宿 『明月楼』
「『明月楼』普通に漢字よね?」
由香里は看板を読んで首をかしげる。知恵の指輪をはずしても、やはり漢字だ。この世界にも漢字はあるようだ。
広場で食事をごちそうになったあと案内された『明月楼』は、由香里達の他は客の気配はなかった。
一階は奇っ怪な像が多数飾られていた。
「そこら辺に飾られているのは神像、仏像、地蔵の類いですから、あまりいじくらないでください」
腰かけて景色を眺めるにはちょうど良い窪み。
普通にステンドグラス、十字架や五芒星、エジプト十字、幾何学が天井や壁を埋め尽くしていて、灯籠には昼間だと言うのに煌々と灯りが灯っている。
一階は宗教のごった煮状態になっているようだ。
「一番頑丈で立派な建物なんで、集会場になっているんです。」
「あそこだけがっつり壁と扉で囲われているのは?」
「南の方の豊穣の神様の像でして・・・」
「うっほ、すっげ」
「こら勝手にっ!?」
勇者様がわざわざ開かずの扉を開ける。ちらっと見ちゃったルードが顔を真っ赤にして絶句する。
由香里も気になって、覗き込もうとするが。
「信徒以外の人の目に触れないようにしているんです。特に子供の目に・・・」
「あーーーー」
続くコーユーの言葉ですべてを察した。
ルードがしっかり扉を閉めてくれたのを確認して、二階にさっさと上がった。
どんな像が飾られているのかほんのすこーし気になるが、子供を連れている時点で近づくのはNG。
「すべて空室ですからお好きな部屋を使ってください」
「じゃあ、俺さっきの像の部屋!」
バカな勇者をルードが殴り、コーユーが軽く咳払いをする。
「夕食は村人が好きに持ち寄らせていただきます。何か作りたい料理がありましたら台所を使っていただいてもかまいません。食材も言っていただいたら手配しますので」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
由香里は綱由にいくつか食材をお願いする。
「承りました。温泉もありますので、夕時までおくつろぎください」
◆
「絶景ねぇ」
切り立った山。ヤギの群れ。青々とした草に覆われた大地。景色は良い。テレビで見るなら喜べる。大きな岩がゴロゴロ転がっている雪道を“自分が”歩くのでなければ。
「やっぱり山はもう秋を通り越して冬よね」
「まだ全然秋の始めですよ。冬になったら、人の身の丈までは雪が積りますからね」
「うげ。む、難しいことは後にして...寝よ」
疲れと安堵のせいか、気を抜いたらそのまままぶたが落ちてしまう。由香里は何度か目をしばたかせる。最低限のことは確認しないと。
部屋をざっと確認する。ベッドと机と椅子はある。お茶セットとお菓子まである。上宿の部類だ。
問題があるとすれば...ベランダにしきりがないのと、オススメの温泉がベランダからほぼ丸見え。防犯上とても問題がある。
「覗き放題じゃない!」
「雄大な自然が売りなもので。気になるようでしたら、すだれがありますので」
自然以外、なんも無いというのが正しいだろう。
「すだれ?」
気になるが、もう限界。
「葉を繋ぎ合わせただけのものですがー」
由香里はふらふらベッドに吸い寄せられた。ベッドにたどり着くと同時に目を瞑った。
「ゆっくり旅の疲れを癒してくださいー」
◆
「・・・ま・・・・、」
「う~、ぱぱもーちょっと。ゴハンてきとーにレンチンしといてー」
「まま、お風呂終わっちゃうよ~」
遠くで娘が呼んでいる。起きなきゃとは思うが、眠りの方が勝ってしまう。
「ぱぱー。おふろ入れといてーむにゃ...かっ!?」
気合いで目を開いて夢から抜け出せた由香里は、心愛を連れて、露天風呂に向かった。
「おお、すだれ」
露天風呂の目隠し天井は万が一落ちてもいいように、椰子の葉っぱでできている。葉っぱを藤棚ぽいところに載せるだけの雑な作りだ。
「ふーっ」
