いや、憎悪が自分に向けられている事にザラシュストラは達観した表情で
「怨みか…そうか。かまってやりたいが今はそんな暇はない。排除させてもらう」
とザラシュストラは鋭い眼光のオッドアイを構え臨戦態勢に移る。
そこへ…
「ザラお兄様」と柔らかい女性の声が通る。
ザラシュストラは身を震わせ声のした後宮の方を向くと、そこにはルフィリアに連れられ、清流のように清らかな膝まで伸びる黒髪に白を基調とするドレスを纏い、静かな月のような雰囲気を放つ少女、白鳳王妃カグヤの声である。
カグヤの後ろには、赤のドレスに栗毛の髪をティアラのように束ねミラトのようにやり手の女性経営者のような顔立ちの乙女の華方王妃レイランと、煌く金の長髪に青を基調としたドレスを纏い何処か大人しそうな乙女の聖君王妃レミセルアの姿があった。
三人の王妃達の後ろに無事なサツキと、共に来た臣下の者達もいた。
「カグヤ!」とザラシュストラは無意識に叫んでいた。
その次に憎悪を滾らせるレミの事が過ぎる。自分に憎悪する者なら必ずその大切な者を狙う。マズイ!と瞬間的に懐から煙幕手榴弾を取り出し投げていた。
真っ白の煙幕が広がり広場が混乱する。
王妃達を救出した一行は、前方が真っ白で全く視認できない状況で。
「カグヤ、いや、皆無事か?」
とザラシュストラの姿が前方にあった。
ザラシュストラは超人的速度で煙が広がる前に一行の正面に到達したのだ。
ルフィリアは、「ゴホゴホ」と咽ながら。
「お前、なんで煙幕を広げ、ゴホゴホ、バカか」
「訳は後だ。サツキ」
とザラシュストラは声を張る。
「ゴホゴホ、ここです」
煙幕の中からサツキの手を振る影が映り。
「グルファクシへの連絡は?」
とザラシュストラは近づき、咽るカグヤの横を通り過ぎる瞬間。
「もう、安心しろカグヤ」
とカグヤの黒髪の頭を撫でた。
「ゴホゴホ、ザラお兄様」
カグヤは咽て涙目ながらも笑顔をする。
ザラシュストラはサツキの両肩を両手で掴みサツキの顔を覗き。
「サツキ、どの位で到着する?」
サツキは涙目で咽ながら。
「あと、ゴホゴホ、数秒で来るそうです。というか、ゴホゴホ、何で刺激煙幕、ゴホゴホなんか、ゴホゴホ」
「緊急だったんだ。すまん!」
ザラシュストラは手刀を翳して謝る。
刺激煙幕手榴弾、爆発すると白い粉により視界が塞がれると共にこの粉には、無害だが、目や鼻、喉を強烈に刺激する作用がある。ザラシュストラのようなオメガ兵団の戦闘要員は特殊訓練により慣れているが、サツキは戦闘要員ではないので全くの無抵抗だ。
ザラシュストラは背後に、冷たい感覚を察する。
刺激煙幕が薄まり、背後にある後宮の正門までの距離の視界が開ける。
イースピアにより門を失った正門に人が立っている。
正門から注がれる朝日の逆光により、黒い影だけが映るも瞳だけが、右眼に黄金の輝きを放ち、左眼に蒼い光を揺らめかせながら背後から何かが飛び出す。
ザラシュストラは、危機を察して直ぐにサツキから離れた瞬間、背後から何かに貫かれた。
「ガアアアア!」
サツキの正面で、ザラシュストラが槍型金属板に背後から貫かれ腹部にその一端が露出した串刺しの状態があった。
「イヤアアアア!」
サツキの叫び声と共に強烈な風が広場を駆け巡り、刺激煙幕を一蹴した。
開けた後宮の広場に槍型金属板で串刺しにされた無残なザラシュストラの姿が現れた。
ザラシュストラを串刺しにする槍型金属板を伝って、その下にいるサツキの額にザラシュストラの血の雫が落ちた。
