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謁見

 その日の朝も現実には戻っていなかった。


 朝と言っても日はそれなりに高い位置にある。どうやら若様は由香里たちを寝たいだけ寝かせてくれたようだ。

 まあ、一晩寝て、頭は随分すっきりした。




 イカの塩辛とチャーハンとヨーグルトと林檎とサラダという変わった取り合わせの朝食を摂った由香里と心愛は、城に連れて行かれた。


何度寝ても現実に戻れないのなら、もうこれは現実と諦めて対応していかないと、ひどい目に遭いかねない。


「ほ~」


 由香里と心愛は若様に連れられて、王城を訪れていた。

 若様は昨日は少し着崩していた服を一番上のボタンまでぴっしり留めている。


 青のモザイクで装飾された門を潜り抜けると、青の宮殿。宮殿の真ん中にはドームがある。


 綺麗に整えられた庭の真ん中には水路があり、等間隔に噴水が並んでいる。

 赤やピンク、黄色と色とりどりの花々が両脇に植えられて……


「でっかい。ここがお城? 

 ベルサイユやバッキンガムにはあんなモザイク張ってないだろうし、ノイバン何とかシュタイン城でもないし。青いタージマハルかアヤソフィア? 庭の真ん中に水路通しているところはタージマハルよね 」


 青のモザイクを張られた建物は確かに美しい。

 世界遺産に詳しいわけでもないがタージマハルはお墓だったような。


「大昔、この国は神の怒りを買い小カザルは黒く染まり魚が死滅した。それ以来城を青くして神の怒りを静めたんだそうだ」


 青の宮殿は見ているだけで涼やかだ。

 青は冷静さを促す視覚効果があるというが、神がそんなもので怒りを静めるのだろうか。


 王城の前には城を守るように四体の白い像が並んでいた。

 由香里は娘の手を握り、城の中に入った。


「中身は青くないのね」


 兵士に案内されながら、きょときょと回りを確認する。

 正確には建物の正面以外はあの青いタイルは張っていなかった。


 廊下の柱にはギリシャの女神が来ているような薄布を羽織った女性たちの絵が描かれている。

 それぞれ人魚だったり、炎の髪だったり、花輪をかぶっていたり、羽を生やしていたり……

 それぞれの特徴が現れている部分は絵の具で描いているのではなく、色ガラスを張っている。


「水に、炎、あれが木か土かな。それと風」

「良く分かるな」

「わざわざガラスで強調しているじゃない」

「それに楽しそうだ」


 若様のその言葉にはさすがにむっとした。


「そんなわけ無いじゃない」


 こんなわけの分からない所に連れてこられて、へらへら笑っていられるほど馬鹿ではない。


「でも、こういう歴史のあるものを見るのは好き」


 若様が一瞬柔らかい笑みを浮かべたが、案内の兵士が立ち止まると、表情を引き締めた。


「ここが謁見の間になる」


 そう言って通された広い部屋は……


 天井が恐ろしく高い。ドームは幾何学模様で装飾され、その中心にある色なしバラ窓からは透明な光が降り注いでいる。


 玉座の後ろ、二階部分からは精霊を題材にしたステンドグラスが四枚あり、それぞれ精霊を中心にさらに四分割されている。


「四コマ漫画みたい」


 それぞれの精霊を題材にした神話か御伽話だかだと思うが、物語を知らないと楽しみようが無い。


 ステンドグラスやら天井にこんな装飾を施していると、王の間と言うよりも宗教施設と言ったほうがいいかもしれない。

 少なくともキリスト教ではない。ステンドグラスは聖母マリア様にもましてやキリスト様にも見えない。


 王様と思われる玉座の男をぶっちぎり無視して、ステンドグラスやら天井やらを鑑賞していたら、咳払いが聞こえた。


「うぉっほん」


 ついにしびれを切らした王様が由香里たちを睨みつけた。王様のすぐそばには文官らしき人。王様とその文官を守るように両脇に兵士が立ち、睨みつけている。


(だって海外旅行なんてお金かかるは危ないわ、せっかく綺麗なもの見れるんなら見ておいた方がいいじゃないか)


「面をあげよ」

「上げてますけれど」


 そう言った途端、案内してくれた兵に怒鳴られた。


「さっさと(ひざまず)け」




「お断りします。私と娘が勇者と聖女とか普通に考えてありえないでしょ」


 偉そうな兵士に案内され、謁見の間という所で娘ともども跪かされ……


(て、ここって赤絨毯敷かれているけれど思いっきり土足じゃない!)


