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若様の家

「ただいま戻りました」


 リズが交番(?)に戻ってきた。


「わりと早く終わったな」


「小規模の店でしたから。希望者を集めると、誰がチクったって話になりますから、きっかり五分づつ、皆様と個別面談の時間を儲けました。数人は保護を求めています。違法取引は……一かご五万の卵です」


 小さな籠には卵が10個近く入れられていた。彼女はその中の一個を取り出すと若様に渡した。

 

 若様が受け取った卵をしげしげ見つめ、巨漢にも持たせる。

 割ると乾燥した葉が詰まっていた。真ん中には丸っこいポピーの実に良く似たものが。

 巨漢Dが一枚持って匂いを嗅ぐ。

 

「”天国の実”と”天国の葉”ですな」


 天国の実、ね。 ポピー畑にたまに混じっちゃって騒ぎになるものだったりするのだろうか。


(とりあえず、娘のいないところで検分して欲しいわ)


 巨漢Aが椀を持ってきて別の卵を割ると普通に白身と黄身が出てきた。


「良く見れば細工は分かるし、持てば違和感もあるが。朝市の客に紛れ込ませて……卵を割って取り締まりってわけにもいかないだろうが、第三部隊に高級卵を持っていってくれ。シルドは追加で『お話部屋』に入ってくれ」

「「へい」」


 Dは立ちあがり外へ出て、Bは奥の部屋に消えていく。

 つまりは、高級卵は一個だけで、後はダミー(というか本物の卵)と言うわけである。


 察するに、あの大通りは朝市が立つのだろう。

 卵を片っ端から割って回れば早いが、主婦はワンパック98円の卵を求めて、タイムセールスと言う戦場に赴くのだ。その戦利品を割ろうなんて許されるわけが無い。


 奥から怒鳴り声が響く。 出来れば娘には聞かせたくない言葉も聞こえる。


「で、残る問題は……」


 彼らは由香里親子に目を向ける。


 リズが、一枚の紙を若様に渡すと、若様はその紙を見た途端すっと目を細め「失敗……か。まあそうだろうな」と呟いた。

 リズは、リズで親子をちらっと見た後、冷たい声で言った。


「普通の迷子ではないのですから、杓子定規に仕事をする必要はありません。その人が何者かなんて、聞くだけ無駄です。答えは出てるのですから」

「そうだな」


 若様はため息をついた。


「陛下に会ってもらう」

「ヘーカ?」


 (ヘーカって陛下よね)


「沿道で旗を振るんですか?」


 ワイドショーで、各国の賓客の車に沿道の人々が手や小旗を振る姿はちらちら流れていたりするが、平時ならまだしも、外国の王様眺めて喜ぶ余裕はない。


「違う違う。」


「でも……」


 王様に会う前に現状の確認をしなければならない。

 夫はあの爆発の後、どうなってしまったのだろう。


「でも、その前にそのすすけた寝巻きを着替えてもらわないとならないな」



「靴脱いで。スリッパは子供用は無いんだ。でかいので我慢してくれ」


 日本の家と同じで靴を脱ぐようで玄関部分を除いて絨毯が敷き詰められていた。絨毯は色々な模様が織り込まれたペルシャ絨毯のようだ。

 

 若様が大人用のスリッパの予備を二つ出してくれた。


「伯爵家の次男というわりには……」


 家のサイズがしょぼい。電話やテレビと言った家電製品はない。ついでに照明のスイッチもない。

 家具や壁紙で隠しているのだろうか。


 レンガ造りで白い窓、二階建ての集合住宅的もので、二階まで使える代わりに幅は狭い。


 由香里の推測は、『夢』と『ドッキリ』の間で今もぐらぐらと揺れいている。東京ドーム数個分のスタジオに50人ぐらいのエキストラ。今のテレビ局の製作費で予算は降りるのだろうか。


「財産の分散を防ぐために、次男以降はほとんど財産は渡されない。二人暮らしには丁度いい大きさだ。リズがすぐに風呂を沸かしてくれる」


 由香里は詰め所に長期保管されている服(落し物)をありがたく拝借することにした。


 落し物は、持ち主が現われればお返しし、現れなければ半年間保管のあと拾得者に渡す。

 大体、日本の法律と同じだが、拾得者が受け取りを拒否したり、拾得者と一ヶ月間連絡が取れなければ、詰め所の備品になったり、巨漢たちに支給される。あまりに高価な貴金属はさらに半年待って、詰め所のみんなで山分けだそうだ。


 さすがに子供服の落し物は無かったらしく、娘はクラウスの家に着くまでびしょびしょのぼろぼろの服だった。


「リズさんって、奥様ですか?」


 そのリズは子供用と婦人用と思われる服一式を買ってくれた。だが、リズが時々こちらを探るような睨むような目をしてくるのが気になる。結局、まだ人の話を聞いてくれる若様にばかり声をかけてしまう。

 

「いや」 


『若様』って呼んでいたから、妹ではない。

 二人暮らし、つまりは恋人ということだろうか。


「ああ、すみません。お邪魔して……」

「いや」


 クラウスはすごく不機嫌そうだ。なぜ、途端に機嫌が急降下した?