「アアアアアア」
サツキは錯乱しながらザラシュストラに駆け寄るも、ザラシュストラの腹部を背面から貫く槍型金属板が更に食い込ませるように、ザラシュストラの身体を浮かせた後、広場の中央へ投げ落とした。
ザラシュストラの腹部を貫き鮮血で染まる槍型金属板は円形が幾つも合わさった幾何学模様の光を浮かべ
「エア」とアデューラを告げる。
表面に付着している鮮血が突風で綺麗に落とされた後、飛んで来た正門へ戻る。
槍型金属板は、白い髪と神官のような服、右が金眼、左が蒼眼の青年の背後に消える。
レミが涙目を擦りながら、その者の名前を告げた。
「あ、ジョウド! 黒煙が上がった場所にいったんじゃないの?」
「問題を片付けたので戻った」
と白髪、右の金眼、左の蒼眼、オッドアイのジョウドが中に入る。
「お兄ちゃん!」
とユリがジョウドの傍に行こうとするも。
「おっと、ダメよユリ」
レミがその行く手に立ち塞がる。
「ザラシュストラ!」
サツキは広場の中央で流血を広げるザラシュストラの下へ走る。
ジョウドはゆっくりとした足取りでそこへ向う。
「ねえ、黒煙はなんだったの? やっぱり、王の部隊だった?」
レミが尋ねる。
「エ・フォネスト・ドッラークレス・レイコスと契約している契約者が、契約した力で無数の兵士の格好をした人形を構築して動かしていた。それを見て、直ぐに陽動だと気付き、その契約者を倒して戻って来た」
「流石だねジョウド」
レミはジョウドに微笑んだ。
ジョウドは、ザラシュストラの下へ来た。
そこには、必死にサツキが鮮血を噴出すザラシュストラの腹部や背部に纏っている外套や上着を当て出血を防いでいた。
「イヤ、止まって―――」
サツキの必死で懇願する顔や金髪には赤い鮮血が付いている。
周りさえ省みずザラシュストラに寄り添うサツキの襟をジョウドは左手で鷲掴みして後方に投げ飛ばした。
サツキは「ザラシュストラ―――」と声を張り上げ軽く四メータも投げられた。
ジョウドは虫息のザラシュストラの顔を右足で踏み締め。
「なんと、なんと情けない! お前はバカか? いや、愚か者か? いや、ヒトのフリをしているのか?」
ジョウドは怒りを顕の般若の形相でザラシュストラを見下すも、ザラシュストラは「ガハ!」と吐血するだけである。
ジョウドの視線が背後に位置する者に向う。その視線の先にいるのは、ルフィリア、カグヤ、レイラン、レミセルアである。
ジョウドの右の金眼が輝き。
「あのヒト共を殺せばお前は本性を気にする事が無くなるな…」
ジョウドの右足で足蹴にされるザラシュストラの表情が鋭い刃に変わり、右の青眼が輝いた。
「お?」とジョウドは顔を踏みつける右足に異変を感じ、視線を向ける。そこには、ザラシュストラが右足を両手で握り締めていた。
「ふざけるな…」
ザラシュストラの怒気が篭る冷たい囁きが漏れる。
ジョウドは歓喜の笑みを浮かべ、右足を退け数歩下がり。
「そうだ。それでいい。やっと我々になれた!」
と両腕を預言者のように広げ天を顔で仰いた。
ザラシュストラは出血する腹部を押さえながら立ち上がる。
「ゴアアア」
嗚咽を放つザラシュストラの表情には苦痛と皮膚の下で何かが這う様な筋が浮かんでいる。
ジョウドは好奇心が旺盛な子供のような顔で苦しむザラシュストラを観察し。
「なんだ…。力を発動させずにその傷を治すのか? 無理だ。瀕死の重傷は強制的にレイコスに変わる。逆らう事無く受け入れろ」
と投げ捨てるジョウド。
