国宝(カウリー)
王が退出した後、別の部屋に由香里たちは通された。
それぞれが席に着くとヨーグルトを入れたドライフルーツとナッツの小鉢とお茶が出された。
(グラノーラ的なものと……やっぱりヨーグルトははずせないのね)
嫌いではないのだが、三食ヨーグルトがつくのは……。
三個ばかり添えられている角砂糖を全部お茶に入れていると、さっそくお茶を飲んだ娘の顔が微妙にゆがんだ。
「変な味」
「え?」
(まさか毒?)
由香里は隣の若様に視線を向ける。若様が険しい顔で茶をすするが、すぐにほっとため息をついた。
「ああ、ミントか」
たっぷりミルクを入れた甘いミントティーは子供の口に合わなかったようだ。
監視の兵に、ミルクかジュース、それか水と注文をつけたら露骨に嫌な顔をされた。
が、文官が「代えを持ってくるよう」と言うと一人が敬礼して替えを取りに行った。
(えらい態度が違うじゃないの)
「何か質問はあるかな」
「なぜ、私たちが選ばれたの……ですか」
腹の立つ相手であるが、目上であることと兵士を横にしたがえていることを考慮して、最低限の丁寧語で話す。
「精霊の思し召しですな。他は」
向こうもこちらに合わせて、高圧的な態度を表面上は緩めた。
「私の夫がどこにいるか知りませんか? 私と同じ黒い髪の男の人。カズマと言います」
「さあ、知りませんな。他は?」
人のよさそうな笑みを浮かべているが、感情の伺えない平坦な声からはそれが真実かどうかなんて分からない。
他って言われても、王様に会うとは聞いていても、まさかゲームのように『魔王を倒せ』と命令されるとは思っていなかった。とっさに言葉が浮かばない。
「帰還の方法を確認しろ」
若様に小声で言われて、由香里は残っていた文官に尋ねる。
「あの、魔王を倒したとして、帰る方法はあるんでしょうか?」
「次は半年後ですな。三つ離れた国で。それも魔の森の先ですな」
文官にのんびり返される。
「半年って、学校はどうするのよ! つか、三つも離れたってどういうこと!?」
「ミニトマト枯れちゃう!」
それまで、わりと静かに成り行きを見守っていた娘も声をあげた。
娘の夏休みの宿題はミニトマトの観察で、今やっと実が色づき始めたところだ。
ベランダに置いていたので、煙に炙られている可能性大だ。
そりゃ心配だろうが、学校も事情を説明すればわかってくれるだろう。……たぶん。
「異界の門が開くのは、皆既日食の日。その時ここは夜明け前です」
当然、皆既日食は太陽が上がっていないと見えないわけで、
「おーのー」
「大丈夫。時間の心配は要らない。転移した同じ場所、同じ時間に戻して差し上げます」
「同じ場所……」
あの煙に包まれた夫の寝室に戻るのはまずい。
「それって、ちょっと過去に戻ることもできますか」
五分前に戻ることができたなら、娘と夫を連れて家から脱出できるし、もしかしたら爆発が起こる前に、隣人に声をかけて、爆発を防ぐこともできるかもしれない。
「時間の逆説が起こります。場所は少々動かせますが」
「タイムパラドックスってこと? 」
「良く聞き取れませんでしたが、おそらくそれでしょうな」
そもそも、爆発をとめられていたら、こんな所には来ていなかったかも知れない。
「他には無いですかな。」
「今のところは。それと今回のことを引き受ける代わりに、いくつか条件をつけさせていただいていいですか」
「可能な限り叶えましょう」
「今の私たちはいきなり召喚されて無一文です。必要経費+αを頂けないと何も出来ません」
何をするにしても、お金は大事だ。無一文だと、魔王退治の前に飢え死にしてしまう。
「分かりました。ご用意しましょう」
「それと携帯できるような筆記具とノートがあると便利なのですが」
このファンタジーっぽい世界で紙が高級品なら色々困る。
「そして、『ヤマザキ カズマ』を探してください」
この世界のことをわからないままどこかをさ迷っているかもしれない。
「はい。分かりました。探しましょう」
(すごい安請け合い)
由香里の要望は文官の頷き一つでほとんど通っている。
「……」
しばらく不自然な間が続く。
本当に夫を探す気なら、夫の詳しい特徴を尋ねるのではないだろうか。
「他に条件は?」
「では、魔王を倒すまでに必ずカズマを探し出してください」
「…………善処いたしましょう」