 良く見ると赤絨毯にはうっすらと靴跡のようなものが見える。

 時代劇のお白州に敷かれた(むしろ)の上だって、草履を脱ぐのに。


 地べたと変わらないところに座らされて、既に不機嫌になっていたところに、  


『お前は選ばれた勇者だ。聖女であるその娘と共に魔王を倒せ』


 なんて、ゲームだからおもしろいのであって、何の脈絡も無くこんなことを命令されて黙っていられない。


「それを魔王を倒しに行け? たった8歳の娘を連れて? そんなんよりか、軍隊引き連れて、魔王城をフルボッコしたほうがよっぽどましでしょ!」


 バッカじゃないの?と付け加えたかったが、さすがにそこまでは勇気がない。 


「魔王は異界より来たりし勇者の剣と勇者の血を引く者しか倒せぬのだ」


「だから、それ私らじゃないから。本当に警察と消費者生活センターと弁護士とBPOに訴え出ていいでしょうか? 」


 他にどこに相談すれば、取り合ってくれるだろうか。役所と児童相談所と娘の学校にも連絡入れないと。こんなのは問題を大きくしないと、泣き寝入りすることになりかねない。


「ほう。では、勇者で無いそなたらは不法入国者ということになるな。一生牢に繋がれるか、それとも一思いに死刑になるかどちらがいい?」


 話を全く聞かない国王が穏やかな顔で告げると、兵士の一人が腰から手錠を取り出し、由香里のそばに控えていた兵士が抜刀する。 アラビアンナイトに出てきそうな曲刀だ。


「陛下!?」


 由香里の横に付き添っていた若様が、庇うように身を乗り出す。


「……それは娘もと言う事でしょうか?」


 娘はまだなんかのアトラクションやドッキリと思っているのか、陛下を見てのんびり「おもしろいね」なんて言っている。


「当然二人ともだ」


 由香里が睨みつけたまま反論をしてこないのを見て、王は満足そうに頷いた。


「そなたに勇者の剣を授けよう」


 王から直々に賜った伝説の勇者の武器は、


「って、これって刀!?」


 どう見ても日本刀だった。


「抜いてみろ」


(抜いてみろって言われても)


 王様に言われては仕方がない。

 一度深呼吸だかため息だか分からない息を漏らした後、由香里は鞘から慎重に引き抜いた。

 ずっしりと重い。両手でしっかり柄を掴んでないと自分の足元に落としてしまいそうだ。


(出来るのは、刀の重さに任せて振り下ろすことくらいか。時代劇のような殺陣とか絶対むりだわ)


 錆一つない肉厚の刀身。波紋がぬらぬらと光っていて、魂が吸い寄せられる。これは長いこと手に持っていたらやばいものだ。


 ため息を漏らしそうになって、慌てて口を閉じる。


『勇者の剣』ではなく、『妖刀』と言った方がしっくり来る。


 銘を見れば村正と書かれているのだが、柄に隠れていて由香里は当然分からない。


「テレビで流し見しただけで、手入れの仕方なんて知りませんし、こんだけ綺麗なの血や脂で汚したらいけません」


 比較的平和な場所に生まれた由香里にとっては実用に耐えうるかよりも美術品としての価値に目がいく。

 別に目利きでもなんでもないのだが、それでもこの刀は妖しげな美しさを漂わせている。

 自身がこの刀を使いこなせるのなら、汚れる意味もあるかもしれない。

 だけれど使えもしないのに、買ったら何百万かもしれない、博物館展示レベルかも……もしかたら国宝レベルかもしれないものを汚すなんて、日本人として断じて許せん。


「娘と共に魔王退治に行きたいのなら、受け取っておけ。俺が剣の予備にする」


  若様が小声で告げる。

 別に魔王退治に行きたくは無いが、牢屋に行くのも嫌だ。


「同じ牢に入れられる保証も無い」


 そうだ。別々の牢に入れられたら、娘は牢の中で一人ぼっちにさせられるかもしれない。

 同室者がいても、その人は犯罪者の可能性が大。


「わたしママが一緒じゃないとイヤ」


 由香里は助けを求めるように、若様を見る。彼が小声で「魔王」と囁き、由香里を力づけるように頷いた。


 手が震える。


 まだ、確実に一緒にいられるほうを……。


「魔王を……倒します」


王様……主人公達に無理難題を押し付ける人。


小カザル……湖の名前。


カザル・シファ国……縮めてシファ国とも。東に小カザル湖、西に白の山がある。 塩湖からとれる塩と黒のスープ、入浴剤が有名。


シファ……カザル・シファ王都。位置的には文明・貿易の中継地点のはずだが、磯の香りがきついので、隊商はさっさと別の国に行ってしまう。


魔の森……カザル・シファの東にある森。森の向こうには『白の山』が見える。



お白州……実際は時代劇のイメージと色々違う模様。

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