ザラシュストラは、苦痛に歪む顔をジョウドに向け。
「ウルサイ。お前の言う通りなどになるもか…」
あくまでもザラシュストラは、力のレイコス(真正の証明)強制発動を抑える。
「フ…」とジョウドは見下す笑いをすると、胸中で両手を合わせる。
「そうか、残念だ」
とジョウドが呟いた次に見えない圧力が広場を駆け巡り、ザラシュストラと周りに牙を剥く。
「アアアア」
ザラシュストラは見えない圧力に吹き飛ばされ空中に浮かぶ。
意識が限界を越え、ザラシュストラの中にあるレイコスの力が、エ・フォネスト・ドッラークレス・レイコスが強制発動した。
空中でザラシュストラの全身が漆黒に変わり、歪な漆黒の結晶が噴出す。
「ハハハハハ!」
ジョウドはその様相に歓喜しながら、天を崇拝するような仕草で両腕を広げる様は神官のようである。だが、ジョウドの全身が深紅に変わり、その全身からザラシュストラと同じ歪な深紅の結晶を噴出した。
空中にいる漆黒と、地面にいる深紅と、二つの歪な器は姿を変化させる。そして同時に形が凝縮した。
ザラシュストラは巨大な漆黒の躯体に、肉食獣の牙がむき出した生々しい鎧兜の頭部、鉤爪の指先、漆黒の巨獣人レイコス(真正の証明)ザラシュストラ。
ジョウドはザラシュストラのレイコスと同じ身丈、深紅の躯体、突き出たワニのようなアゴに黄金に輝く四つの獣瞳、両腕はコウモリのような翼手類の腕を広げ、獣の足、爬虫類の尻尾を臀部から伸ばしていた深紅の巨翼獣レイコス(真正の証明)のジョウド。
漆黒の巨獣人のレイコスが地面に轟音と震動を伴って着地する。
深紅の巨翼獣のレイコスは翼手の両腕を広げ。
「始めまして同族、いや…兄弟!」
とジョウドの狂った声が放たれる。
二体の十メータクラスのレイコス同士は互いの獣の躯体を向け合う中、漆黒の巨獣人レイコス、ザラシュストラは別の方にその青く燃える眼を向けていた。それはジョウドの後ろに位置するカグヤである。
カグヤは漆黒の巨獣人レイコスに変わったザラシュストラの視線が自分に向けられている事に気付くと、恐怖に怯えた表情をして後退した。
漆黒の巨獣人レイコスは頭を垂れる。
「クソ…」
とザラシュストラの声が発した。
「はあ?」と深紅の巨翼獣レイコスはワニの頭部を傾げるも、漆黒の巨獣人レイコス、ザラシュストラが見詰めていた先を察し。
「ああ…良かったなこれで隠し事が無くなった」
漆黒の巨獣人レイコスの頭部が一気に持ち上がり、青く燃える獣眼が輝き。
「ふざけるな!」
と罵声を発して鉤爪の指先で深紅の巨翼獣レイコスを斬りつける。
深紅の巨翼獣レイコスは翼手を広げ空に昇り回避した。
その時、グルファクシが後宮の上空に到着した横を上昇する深紅の巨翼獣レイコスが通過、漆黒の巨獣人レイコスもその後を追い跳躍した。
二体のレイコスは上昇し、グラディウスが静止する高度まで到達すると、深紅の巨翼獣レイコスが反転し、方向を漆黒の巨獣人レイコスに向け降下する。
漆黒の巨獣人レイコスは鉤爪の両手を広げ、向かって来る深紅の巨翼獣レイコスへ突き立てた。
互いに組み合った二体は、空中で乱流に踊らされる紙のように激しく暴れる。
漆黒の巨獣人レイコスは深紅の巨翼獣レイコスの両翼に鉤爪の指を突き立て告げる。
「なぜ、こんな事をしたんだ?」
とザラシュストラの尋ねる声が響く。
「はあ?」とワニの口で漆黒の巨獣人レイコスの右腕に噛み付く深紅の巨翼獣レイコスからジョウドの「ああ…別にこれと言って理由は無い」と機械的な口調のジョウドの言葉が返ってきた。