こちらの願いを叶えるつもりが無いのなら、多少無理難題をふっかけても構わないだろう。
「じゃあ、何か宝石くれますか? 帰ってから換金したいので」
別に完全に身一つでこちらに来たわけではない。ちゃんとパジャマは身に付けていた。
つまりは少なくとも身に付けられるものは世界の間を移動できると言うことになるはずだ。
もしあの火事が現実なら、部屋の中が煤だらけになっているはずだ。
もろもろ片付けるのにお金があるに越したことはない。
「成果に見合った報酬を要求するのは当然のことで……」
人のよさそうな笑みを浮かべて頷く文官の言葉に若様が割って入る。
「成功報酬ではなく、王家の至宝級……『カウリー』を今すぐにいくつか持ってきてくれ」
「ほう」
「王家の至宝級って、そんな換金に手間かかりそうなの嫌よ。 それにそんな重文級だか国宝級だかを盗るのは悪いわ。 流出した文化財を取り戻すたためにどれだけの時間と労力と費用がかかると思っているの?」
確かに、慰謝料をがっぽり貰うつもりだが、そんな大層なものを頂くわけにはいかない。
文化財は戦争等で破壊の危険があると言うなら一時的に他国で保管するのも仕方が無いが、基本的には自国で大切に扱われるべきものだと、由香里は思っている。
流出したから現代に残っている場合もあるが、流出品の所有者が素直に還してくれるとは限らない。
「遠慮するのは良くない。取れるところか取っておいたほうがいい」
若様がぼそぼそとさっきから助言してくれるのは助かるけれど。
「でも……必要経費は貰ったんだし、欲張るのは良くないわ。サスペンスで犯人をゆすり続けた人が灰皿で『ガツン』なんてことは良くあることでしょ」
それには文官は首を傾げる。
(私が持ち逃げする場合だってあるのだしね)
「交渉する前に譲歩してどうする。君が魔王を討ち果たせず、死んだ場合は娘は孤児になる可能性だって有る」
それは想像するだけで怖いことだ。
そんな可能性なんてこれっぽっちも考えなかった。
ただ、早くこんなくだらないまだ、自分はここが夢だと思っているのだ。
「残されたこの子が一人で魔王を倒せるはずが無いし、彼女も娘が死んだら使い物にならないだろう。
一人が死亡したら、計画は失敗と諦めて、残りを還してくれ。
その後は新たに勇者を召喚するなり、国で兵力を整えて魔王を打ち滅ぼすなり、好きにしたらいい。
まあ、今まで出来なかったからこんな女子供を召喚しているんだろうが」
若様は文官に向かって、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「分かった。シブ農園子爵、クラウス・メルケー。君の言い分を聞こう」
「良くご存知ですね」
目を細めた若様に文官はにこやかな笑顔を崩さず頷いた。
「親の名を使わずに平から隊長格に上り詰めたと聞いている」
「10年勤めていた割には、出世は遅いほうですよ。それに隊といっても実質一人小隊です」
「それは君が他の隊に罪人の親玉のように思われているからだろう。
採用試験の際、チェンジリングだと申告していれば、もう少し良い待遇が受けられただろうに」
「使えるものは罪人だろうと使えって言う考え方でね」
「どうだろう。勇者を見つけた功績とあわせて、団長格になって――」
「それだけ調べているんなら、俺が家を出た理由くらい調べているだろう?」
若様と文官、双方不気味に笑顔を浮かべて、会話を交わしている。このまま聞くのもおもしろそうだが、娘はすでにあくびを漏らしている。
「あの~。裏取引的なものは裏でやってくださると助かるんだけれど」
◇
ダイヤモンドにオパール、真珠、アメジストにエメラルド。
きらっきらの宝飾品を並べたクお盆が机に置かれた。お盆には宝石に瑕がつかないように柔らかなビロードが敷かれている。
若様は、その中から一二を争うほど地味な勾玉の首飾りを手に取った。この国は明らかに日本ではないのになぜ勾玉があるんだろう。
「これは神や精霊たちの加護があるお守りだ。ここに並んでいるのは半分が効果の無い偽物だろうが」
(つまりは、この中の半分は『スピード+1』とか『ちから+1』などの謎の力が宿っていると言うことね)
「言葉が過ぎますぞ。偉大なる魔術師グレイス・ターの刻印が! 」
と指差されたペリドットの指輪の裏には、
「うっわー。めっちゃ偽造簡単そう」
六芒星が刻まれているだけ?
