九九お勉強(転生)
羅針盤が使えるようになったと喜んだのもつかの間、なぜだか霧が出ると羅針盤が使い物にならなくなる。
「この霧は……酔うな。精霊の制御がむずがしそうだ」
「俺たちもこの霧で同行していた隊商とはぐれてしまったんだ」
隊商にくっついていた変態勇者組が迷子になるなんて・・・
「迷ったのは私たちが許可のない者だから?神は自分の結界内に入れる者を取捨選択するってことでOK?」
「神だかどうかはわからんが、変な結界が張ってあるのは間違いないだろうが、入ってまだ、四日だ。ルーリーの町に戻るか、隣の村にたどり着ければいいんだが」
すごい知識は持っていないが、こういう時のファンタジー小説やホラー小説のパターンは大体想像つく。
抜け出せないなら、抜け出せないでこの世界のルールは確認しておかないと。
「ちょっと待って。スコップとか持っている? 地面に印をつけましょう」
複数の轍がうっすら残っている。ラバのヒヅメの跡もあるから、誰かが定期的にここを通っているはずなのだ。霧の中に入っている間は轍を確認できなくても、地面に描いた文字は消えないようだ。
「これでどう?」
『神様のバカヤロー子→』
一応矢印をつけて進んだ方向日本語で文字を書く。次は『牛』と書けば多少字が擦れたとしてもわかるはずだ。書き換えられる心配もないだろうし。
「牛のあとはたぶん虎よね」
念のため指折り数えてみる。
子丑寅卯辰巳未申戌亥・・・あれ?十個?鳥と馬どこだったっけ?
覚えているもので印をつけていくことにする。が、
「やっぱり、こういうパターンなのね」
はー。いつの間にか轍も消えて『未』を描いた後、その先を進んだらうっすらと轍が浮かぶ地面に『丑』の文字が見えた。
ユスフル川を越えて魔の森でさ迷いだしてから、モンスターは大きくなり出現頻度も増えてきた。さすが魔の森。そりゃモンスターだって住みにくい砂漠よりか、森を選ぶよな。デカ蟻とかデカ蛙やらでか……規格外の動物、モンスター・・・
霧が発生している間は、攻撃魔法は誤射と暴発が怖くて撃てないから、物理攻撃が基本だ。当然由香里も戦闘に参加しなければならない。虫笛をつけて、黒と黄色のストライプで色塗りした羊皮紙とパピルス紙の固まりをブンブン振り回す。霧の中から現れるでっかい雀蜂に似せたそれを警戒したモンスターは半分くらい逃げていく。
「蟻や蛙やらは許せるけれどナメ……やらGはほんと勘弁してください」
「蛙のおばさんさっさと飯の準備しろよ」
「へいへい」
蛙を捌くのすっかり上手くなってしまった。
■
「ひちろく...ひちろく...ろくひちしじゅうきゅう。ひちひちしじゅうききゅう」
「何の呪文ですか?」
心愛がぶつぶつ呟く声を拾ったリズが気味悪そう顔をする。
「算数のお勉強。7×6と7×7がなんで同じなの?」
「う」
例え、サバイバルアドベンチャーな日々でも、休憩の間の勉強は欠かせない。
「6は偶数だから、偶数×奇数は偶数。答えが奇数になるのはおかしいでしょ?」
「う、わからない」
「7×5まではうまく言えてたから。7×5は?」
「35」
「じゃあ35+7は?」
「42」
「よくできました。心愛、ほらもうちょっとで、おやつだから。七の段終わらせちゃいましょ」
「イヤー!」
すっかりクラウスの後ろに隠れてしまった。
「アイスクリーム食べたら頑張れるよな」
「うん!」
「甘やかしすぎです」
おやつの後は漢字の練習だ。
草を指差し「草は?」
「知らない」
「草はこう」
由香里は地面に『草』を書く。
「じゃあ、虫は?」
地面を歩いている蟻を指差す。
『虫』
今度は心愛はそこらに落ちている枝を持ってちゃんと書いたみせた。
「心愛天才!虫系で攻めたいけれど、カエルは無理だし...次は『天気』『鳥』さんと『馬』」
由香里が空とカラスと馬を指差すと、心愛は『天気』とさらさらと書く。
鳥と馬は横棒が足りなったり多かったりしたので、由香里はなるべく大きく丁寧に見本を書いた。横には音読みと訓読みのふりがなをつけて、それぞれ『小鳥』『馬車』と例も書き添える。
それを手本に心愛はもくもくと書き取りをし、十個書き終わったところで、顔をあげた。
「がんばったね。じゃあ、自分の名前書ける?」
「うん書ける!」
続けて『心あ』。
「すごい。完璧ね」
そこで、由香里がふぅとため息を漏らす。
「なんなんだ?これは」
暇をもてあましていたアレックスが、心愛の書いた文字に目を落とす。初対面で一発心愛が回復魔法をかけたのを恩に感じているのか、心愛の前では気のいいお兄ちゃんという感じだ。もっとも大人しくしているのは心愛の前だけで、由香里がちょっとでも心愛から離れるとすぐナンパしてくるのだが。
「私の国の文字。どこまで習っているかわからないから。どうやって教えたらいいか。ほんと難しい」
事件直後に戻れるとは言え、二ヶ月も授業を受けなくて本当に大丈夫なのだろうか。
由香里は手帳をひらいてもう一度ため息を落とした。