「ふざけるな! 理由が無い訳ないだろう。一つの国が転覆する事態を起こしているんだぞ」
「細かいヤツだな。まあ、理由というなら、ただ単に、実験がしたかった。私が造り出したアルキメスの力を付加したアルキメス・メタルで武装するダロス共がどれほど使えるかとね」
「な、お前…ダロスを造れるのか?」
「はあ、何を言っている? 当然だろ…。兄弟の曽祖父にして、兄弟の先代ツラシュストラ殿が造り出したダロスを、同族である私が造れない筈なかろう」
「グラディウスも…」
「そうだ。そして、アルメットもな…」
二体の漆黒と深紅のレイコスはリーシャ城の中央に落ちた。リーシャ城の建築を破壊し、二十メータ前後のクレータを地面に穿つ。
衝撃で離れた二体のレイコスは互いに反対方向へ転がりながらリーシャ城の建築物を破壊した。
漆黒の巨獣人レイコスは、自分の上に崩れた塔を退かしたところに、砲弾のように回転しなかがら突撃する深紅の巨翼獣レイコスが現れ、漆黒の巨獣人レイコスに体当たりを食らわせる。
深紅の巨翼獣レイコスの体当たりに、漆黒の巨獣人レイコスは引き摺られ城壁にその身を埋める。
ワニのアゴで深紅の巨翼獣レイコスは、漆黒の巨獣人レイコスの首に噛み付いた。
「バカな連中だったよ」
ジョウドの声が深紅の巨翼獣レイコスから発する。
「皇太子達の謀殺し合い、前王の死の理由、全て真実であり間違いなど無いのに、自分達の権力欲しさに直ぐに私の提供に応じた。バカを越えたクズだ。本当にヒトは愚かだ。自分の度を越えた力を望む。自分に相応しい力は奪い取るのではない。自ずと引き寄せ合い巡り合う。分相応とヒトは素晴らしく的確な言葉を現したのに理解していない。そうだろう兄弟」
「ウルサイ!」
漆黒の巨獣人レイコスからザラシュストラの悲痛な声が響く。
「なぜ、悲しむ兄弟? 私は間違ってなどいないぞ」
哀れむジョウドの声。
「ウルサイ!」
それを否定するザラシュストラの声が響き、漆黒の巨獣人レイコスは深紅の巨翼獣レイコスの翼手を鉤爪の両手で掴み、無理矢理に投げ飛ばした。
深紅の巨翼獣レイコスはリーシャ城の最上部へその身を埋める。
そこに、漆黒の巨獣人レイコスが飛び乗り、轟音と破壊と共に内部に沈む。
リーシャ城内部に大穴を空けて落ちた二体のレイコスは土煙の中で起き上がると、そこに叛乱の首謀者であるソーディス大公とウインド公爵の姿があった。
二人は唖然としながら二体のレイコスを見詰めている。
深紅の巨翼獣レイコスが二人に黄金の四つの獣眼を向け。
「おや、お二方がいる場所に落ちてきたようだ。ああ?」
とジョウドの奇声が発する。
「そ、その声は! ジョウド殿なのか?」
ソーディス大公が驚きの声を放つ。
「なるほど…そういう事か…」
とジョウドの何かに納得した声が深紅の巨翼獣レイコスから放たれた後、左翼手が真っ直ぐ天に伸びた次に二人へ振り下ろされる。
ドンと、ソーディス大公の左にいたウインド公爵が叩き潰された虫のように殺された。
「アアアア!」
ソーディス大公は狼狽しながらその場を脱兎した。
漆黒の巨獣人レイコス、ザラシュストラは驚き
「お前、何故殺した!」
「ああ?」と深紅の巨翼獣レイコスが左翼手を上げ、無残な姿となったウインド公爵の亡骸が現れ、左翼手に付いた血を振るい落とし
「そうか、兄弟には…。ああ…言っただろう。コイツ等はバカな連中だ。だから、潰したまで…」
「お前…おかしいだろう?」