心愛がタオルクラゲを作っては、湯船に沈めてを繰り返している。
そこまで実感はなかったが、身体は冷えていたようで、湯に浸かっていると足先からじんわり溶けていくような気分になる。
このまま寝落ちしたい。
「ぶくぶくー」
娘の声と共に沈みそうになってー
「ぶっはっ!!?」
◆
魚粉と味噌、隠し味にほんの少しの魚醤(使い方がわからなくてびびってちょびっと入れただけ)。スープを味見。記憶の物と少々、いやずいぶん違うが、卵を割り入れる。
「白ネギもあるのね」
テンキに使っていいと言われた野菜のいくつかをなるべく可愛らしいカットにしてぐつぐつ煮込んで出来上がり。
バターやチーズの類いもあるそうなので、バターを少々もらう。
味噌煮込みラーメン?うどん?が出来上がった。
「ままおいしー!ニンジンお星さまー!」
「ここまで頑張ったごほうび」
「懐かしい」
由香里はスープを一口飲んでほーっとため息をついた。
「そうか?珍しいがあんまりおいしくないぞ」
アレックスはブツクサ文句言ってくる。他男二人は、一口飲んで、ヨーグルトを小匙1投下。
「うん。懐かしい味だ」
そして、リズはヨーグルトを大さじ五杯投下する。
味噌うどんになぜヨーグルトをつっこむ?
由香里はフレッシュチーズを小匙2杯追加する。
締めに雑炊にして...
「はー。もう美味しすぎ...しあわせー。お腹回りなんてどうでもいい」
馬車には乗れるけれど食事は不規則だ。ダイエット後のリバウンドみたいに栄養溜め込んでしまうかもしれないが、今日は腹一杯食べて、明日の買い物に備えよう。
「あ、お風呂のお湯、桶一杯分いただいていいですか?」
「いいですけれど...何に?」
ご飯をよそっていたコーユー君が首を傾げる。
「....えっと、寝る前に足湯を」
「それでしたら、部屋にお持ちしますよ」
「えーでもその、自分のタイミングで」
「いつでもお使いいただいて構いませんが、夜は足元に気を付けてください」
◆
「やっほーメーナ王女様元気ー?」
《あら、あなたたちだけ?》
夕食を食べ終わって、由香里、ココア、聖女は馬車を訪れていた。自縛霊メーナ王女に味噌うどんと温泉の湯を御供えしに。
護衛にルードが付いてきてくれているが、今は馬車の外で待機している。
由香里は最初、幽霊を気味悪がっていたが、それが日常化してしまえば、気配が若干薄くて、触れないだけで普通?の王女様、年齢的には女子高生。
結構な時間、旅を共にした身としては、ぶっちゃけ夜中に馬車の中にボッチで過ごさせるのはかわいそうと思ったわけだ。
「残念、勇者様は新鮮な女の子に夢中なのです」
聖女がにっこり微笑む。
女に飢えすぎて、メスのミノタウロスに襲いかかるよりかは、多少不健全でもこの村でリフレッシュしてくれた方がマシだ。
(ぶっちゃけ犯罪さえ犯さなければ、勇者が二股していようと、三股していようと、関係ない。できれば娘の目に入ってほしくないだけで)
《まあ、残念》
王女様は勇者のどこに惚れたんだか。
メーナ王女が桶に足を突っ込むが、水面が揺れる訳でもない。
だが、それでも王女はほっと息をついた。
《きもちいいー。わたしも温泉入って月見酒がしたいわー。あ、これ変わったお味だけれど。おいしい。冷えた心と身体に沁みるわ》
「ありがと」
「ここの露天風呂は、勇者に覗かれる危険がありますけれどね」
《で、魔王の有力情報は手に入ったの?》
「残念ながら....」
「魔王がいるようには見えないんですよ」
もうめっちゃ平和。魔王どころか、魔物の被害もない感じだ。
「本格的な聞き込みは明日。今日はもうぐっすり寝るつもり」
《そうね。ココアちゃんももうすっかり眠っちゃっているから、早くあたたかいベッドで寝かせてあげて》
馬車を出るとーー
遠くで犬だかが吠えた。人の声らしきものも混じっていたが、由香里の大きなあくびにかき消された。




