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白の山と黒の海

  

 王城を出る直前、若様は「先に行って出入り口でしばらく待つように」と言った。

 昼過ぎに王城に到着して、もうすっかり日も傾いている。


「はぁ~」

 

 娘は黄金虫の髪飾りを結構気に入ったのか、それとも気になって仕方がないだけなのか、黄金虫の背を指で撫でている。

 本物の虫じゃないかと思うほどの精巧な作りの髪飾りは、時々迷惑そうに移動する。

 

(まあ、中の薄羽は繊細そうな作りだったし。そう言えば、ファンタジーっぽいのって、この髪飾りだけよね。私のカウリーとやらは全く動かないし)


 胸元から水晶のペンダントを取り出し、ためつ眇めつ眺める。

 何度見ても特に変わったところのないペンダントだ。


 それにしても、わざわざ異世界から呼びつけておいて、歓迎の宴を開くとか、勇者に王宮に留めるとか、贅沢三昧できるとか、そう言った雰囲気ではない。

 

 (王城に住めって言われても全力で拒否するけれど)


 そこに若様が追いついてくる。ほんの二・三分ほどの用事なら、わざわざ離れなくてもいいのに。


「待たせたな」

「どうしたの?」


 少なくともあの王様よりかまだ信用できるようには見えるけれど、若様も由香里を召喚した国の人間だ。

 その上、騎士団と言うことは公務員だ。国の命令には従うだろう。

 自分たちのいないところで勝手な約束されたら困る。


「明日以降の演習場の使用許可を取っただけだ。わざわざ申請書を書くのも面倒だから」


「演習場で何するの?」

 

 若様はへーか様から賜った”アリガタイ刀”に触れて、


「剣は持てなくても、一つくらい使える武器があったほうがいい」

「つまり?」

「明日から特訓だ」

「おーのー」


 すがすがしい笑顔で少年漫画みたいなことを言われても、大のスポーツ嫌いの由香里には絶望しかもたらさない。

 ここは素早く話題を変えて現実逃避するに限る。


「魔の森とか白の山とか言われても、場所は具体的に分かるの?」


「副王の言っていた話以上のことは俺も知らない。

 後は魔獣を生み出したのは魔王とか。 実在も怪しいが」


「実在も怪しいって? どういうことよ! 」


 呼びつけといて魔王がいないって。それならさっさと帰して欲しい。


「魔の森には確かに魔獣は出るが……。ここからじゃ分かりにくい」


 連れてこられたのは城の四方に建てられた塔の一つ。

 塔の入り口には赤い軍服の兵士が立っている。


「デートかい?」

「いや、これは……この方々は外つ国からの客だ。景色を眺めたいとおっしゃっていて」


「これは失礼しました」  


  顔立ちや髪の色のせいか割と素直に納得してくれたのはよい。

 かといって敬礼されても困るのだが、こちらも会釈して、塔に上る。


「一般は立ち入り禁止なんだが、大きな戦争もない昨今では規律がゆるくなってきていて、騎士がついていたら入るのはほぼ自由だな」



「……白の山から真水を運んでくれる川も夏には細る。……お姫様だっこでもしようか?」

「げ、げっこうです」


 若様は階段を上りながらこの国の説明をしてくれているが、汗だくになりながら階段を上っている由香里の耳は半分以上聞き流している。


 声と足ががたついているのを見かねて若様が小さな洋梨型の水筒を渡してくれる。

 柑橘類のさわやかな香りのするスポーツドリンク風味の水はとても飲みやすかった。


「娘の方もさっき出されたジュースだけでは足りないだろう」

 

「ここあ。あなたもちゃんと飲んでおきなさい」

 

 数段先を進んでいた娘は引き返して残り全部を飲んだ。


「次から、喉が渇いたら我慢せずにちゃんと言うんだぞ」

「うん」


 娘は頷いて、元気良く駆け上がって行った。

 

「君が気をつけなければならないことだろう。ただでさえ、環境変わって不安だろうに。」


 むか。

 

「こんな状況に放り込んだのはあんた達でしょ!?」


 確かに、娘の言葉数が減っている。でも、振り返ればちゃんと笑顔を返してくる。

 

「拉致したことは申し訳なく思っている。愚痴はいくらでも聴いてやるし、俺が手伝えることは何でもする。拉致した側が言うことではないが、娘のことは君が気をつけなければな」


 若様は由香里の頭に手を伸ばすが、段差のため届かないと判断して途中まで延ばした手を引っ込めた。


 分かっている。ちっとも不安を表にだしていなくて、にこにこ笑っているからと言って、何も感じていないわけじゃない。 娘の姿に微妙な違和感を感じてはいても、こちらから突くのは怖い。

 この状況をどう説明すれば娘が納得するのか。「パパは?」と聞かれたらどう答えて良いのか。

 それなのに由香里が拉致した側の若様に慰められるなんて。

 

「いや。そこまでしてもらうのは。仕事もあるでしょうし。

でも、ありがと。夫がどこほっつき歩いているか分からない間くらいはしっかりしないと」


 (召喚した側の責任として衣食住は何とかしてもらうとしても、私の心のケアまではお世話になる必要はない)


 少しの間を置いて、彼は呟いた。

 

「後、もう少しだ」


 

「はーひーふー」


「ママー、大丈夫?」


「ちょ……と待って。ぜーはー」


(この塔何階分あるのよ)


 マンションの上り下りでもエレベーターを使っているのに、今更塔を昇るなんて。


 階段の出口を見上げれば、大きな鐘が付いている。


「わあ真っ白」


 塔のてっぺんにたどり着いた娘が感嘆の声を上げる。

 由香里は震える足に力を入れて残りの段を一気に上りきった。


「ふぅおー」


 綺麗だ。

 この塔からは町を、その先の景色を見渡せる。砂の大地には森から川と幾筋かの点線が伸びており、川の付近、もしくは点線が交わってくる ぽつぽつと村と緑が点在している。広がる森の向こう、澄んだ青空の下くっきりと真っ白な山々が佇んでいる。

 

 テレビではない生の自然が目の前に広がっているのだ。 胸の奥がどくどく波打つ。


(近所じゃ、空気のせいか霞んではっきり見えないものね。って見とれている場合じゃない!)


