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服屋マリマリ

 今、由香里たちは日の落ち始めた大通りを歩いている。


「はあ~。なぜ私。というか、魔王を倒したいなら、原潜持って来い!」


 普段の由香里は平和を愛する一般人だ。自分に火の粉がかかって来なければ。


「ママ。なんか怖いこと言ってない?」

「まだ、ぐだぐだ言っているのか。勇者になってしまったものは仕方がないだろう」

「そういえば、なんで私が勇者だって分かったの?」


 昨日から、バカみたいに『何で』を連呼しているが、疑問はさっさと解消するに限る。


「昨日の日食は王宮で異世界から勇者を召喚する儀式を行っていた。 一般的な公表はしなかったが、騎士連中には一応の警備強化通達は流れていた。まあ大半の騎士は無理だろうと思っていたな。 俺なんて夕方からの出勤にしていたくらいだ」


「夕方からの出勤なのに昼間にあんな所で……リズさん大切にしなきゃダメよ」


「リズは恋人でもなんでもないから。出勤前に軽く運動がてら巡回していたら、たまたま変な格好の婦女子が目に入ったから声をかけただけだ」

「……変な格好」


 かなりかちんときたが、そんなことはこの世界に来てからずっとだ。


「珍しい黒の髪に黒の瞳。ついでに着ている服も違和感がある。話すことも時々『デンワ』とか『デンンキ』とか……この国の人々が知らない言葉が混じる。十分だろ」


 そう言って、布がうずたかく積まれた店にたどり着いた。看板代わりにカラフルな服を着たマネキンも置かれている。


「ここは?」


「布がメインで、服の販売もしているな。後は古着の買取や、修繕とか。昨日はどたばたしていたから最低限のものしか買わなかったろう」


 布の合間から女の子がひょっこり姿を現す。

 

「らっしゃっ、うわぁ、真っ黒」


 元気良く挨拶しかけて失礼な 淡いピンクの髪に褐色の肌の15歳くらいの少女だ。

 彼女はくりくりした目を大きく見開いたかと思うと、瞬く間に由香里に近づいて、髪をぺたぺた触りだす。

 女の子から逃れようとするが、一足遅く女の子が髪を一房掴んで笑った。


(髪を一房掴んで微笑むシュチュは王子様だけに許されるのよ!)


 いや、自分がオウジサマに見初められるヒロインなんてことはありえない。だいたい王子様ってだけでめんどくさそうだ。 それよりか富豪のお爺さんの10番目くらいの奥さんでも良いから自分が自由に使えるお金があるほうが……。

 いやいや、遠くの石油王より、家庭の平穏だ。


「悪気は無いんだ。ただ珍しいだけで」

「この黒い糸売って!」

「は?」

「こら」


「すっごく綺麗で、すごっくまっすぐだし。だいじょーぶ。痛くしないから」


(昨日から、髪を褒められると碌なことないな)


 髪を褒められるのは嬉しい。特に自分よりか若い女の子に褒められるとなお嬉しい。ただし、目をらんらんと輝かせて裁ちばさみを持っていなければ。


「ちょっと! これどういうこと」


 若様に助けを求めるが。


「ちょっと新しい素材に目をつけるとすぐこれだ」   

「ちょ、天を仰いでいる暇があったら助けなさい!」


 そう言っている間にも女の子はねっとりとした笑顔で間合いを一歩詰めた。


「髪なんてすぐ生えてくるんだからさぁ。千、いや万出すから、一本残らずちょーだい」

「できるかー!!」


「マリマリ」


「たいちょーの貝殻、お隣の国でバカ売れですよ~」


 ぐいっと若様は彼女の襟首を持ちあげ、


「別に『俺の』じゃない。お前が『アイディアがなければ、明日喰うにも困る』って泣きついてきたから仕方なく――」


「まずいこと言われたくなければ、しょーばいの邪魔しないで下さいね」


 (いや、結構、丸聞こえなんだけれど)


「駄目なものはダメです!!」


「じゃあ、そっちのかわいい女の子にお願いしようかなぁ~」

「ひっ」


 由香里が拒否すれば、当然次のターゲットは娘だ。

 夏用仕様で髪を梳いているとはいえ、背中半分まで伸びている。

 母親よりか艶やかな髪はさぞかし魅力的に映っていることだろう。


「余計にあかんでしょう! というかあんた警察なんでしょ? しっかり取り締まってください。この変態を!」


 ぐいぐいと若様を引っ張ると若様はため息を付いて、女の子に硬貨らしきものを数枚握らせた。


「彼女たちは『客』だ。適当にスカーフを見繕ってくれ」

 