 ああ、そうか。恋人がいるのなら、他の女が家に入るのは、避けたいところだろう。

 だから、子持ちの人妻に余計な心配しなくてもいいのよ、と言う意味を込めて、リズににっこり微笑んだのだが……彼女にすさまじい形相で睨まれてしまった。


「おーのー」


 お見合いの世話を焼くおばちゃんの顔ではなく、本妻に余裕の笑みを向ける愛人の顔に見えているようだ。

 まあ、彼女の目が光っているなら、この家に泊まっても、安全だろう。

 こちらとしても年下筋肉には興味が無い。


「好きだろう? 酒。一口飲めば落ち着く」

「酒飲みではありません」 


 週に一度、夫に付き合ってほんの一口、二口飲む程度だ。

 クラウスは小さなコップにいれ、水で割ってくれた。


 あまり濃いのは飲めないからありがたい。一口飲む。梅酒みたいな果実酒だ。

 それからちょっとぱさぱさなパンを食べる。


 やはり疲れていたのだろう。少し眠たくなってきた。 少しだけ……


「……カズマ」


 (おっと)が、娘を風呂にいれてくれようと……


「ほら、早く脱いで」


「ちょいまちぃいー!」

 

 さわやか筋肉系の彼が幼女を風呂に連れて行き、ナチュラルに娘のパジャマのボタンに手をかけている。 由香里は変態を大声で静止し、娘を彼から引き離す勢いで抱きしめた。

 

「いくら小学生とはいえ、女の子なんですから」

「すまない。つい……」


「つい!? あんたはロリコンですか!? 変態ですか!?」


 言っちまった。

 

「暴言は謹んでもらいます」

「普通だったら警察呼んでいるところですよ!」

「侮辱罪で死刑にしますよ」


 そういってリズは、由香里の首筋にどこからか取り出したナイフを触れさせた。

 疲れ果てて精神状態がおかしくなっているせいだろうか、本来なら悲鳴を上げたり息を呑むところなのに、睨み返してしまった。


「おい。やめろ」


 どうやらこの“世界”はがっつがつの身分制度がはびこっている設定のようだ。

 でも、伯爵だろーが、公爵だろうが、悪いものは悪い。

  

「ママなんで怒ってるの?」

「お願い。ちょっと休ませて。何がなんだか、訳分からないし。」


 娘の不思議そうな娘に説教する気力も残されていない。


「風呂は? 風邪引くぞ。ここが」


 激しい睡魔と戦いながら、風呂をざっと確認する。

 別に蒸し風呂とか五右衛門風呂とか、使い方不明の風呂ではない。大きな桶というか(たらい)にお湯が張られている。蛇口らしいものはない。


 つまりは、由香里が付いていなくても大丈夫だ。


(もう寝てもいいんだ。)


「ちょっ、そこで寝るな」

「……ここで寝る」


 唐草模様、五弁の花、朝顔、紅葉、雪の結晶、花火。


 目の前が真っ暗になる。


 やっと寝られる。夢から目覚められる。



 テレビの音で、目覚める。テレビでは朝のニュースが流れている。掛け時計を確認し、テレビの時間に目を向けた。

 

 掛け時計は六時。テレビの時間は……


「10時!?」


「会社完全に遅刻……」


 とっちらかった机。夫は妻を寝かしたまま会社に行ったのだろうか。インスタントの味噌汁は飲んだようだ。

 

「起こしてくれればいいのに」


 時間が無くても、目玉焼きとハム、サラダくらいは出すのに。

 ため息を付く。せめて「いってらっしゃい」くらい言えば良かった。

 

 ◇


 目覚めると、夕方だった。


(......。夢、なの?)


 いつもよりも随分早い夕飯には、ワンタン麺とヨーグルトとりんごが出てきた。

 なにかが激しく違うような気がしたが、もうなにも突っ込むまいと決め食事を機械的に口に入れた。


 ぼんやりとした頭でもお世話になっているんだからという意識は働き、「皿洗いします」って申し出たけれど、リズに台所は自分の聖域だと言わんばかりに険のある顔で短く「お断りします」と言われてしまった。


「結局、ここで寝るのね」


 結局、敷布が敷かれ、毛布を渡されたところは、一階の絨毯の上だった。

 まあ、床にはふかふかの絨毯が敷かれているから、寝ても痛くなかったのだが。


「狭くて悪かったな。一応子供くらいはリズのベッドに入る」


 若様の言葉に娘が、ぎゅっと由香里の手を握り、首を振った。

 

 ◇


 日が落ちたらさっさと寝るのが、ここらへんの習慣のようだ。”設定”では電気が無いことになっているのだろうし。


 七つの鐘が遠くで鳴る頃にはすっかり日が落ちていた。


 夜間移動用に渡された燭台に火をつける。 火を見るとあの(・・)炎を思い出した。

 

 ドッキリ用の小型カメラをこっそり探すが、見当たらない。


「……カズマ。大丈夫よね」


 震える声で囁く。


 こんなことが起こるわけがない。火事も、この珍妙な世界も夢だ。


 壁を舐める炎も、黒い煙も、プラスチックの溶けたような臭いも、全部あまりにリアルだった。

最悪、彼が亡くなっているのなら、葬式だけは自分たちの手であげたい。


「パパ? 」


「ん?」


「パパ、だよ。……だって、うさちゃんりんごくれたもの」


 ウサギ林檎をくれる人は、パパか? あの筋肉おっさんが? 

 

 確かにカズマはよくデザートとにうさぎのりんごを切って、娘に喜ばれていた。パパの存在価値って、小学二年にもなって、それはダメだろう。


「馬鹿な事言ってないで早く寝なさい」

やっと一日目終了。

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