「あれは山じゃなくて山脈よ!あんなのを子供に登らせるつもり!?あの山脈のどこらへんに居そうかくらいは分かっているの!?」


「いやまったく」


 娘が景色を見やすいように、抱き上げていた若様の無情の一言。

 あまりにひどい。ひどすぎる。登山の経験なんて学校の冬山登山以来だ。


「今は春? 夏? それとも四季って無いの?」

「夏だが」

 

 この国は、蒸し暑くは有るが風が吹く分、日本の夏よりか幾分かマシだ。肝心の風は少しべたつく上、磯の香りがするが。 


「夏なのに裾野近くまで、雪に覆われているってことは富士山よりか高いんじゃないの? それとも年間平均気温が低くて雪があまり溶けないとか?」


 どちらにしろ、相当高い山だ。というか遭難する。


「ゲームだったら中盤で飛空挺や気球を手に入れたりするんだけれど」


「そんなものはー」


「そんな都合の良いものはないか。持ってたとしても終盤で奇襲を受けて山腹に墜落ってのが定番よねぇ」


「俺は魔王なんてものはいないと思っている」


 若様の言葉に由香里は振り返った。


「じゃあ、消えた軍隊ってのは」

「さあ、遭難したんじゃないか」


「そーなんだ?  じゃあ、なんで私らを呼んだの?」


 呼ぶ必要がないならさっさと帰して欲しい。


「水を得る目的と道を開く目的で呼んだんじゃないか。

 この国は、他国を通らずにセリカに行くことは出来ない」

「セリカ?」


「東の大国だな」

「え、でも……」


 この街を挟んで山の反対側には紺の海が広がっている。


「海があるなら少々無理してでも海路を通れば? 遠回りになっても大きな船を使えば損にならないんじゃないの?」

 

 人件費かかるだろうし、海賊とか、海難事故を心配しなければならないかもしれないが、登山の知識も経験もない女子供を山に放り込むよりか、ずっとマシだろう。


「あれは湖だ」


 磯の臭いがするからてっきり海だと思った。

 それなら、水不足ということはないと思うのだが。


「琵琶湖くらいのサイズはあるんじゃないの?」


 いや、琵琶湖は行ったことはないし、全く詳しくもないのだが。


「あそこに湾の入り口がうっすら見えるだろう。あれが大カザル湖と小カザル湖の境目だ。」

 

 言われて目を細めて見つめてみると、砂が体積しているのかうっすら境界が見えた。


「小カザルは塩分濃度が高すぎて、魚すら棲めない塩湖だ。あの湾口の先も塩湖だが魚がいる。

 細い入り口から小カザルに魚が流れ込んでくるが、すぐ死ぬ。大カザルの北は山から川が幾筋も流れていて淡水魚もいるらしいのにな」


 小カザル湖の先を見つめる横顔は悔しさと羨望が入り混じっていた。


「つまり、同じ塩湖でも塩分濃度が違うってこと?」

「ああ」


 たまに磯の香りというには生臭い臭いが風に乗って漂ってきているのは、小カザルでお亡くなりになった魚の臭いというわけだ。


「あの境が実質的な領海線になっていて、国境もあの境界をまっすぐ延ばして引かれている。

あの国境近くには村が点在していて、大カザル側の人間にはこの国の塩と黒のスープを売って、小カザルの我々には新鮮な野菜と魚を高値で売りつけるというわけだ」


「ああ、この付近は塩害のせいで野菜もろくに育てられないってわけね」


「その代わり、夏の時期には湖岸に岩塩がごろごろ落ちているがな」


「つまり住み心地イマイチで他国に攻め入る力のない小国が新しい道を作って交易で活路を――」

「人様の国をこき下ろすのは感心しないな。森の側から幾筋も地下水路(カナート)を引いて――」


「わかさま」


娘が青ざめた顔で若様のズボンを引っ張った。


「うん?」


 どこか体調を崩しているのか、ちょっと生臭い潮風にやられたのか、


「おといーー」


 娘が全部言い切る前に彼は、静かに抱え上げ、ほとんど揺らすことなく、滑り台を降りるように階段をすべり下りて行った。


「おぉ。ファンタジーっぽいもの、パート2」 


 感心している場合ではない。

 置いていきぼりを食らった由香里は小窓から漏れる光を頼りに薄暗い階段を踏み外さないようにゆっくり塔を降り始めた。 


「まあ、あれだけ飲んじゃえばね」


 昇りは心臓ばくばくして、小窓に気づく余裕もなかった。良く見れば、小窓の側のくぼみには蝋燭立てが備えつけられている。


(太陽の位置確認する限りでは、山は東側で、海は西側。

小窓にガラスや雨戸付いていないけれど、雨吹き込まないのかしら)


 塔を降りきった所ではすっきりした顔の娘と若様が待っていた。


「あんな便利なものがあるなら、最初から使ってよ」


 あんな魔法があれば、わざわざ苦労して塔を昇らなくても良かったのだ。 一言くらい文句を言ってもいいだろう。


 「これも足腰を鍛える訓練の一環だ」


「はぁー」


 どっと疲れて 城門を出た。


 (この世界は本当に私に魔王を退治させようとしているのか)

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