 そういえば、街の女性の大半は何か頭部を飾るものを着用していた。それは花飾りだったり、サークレットだったり、薄いベールだったり。一番多いのはスカーフだ。

 目の前の女の子もピンクの矢車菊を万華鏡のようにちりばめたスカーフを頭にかぶっている。

 男の人も女性よりか数が少ないが布を頭に巻いている人が多い。

 昨日は色々ありすぎて、気にも留めなかったけれど。


「ちっ」


「あ。今舌打ちした」


「なんでもないよ~ん。さくさく決めちゃって改めて交渉しよう」


「しないからね!」


「こっちこっち」


 手招きされるまま、店に一歩足を踏み入れる。


「布関係なら何でも相談に乗ってくれるから」


 若様は中に入るつもりはないらしい。


 娘は真っ暗な洞窟にでも入るように由香里のスカートを掴み、びくびくと店内を見回している。

 

 さまざまな色合いの布の山や布のすだれを掻き分けて中に入るといろいろな服がずらずらと並べられていた。

 凝ったものではなく、簡素なワンピースだ。その服と同じ柄のスカーフや、端切れを合わせたスカーフなど、ボタンや、針、端切れの山なども並べられている。


「手芸用品も置いているのね」


 奥は左右で仕切られていて、由香里たちがいるほうには女性用のインナー類と思われるものが並べられている。


「布関係なら何でもするよ。古着のリメイクとか、服の作り方教えるとか」

「ふーん」 

 

 薄紅色の生地に桜の柄が白抜きされたスカーフと、青の生地に朝顔の柄が白抜きされたスカーフを選ぶ。


「同じ柄のワンピも確か奥にあったはずだけれど、買う? うちにおいてあるの腰のところ紐で締めるタイプだから、ウエストとか関係ないし」


「一言多いです」


 ちょっと横に肉がはみ出しているが、同年代の女性とそう変わらないはずだ。

 これは、スカーフであると同時に柄見本というわけだ。

 

「いや、どちらかと言うと子供服が欲しいんだけれど」


 と、ふと店の奥、居住スペースに目を向けた。


「あーっ! 私のパジャマ」


 昨日ぼろぼろになって、遺失物倉庫の隅で着替えたパジャマがハンガーに掛けられていた。

 

「もしかして、昨日リズちゃんが持ってきた変わった服の持ち主? ぼたんは透明で綺麗な彫りで、染めもすごく鮮やかだし。中身はどんなの?」


「中身って……ちょ」


「うわ、すごい。すっごい! このひらひら、レース、この刺繍の糸きらきら光っている。これ何!?」

「たぶん化繊。じゃなくって頼むから大声で言わないで!」

「おばさんの方が声が大きいよ~」


「あー俺、そこらで、夕飯のおかず買っておくから」


「置いてかないでー」


 ◇


「つっかれたー」


「はは、だが行ってよかっただろう?」


 若様が由香里の手にある巾着袋に視線を落とす。

 マリマリが手渡してくれたスカーフと同じ朝顔柄の巾着袋には綺麗に洗ったパジャマやあの店で買った諸々が詰め込まれていた。

 服の中身は本当に替えがなくて困っていたところだ。手縫いしようかと思っていたけれどささっと縫ってくれたし、ちょっとぶかぶかだった子供服も丁度良いサイズの物を選んでくれた。


「そうですね」


 確かに助かった。助かったが。


 (あの危険人物の前に母娘を置き去りにしておいてぇ~)


 めいいっぱい笑顔で返すと、彼はなーんにも気づかずに朗らかに笑みを返した。


「遅くなった。早く帰ろう」


 この世界では、蛍光灯なんてないので、日が落ちる前にはご飯を食べ終わるのだ。

 リズはさぞ怒っていることだろう。


マリマリ……最初はジャスミンにしようかと思ったけれど、書いているうちに『ジャスミン』から程遠くなってしまいました。 ジャスミン→茉莉→マリ→マリマリ な感じで。

再登場? そのうち? 


スカーフ関係……夏頃は頭部を直射日光から守るためと他の理由で着用していることが特に多い。

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