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逃亡計画①

 家に入ったら、光の玉が数十個乱舞していた。走馬灯とミラーボールがくるくる回転する様に似ている。

 そして、リズはやっぱり怒っていた。 


「私はあなた様の奴隷ですから、文句を言える立場ではございません。ええ、女性とこんな夜中までほっつき歩いても、文句なんて言いませんよ」


 まず、怒りの矛先は”夜遊び”をしていた若様と由香里に向いた。


「夜中って、まだやっと日が落ちたばっかり」


 王城で王様と会って、ヨーグルト食べて、塔に上って、ついでに服屋で服を選んでいたらすっかり遅くなってしまっただけだ。別に遊びほうけていたわけではない。


(それに、奴隷とは随分物騒な言葉。比喩なのか、本当にそんな制度があるのか)


「大体なんですか? この虫は?」

「いたい」


 黄金虫は変わらず娘の髪にがっちり張り付いていて、無理に引き剥がそうとすると娘が痛がる。

 気持ちは分かる。綺麗な蝶々だろうと、黄金虫(こがねむし)だろうと家に入れたくない。入ってきたら、出来る限り穏便にかつ速やかに追い出している。 Gの場合は自分の導体視力で捕まえることは諦めているので、罠を大量にセットするが。 


「ちょっと、これは虫じゃなくて髪飾りよ。動くけれど」


(私だってさっさとはがしたいわよ。髪を()くのにひたすら邪魔)


「は?」

「カウリーだ」


 若様に言われて、彼女はぽかんと見つめる。厳しい印象しかない彼女の随分お間抜けな顔だ。


「本物……なんですか?」


 由香里と若様が揃って頷いたが、まだ言い足りないらしいリズのお説教は終わらない。


「うちは精霊使いがいますから、夜でも動くのに不自由しませんが、他のご家庭ではランプや蝋燭の火で灯りをとらなければならないのですよ」


 不自由しないのはいいが、ただこの七色の光の玉がぽんぽん跳ねているこの状況は落ち着かない。


「別にお前と家庭を築いた覚えはない」


 若様に突き放されて、一瞬傷ついた顔をしたリズはこちらを睨みつけた。


(なぜ私? と言うか若様なんでそんなあかん物言いをするの?)


「たまには立場を思い出させたほうがいいんだ」


 火に油を注いでどーする、という心の突っ込みは若様には届かない。

 もう、昨日のアイコンタクトではどうにもならない。ここはきっぱりはっきり気にしなくても良いと伝えなければ。


「あの、私が言うのもなんだか変な話なんだけれど、若様ってまるっきりタイプじゃないから。 北と南がひっくり返るくらいありえないから」


 何百万年に一度地磁気がひっくり返るらしいので、ゼロではないが……


(本当にくだらない。頭打って好みが180度変わらないとムリ)


 物語のオウジサマ風の若様を選ぶくらいなら、ぽっちゃりハゲの方がマシである。 

 旦那もそのうちぽっちゃりハゲになるだろう。


 そう言えば、若様って、何とか農園子爵とか伯爵子息って言われていたし、王子様ではないにしても、それなりに地位がある人のようだ。


「大体、白髪ちょろちょろ生えている子持ちのおばさんなんて、きょーみないでしょ」

「いや、その」 


 なぜそこで言い淀む。

 そこは遠慮せずに、タイプじゃないってさっさと言って欲しいのだが。お互いのために。

 自分だけ彼をぼろくそに言ったままだと悪い。  


「その言葉、お忘れになったら、首を差し出してもらいますよ」


 そして予想通りにリズは怒りを無理やり抑えた笑顔を由香里に向ける。


 (恋人だか旦那だかの態度がはっきりしないからって、怒りをこっちに向けられても知らんちゅーに)


「はいはい。娘が怯えているから、この話はここまで。冷める前にご飯食べちゃいましょう」


(そして、きっと今夜もヨーグルトがはずせないのね。醤油やソースやドレッシングの感覚かしら)


 甘いヨーグルトは大好きで良く食べるがプレーンタイプのヨーグルトは少々苦手だ。

 席に付くと若様が買った焼き鳥(ミニトマト付き)と湯気を立てたおいしい――


「ヨーグルト粥……」 


 ヨーグルトが投下された粥。今までは由香里たちの分は小鉢にヨーグルトを個別に入れていたのに、この粥は全体がヨーグルトだ。


 リズはそれだけでは足りないとばかりに、さらにこんもりとヨーグルトを自分の器に盛る。


 (作ってくれた食事に文句を言うつもりはないけれど、白米にヨーグルトはトッピングしないで~)