「おかしい? 私にはヒトのフリをする兄弟がおかしいのだが?」
深紅の巨翼獣レイコス、ジョウドの様子に漆黒の巨獣人レイコス、ザラシュストラは理解した。
なぜ、映像で見たジョウドと視線が合っただけで恐怖に襲われた理由がこれだ。ジョウドは人ではない。元は人間だったが、自分と同じ力の本質に飲み込まれ精神も人では無くなった。人の形をした人でない存在。エ・ルーネスト・ドッラークレス・レイコス(是に流転する超龍の真正の証明)と自ら名乗る純粋な存在なのだ。
漆黒の巨獣人レイコスは鉤爪の両手を深紅の巨翼獣レイコスに向け構える。それは完全な臨戦態勢である。
(コイツはここで殺さないとトンでもない事になる)とザラシュストラは直感した。
深紅の巨翼獣レイコスは、臨戦態勢の漆黒の巨獣人レイコスを四つの黄金の獣眼で一見した次に大穴が空いたレンガの天井を見上げ。
「残念だ。折角、兄弟が乗り気になってくれたのに、どうやら…あの逃げたバカが自棄になってアルメットの起爆スイッチを入れたようだ。本当に残念だ。だから、楽しんでくれよ。またな兄弟」
深紅の巨翼獣レイコスが翼手を広げた瞬間、天井の大穴から幾筋もの光線が降り注ぎ、二体のいる城を完全破壊した。
一瞬で瓦礫となった城の中から漆黒の巨獣人レイコスが現れ空を見上げると、遥か遠くの空で深紅の巨翼獣レイコスとその隣をエイツラーに囲まれるレミが並走していた。どうやら、城を破壊した光線はレミのエイツラーの攻撃だったようだ。
「クソ、逃がした!」
と漆黒の巨獣人レイコスから悔しがるザラシュストラの声が漏れる。
“ザ…ザラシュストラ、聞こえる?”
とゾリューによるミラトの声が脳裏に届く。
ミラト、なんで声が? ゾリューが使えるのか?
“ええ、ホンのさっき阻害していた力が消えたのよ。それより何? 状況というより、エティアで叛乱軍が所持していたアルメットが本物で、起爆まで残り四分弱しか残っていないけど如何いう事?”
訳は後で話す。それよりアルメットの場所は?
“リーシャ城中央庭園の噴水前よ!”
漆黒の巨獣人レイコスはその巨躯を疾風の速さでアルメットのある噴水前まで移動させた。
空中に数十センチ浮かぶ白い円柱型のアルメット本体を漆黒の巨獣人レイコスは掴むと上空へ跳躍する。
ザラシュストラは瞬間的判断で…。
(アルメットを遥か上空まで成層圏を越えて宇宙空間まで持って行き、ドッラークレス(超龍)の躯体で爆破のエネルギーを地上に降り注がないように防ぐしかない)
高度五千メータラインのグラディウスを越えると、漆黒の巨獣人レイコスの躯体から歪な漆黒の結晶が噴出し、僅か数秒で天を覆いつく程に巨大なドッラークレス(超龍)へ転化した。
漆黒の超龍ドッラークレス。漆黒の超巨躯龍の巨脚に青い炎の質感を持つ金属の翼を備える超龍は一気に成層圏、中間圏、熱圏、電離層を越え宇宙空間に到達。
まだ、遥か遠くに向うドッラークレスの途中でアルメットのカウントが終わりを迎える。
宇宙空間にアルメットによる二つ目の太陽が生まれる。だが、その形は歪である。シャンバラ方向に向かう筈の真っ白な円弧の部分がとある一点で折れ曲がり、直径三万八千キロの惑星シャンバラに届く事を防いでいる。その一点はドッラークレスであった。
やがて、アルメットで産まれた第二の太陽はその光を縮ませ、宇宙空間は何時もの静かな様相へ…。
一瞬の第二の太陽が消えた後、首都アルカディア。二体のレイコスで大破したリーシャ城の瓦礫の山に空から流星が落ちた。その流星は漆黒のレイコスである。