「これ全部貰っていいの?」
どれが本物か偽物か判断付かないのなら、全部貰っておいたほうが手っ取り早い。
「身に付けるのは二つまでだな。三つ付けると効果に狂いが出ると言われているな」
つまりアクセサリー枠は二つまでってことだ。あるいは、たくさんの種類の薬を飲んだら副作用に気をつけなければならないのと同じなのかもしれない。
(まあ、ピアスなんてつけたことないし、イヤリングもずっとつけていると耳たぶ痛そうだし)
一瞬高そうなものを選ぼうかとも思ったが、実際に選んだのはデザインがシンプルで気に入った水晶の三日月型ペンダントと自分の誕生石のペリドットの指輪。
「さすが勇者様ですな。月食を模したこの形は、蘇りを意味します。」
「三日月じゃないの?」
「『チェンジリング』……異界と繋がる『月食』『日食』の日に生まれ亡くなった赤子の体に精霊の魂が宿り生き返ると言われ、転じて『復活』『再生』を意味します」
「ふーん。ただの水晶じゃないのね。これを使って生き返った例はあるの?」
「おそらくありませんな。そういうものは役目を終えたら砕け散るものですから」
「つまりは身代わり人形と同じってことね」
おーファンタジーすごい、と歓心していたら、若様がぼそりと
「『不老不死』や『再生』の効果を謳っているお守りは特に偽物が多い。」
「おじちゃん、私も選んでいい?」
「もちろんですぞ。聖女様」
「あ、アンモナイトだ」
恐竜や怪獣が大好きな娘は玉虫色に輝く小さなアンモナイトのペンダントを手に取った。
「な、なぜにそれ? もうちょっとかわいいのあるでしょ。あ、スカラベ?」
エジプトでは黄金虫をスカラベと呼んで、お守りのモチーフにするらしいが……。ふと興味を持って手に取ろうとすると……逃げた。
「持ち主にふさわしくなければ、当然 その黄金虫は逃げていきます。それに、あなた様はすでに二つのカウリーを手にしています」
そのスカラベはぶーんと羽音を立て、旋回して……、アンモナイトのペンダントを撫でていた娘の髪にダイブした。
「うっ。ママ、なんかぶつかった。蜂!?」
娘は、ぴたりと動きを止め、そっと目だけ上向かせる。
「大丈夫よ。とってあげるから」
由香里がスカラベを掴むが、スカラベは手足を器用に使って、がっちり髪にへばりついていて剥がれない。
「ママ、痛い」
「ちょっと、やだ。この虫髪食べている」
スカラベは娘の髪を草みたいに齧っている。
「えっ!?」
娘が涙目でスカラベに触れるが、スカラベは全く逃げない。
「いや大丈夫だ。噛んではいるが食べてはいない」
スカラベを取ろうとしている三人を他所に文官は微笑んだ。
「そのカウリーは聖女様を守るべき主に選んだのです」
「カウリーって」
「王家に伝わる、国を守る宝だな。 一番有名なカウリーは王冠や王錫と言ったものだ」
若様は最初に手に取った翡翠の勾玉で出来たペンダントとエメラルドの指輪をちゃっかり身に付けている。
「とりあえずは。あとそれぞれ一つづつ予備を貰っておこう。それと彼らに魔王のことを伝えてくれ。教えられるものならな」
「魔王は恐ろしく、誰も姿を見たことがありません。」
「何が苦手とか……正体は? 人とかドラゴンとか幽霊的な存在だったり……」
「不明です。先ほど申し上げたとおり、誰も」
「それでも、伝説のようなものは無いんですか?」
「魔の森の向こう、白の山に住んでいるとか。何百年か昔に魔王討伐に派兵された軍が一人残らず行方不明になったとか」
「俺でも知っていることだな。もうこれ以上は無駄だ。期限は半年もあるんだ。細かな条件の刷り合わせはまた後日と言うことでよろしいですか? 副王陛下」
黄金虫の髪飾り……常に心愛の髪をもそもそ噛んでいる。玉虫色に光る謎宝石(イメージ的にはアンモライト?)でできている。髪に櫛を入れる時は飛ぶ。ちょっと重い。
(黄金虫に襲われた話はほぼ実話。視覚外から急にすごい羽音を立てて突っ込んできて、避けたと思ったら髪の一部に妙な重みが。がっちり髪にくっついていました。)
スカラベ……コガネムシ科。ではあるから、そのまま黄金虫にしたけれど……。