 娘は未知との遭遇を果たして、顔が真っ青である。

 これで、ミントティーのときのように「変な味」と素直に言ってしまうのはよろしくない。


「これはね。リゾットよ、リゾット。ほら洋食な感じのね。外国だから日本と味付け違うのよ」 


 急いで、娘に釘を刺しておく。 悲しそうな娘を見かねたのか、若様が席から立って白いもったりした感じの塊を台所から持ってきた。


「チーズを足したらいい。それにこれ足したらどうだ?」


 そう言ってソース差しを渡してくれた。


「これは?」

「小カザルの賜物だ。少量かけるのがポイントだ」


 見た目は醤油だ。 言われた通り、ちょろっとだけ黒いソースを足し、一掬い食べてみる。


「あ、ちょっと醤油っぽい味がする。これ、昨日のワンタンメンに入ってましたよね」


 醤油の従兄弟くらいの味だが、昨夜のワンタンメンは疲れ果てていた二人にはほっと肩の力が抜ける味だった。


「二年物でも通常の二倍ですのに、わざわざ三年ものを人に使わせて」


 (まだ、私を敵認定しているのね。まあ、今の状態じゃただの居候だし)


「仕方ないだろう。三年ものは香りがいいんだから」


「えっ? 高級品? じゃあ、売っているところ教えて!」


 思わず、席から立ち上がって叫ぶが、


「食事中に大声出すなよ。子供が真似する」

「ごめんなさい」


 確かに先ほどの大声は”夕食中に会話が弾む”のレベルではない。

 大体、一度そんなことやらかすと、娘が同じことやらかしても『ママだってやっていた』と娘に逃げ道を与えることになる。 


 小声で、謝った由香里にやはり小声で若様が返す。


「近いうちに街を案内してやるから」


 ちょっとかけただけで懐かしい味がして、外で嗅ぐ磯の匂いがふんわりする。

 これさえあれば、半年はこの世界にいれそう。できれば味噌も有ればいいのだが。


 どれだけ高いのかは知らないけれど、探せばあるかもしれない。



 たとえ、口に合わなくても文化が違うのだから仕方が無い。


 親子二人引きつった顔で夕食を残すことにならなくて良かった。若様のおかげだ。 


 (もうちょっとリズと仲良くなって台所を使わせてもらえるようにしよう)


 今は、まだ早い。ここで手に入る食材もイマイチ分からないし、例え、台所を使えても火の調整の仕方も知らないのだから。

  

 娘を寝かしつけてから、由香里は本日お城で聞いた話を書き留めておこうと思った。

今のうちに逃亡計画と家に帰った時のことを考えておかないといけない。


 小さな蝋燭を灯す。火を灯さなくても、若様の魔法とやらを使えればいいのだが、若様やリズにこれからの計画を知られるのはまずい。 第一、あんなディスコ状態では落ち着いて文字を書けない。


「魔法って、もっとスパッと思い通りなるものだと思っていたけれど」


 たいていの妖精はすぐどこかに行ってしまうか、夜の間、騒いで家をまぶしいくらいのディスコ状態にして朝に何事もなかったかのごとく去ったり、魔法と言ってもあまり使い勝手が良くないらしい。


「うーん。もうちょっと現状把握してからかな」


 逃亡はまだ早い。 ヘーカから頂いたお金は現在若様が管理している。一部は本日の服に消えていったが、銅の他に金や銀の輝きもちらっと見えたし、それなりに重そうに見えた。 渡してと言ったら素直に渡してくれるだろうか。


 旦那を見つけ出して、日本に帰る方法見つけて……


 (うーん逃亡計画をこのノートに書き留めるとしても、ばれるのはまずい)


 インク壷つきの携帯筆記用具を取り出す。って棒の乾燥した草の茎を斜めにカットしたものが出てきた。


(確か日本にも似たようなものがあったのよね。鉛筆やボールペンだったら、使いやすいのに。うう、下手な字が余計下手に)


 割と細く書ける。


 1ページ目にとりあえず自分の名前を書いて、隣に『王様の馬鹿』と書く。


「で、問題はこれどうするかよね。」


 ほぅ~とため息を付いて、娘の髪を見る。

 この髪飾りは、頭を洗う程度では飛んでいかなかった。


(勝手に人様の家漁ることはしたくないんだけれど)