仰向けで倒れるレイコスの全身にヒビが入り砕け、人型へザラシュストラに戻る。
戻ったザラシュストラは苦痛に顔を歪め「グ…」と痛みで声を漏らす。
ザラシュストラに宿るエ・フォネスト・ドッラークレス・レイコスは大きく傷ついた肉体を急速に回復する能力はあるが、人の身にはその力で数時間は焼けるような激痛が全身を駆け巡り指も動かせない程になる。
激痛に悶えるザラシュストラは、弱々しく体を丸めて少しでも痛みを紛らわすそこへ。
「ザラシュストラ!」
サツキが瓦礫の山を必死に越えて駆け付ける。
「ザラシュストラ!」
サツキはザラシュストラの傍に来て背中に手を添えた瞬間。
「ガアアア」
叫ぶザラシュストラの様子にサツキは急速回復の激痛による弱体化状態が判り。
「ごめんなさい」
直ぐに手を退け歯痒い表情でそれを見詰めるしかなかった。
更にそこへ「ザラお兄様」とカグヤが現れた。
サツキは両手を横に伸ばし。
「ダメ。今、体を修復していてその副作用で全身に激痛が走っているの。そっとして置いて」
サツキの必死な様子にカグヤは「判りました」とその場を後にしようとしたが。
「カ…グ…ヤ…」
とザラシュストラがか細い声で呼び止め。
「怖い…思い…させて…ごめん…な…」
「ザラお兄様…」
とカグヤは両手で目頭を押さえ涙を流す。ザラシュストラは苦しい状態に関らす、カグヤが自分の力、レイコスにより恐怖させた事を気遣っていた。カグヤの瞳から自然と涙が溢れる上空にグルファクシが現れ、静止した。
その後、ガルヘントの叛乱は鎮圧され国内は平常を取り戻した。
叛乱の首謀者の一人で生き残ったソーディス大公は、アルカディア上空に静止するグラディウスで逃亡を謀り、その逃走をガルヘント軍と残りのオメガのメンバーで追跡中に、あの深紅の巨翼獣レイコス、ジョウドが現れ、深紅の巨翼獣レイコスにグラディウスが切り刻まれ空中で大破し、ソーディス大公も死亡した。
だが…リーシャ城の真下にある地下区画の最深部に死んだ筈のソーディス大公とウインド公爵が兵士を数名連れて移動していた。
「クソ! あの男…初めから我等を裏切る積りだったのか!」
と怒りを顕にするソーディス大公。
ウインド公爵は額を拭いながら
「しかし、あの計画の資材にあった人形を影武者に仕立てて正解だったな」
「ああ…逃げる時間を稼げた。この間に我々は安全な場所へ、そして…あの計画から横長した莫大な資産があれば我々は何度でも。覚悟しろ僭王が」
ソーディス大公が野獣の如く目を輝かせると、先を行く兵士が足を止めた。
「どうした?」
とソーディスは兵士に尋ねると、兵士が背後にいるソーディスへ倒れた。
「なななな」と狼狽しながらソーディスは兵士を支える。
兵士の胸部が大きく損失し、あるべき胸部が無かった。
ガリンと鉄のように重い質量音がソーディスの前で響く。
ソーディスとウインドは正面を見据えると、漆黒の奥から左手をこちらに伸ばす黄金の鎧を纏い黄金の鬣の美髪に美髭、黄金の輝きを纏った獅子の老男がゆっくりと近づいて来る。
「ああああ!」
ソーディスとウインドは大きく瞳を広げ、悪魔を見たかのように死ぬ程、驚愕する。
「そんな…貴方様は三年前の北方覇王戦争で死んだのでは…?」
ウインドは腰を抜かしその場にヘタリ座る。
獅子の老男は、百獣の王の如き強烈な気迫を放ちながら、両手を左右に広げると鎧の両腕が鋭利な刃に変化した。
一章 終わりです。二章に続きます