 棚にあるペン立てのようなものを漁るとはさみが出てきた。


 寝ている娘の髪のそろりと持ち上げる。


「ちょこっと切るくらい大丈夫よね 」


 一度、娘の前髪をちょっとだけ(・・・・・)がたがたに切ってしまって以来、切らせてもらえない。 

 現在は、旦那に切ってもらっているか、理髪店で切るのがほとんどだ。


 蝋燭一本だけの上、寝返りを打ったりしたり、急に目を覚ましたりしたら危ない。


(やっぱりやめておこう)


「寝たか、って」

「え? いった!!」


 若様が目を剥いて由香里の腕を乱暴に捻り揚げ、彼女は突然の痛みに悲鳴を上げた。


「早まるな」

「ちょ、違うから! 放して! 虫の付いた髪の毛を切ろうとしただけよ」


 若様のこわばった表情がほどけて、ため息が漏れた。

 今、由香里がぐっさりやったら、絨毯が大変なことになるだろうし、警察じゃなくて騎士団が来るだろう。 科学捜査がなさそうなこの世界で、人様の家で心中するなんて、恩をあだで返すようなものだし、そもそも娘と心中するつもりもない。

 大体、この高級そうなペルシャ絨毯(?)の上に血をぶちまけるなんてもってのほかだ。

 由香里は放された腕をさすった。 鋏はすでに彼の手に移っている。


「型ついたじゃない」


 はさみを握っていたほうの手首にはくっきり赤い手形が付いている。


「悪かった。切ればいいのか?」


 ふわり、と光の玉が一つ現れ部屋全体を照らす。

 彼は娘のさらさらの髪をそろりと持ち上げ、昆虫の足が掴んでいる髪だけを切り……


「あ、逃げた」


 黄金虫が作り物とは見えない細い足をちょこちょこ動かして、若様の魔の手から逃れた。


「仕方がない。明日にでも切ろう」


「二人で(・・・)何をしていたのですか?」


「わ、急に現れないでよ。でも、ちょうど良かった」


 どこか棘がちらちら見え隠れするリズは少々怖かったが、こちらは何も悪くは……彼女からすれば他人二人泊めるのは大迷惑なのは分かる。 


(私だって他人がいきなり泊めてくれって言ったら怒るわよ。でも、苦情は『ヘーカ様』に言って!)


「一応確認するけれど読める?」


 腹立たしさを隠しながら、ノートの最初のページを広げ、二人に見せる。

 小さな光の玉がまるで意思を持ったようにノートに近づいて文字を照らす。

 子爵って言うくらいだから、この国の識字率が低かろうが、文字ぐらい読めるだろう。


「「……」」


若様は突き出されたノートを難しい顔で見つめる。

 若様が眉間に皺をよせ、なんとか読もうとしている間に、ノートを横から覗き込んでいたリズがすっぱり答える。


「読めませんね。なんて書いてあるのですか?」


「私の名前と今日のこと」


 さすがに『王様の馬鹿』と書きましたなんて素直に言えない。ぼかした答えに彼女は「そうですか」とあっさり納得した。

 とっさにしては、上手にぼかせた。 


 言葉が通じるのだから、もしかしたら文字も読めるかもしれないと思っていたのだが、


「ついでに、この国の文字ここに書いてくれる?」


 文字がさらさらと書かれる。読めない。全く読めない。


「上が通商で使われる国際語で、下がこの国の言葉だ」


 親切に国際語だか、共通語だかまで書いてくれるのはありがたいけれど、一文字も読めない。 

 書かれた文字はアラビア語とアルファベットどちらにも似ていているようでどれとも違う。

 漢字やヒエログリフな感じはしないし、フェニキア文字はもっとカクカクしていたような気もする。


「読解チートは無いのね。じゃあ、おや――」


 由香里はため息をついて、肩を落とした。疲れを感じた途端、あくびが漏れたので、二人に就寝の挨拶をしてさっさと寝ようとしたのだがー―


「じゃあ、今後について話合おう」



小カザルの賜物……魚醤っぽい何か。


ソイソースとソイビーンズペーストはどこでしょうね?

交易都市ですから、探せば似たようなのがあるかもしれませんが、たぶん結構高い。


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