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うさぎのりんご

「そんなに警戒しなくても騎士団の詰め所に行って事情を話してもらうだけだ。茶くらいは出すぞ」


 隊長は警戒する由香里を何とかなだめようとしたが、なだめきれないと分かったら、由香里の手を無理やり握って引っ張って行った。

そんなに力を入れているように見えないのに捻ろうがねじろうが、外れない。

 娘はそんな二人に不思議そうについていく。

 人通りの多い最初の通りに戻ると、逃げようとする由香里に彼は告げた。


「迷子案内も俺らの仕事だ。君らに何かあったら……俺が困る」


 由香里がぎろりと睨むと彼はため息をつき、上着を脱いで彼女に渡す。

 通りで逃げられないわけだ。半そでシャツから伸びる腕は想像していたよりも筋肉がある。


「汚れるわよ。別に寒くないし」


 主婦としてはこんな白い制服を汚すのはためらってしまう。


「びしょびしょ、どろどろの上、透けているのはまずいだろう。それとうちには優秀なメイドがいるから汚れとか気にしなくていい」


 由香里は改めて自分の着ている服に視線を落とした。

 親子とも着ているのは薄手のパジャマだ。 人々はじろじろとこちらに視線を向けているが、若様が周りを睨むとさっさと視線をはずして通り過ぎて行った。

 

 いつまでも恥ずかしがっている歳でもないし、今のところ親切にしてくれている人につんけんするのは得策ではない。


彼女は上着を羽織ると不機嫌な顔でそっぽを向いて礼を言った。

 

「あ、りがとう……ございます」


 でもどうせなら、大通りに出る前に、いや店の前で気づいて欲しかった。


「やれやれ、こっちの方をリズに頼んだほうが良かったか……」



 詰め所の扉を開くと、小さな机を取り囲みながらごつい巨漢が4人、木のジョッキを片手に一斉にこっちを振り向いた。


A「あ、隊長が女連れて来た」

B 「リズ姉に言いつけますぜ」

c「若様、婚約者どうするんですかぁ」

A「若様の好みどんぴしゃじゃん。水も滴る凡顔」


 完全に酔っているのか一斉にげらげら笑う。

 夫は酔うほど飲まない人だから、巨漢達の飲みっぷりに娘は完全に怖気づいている。


D「リズ姉さんのべんとー先に頂いてますぜ」

 

 その背後、奥の部屋からは恐ろしい怒声が響き、娘が身をすくめた。Eがいたか。

 

(というか、おっさんA、凡顔とかうるさいよ)


「お前ら、煩い。それとメイル、それは俺の弁当だ」

「リズ姉さんが『皆さんでご自由に』って、言ってましたぜ」


 もう一度、怒号と何かが倒れる激しい音が響く。

 どうやら由香里たちがもたもたしている間にリズがあの店の男を連行してきたのだろう。


「だから恫喝と暴力は禁止だって。証拠固めにリズが動いてるから、そちらには茶と……林檎あったろ。それで、相手の油断を誘って、紳士的に話を聞くんだ。ついでにこっちにもくれ」


 若様は、配下に小声で指示を出すと巨漢cが立ち上がり奥へ消えていく。こちらにもばっちり聞こえているが……


「あの、若様って?」

「メルケーの次男……って言ってもわからないか。伯爵の次男なんだ」


 そういわれれば、金髪碧眼の整った顔立ち……王子様顔をしている。

 この山賊やってそうな巨漢や、由香里の髪を掴んだ男よりはイケメンだろう。


「は、はぁ」


 机の真ん中にはピザ生地のように平べったいパン入りのバスケットが置かれていて、視界に見る限り椅子は四脚しかない。AとBが立ち上がったが、D(メイルというらしい)は若様の抗議にも関わらずパンを食べている。


 若様が空いた席を薦め、由香里親子が座ってから、自分も余った席に腰を下ろした。


 『異世界召喚』という言葉がちらりと頭の隅に浮かんだが、そんなのは小説の中の話だ。 

 異世界召喚は現実には絶対ないのだから、これはドッキリ系だ。あの火事から全部!

 一般人を貶めた上、女の髪を引っ張るとは、なんて番組だ。テレビ局に抗議の電話を入れてやる。

 つーか、どこのテーマパークを借りてるんだ。


「若様、このおばちゃん大丈夫ですか?」


 ぶつぶつと独り言を言っているのが聞こえたのか巨漢Dが由香里の前で手を振る。


 (見知らぬ男に、それも筋肉のついたぶっとい腕にひきづられるなんて、それだけで十分怖いんですけれど)


 周りは筋肉ムキムキのガラの悪そうな男ばかり。マッチョは苦手というか……はっきり言って、怖い。何かあっても逃げられそうにない。


 ふつふつと怒りが渦巻いて、心の声はだんだん粗くなっている。

 カズマの細くてちょっと贅肉の付いた腕のほうがどれだけほっとするか。


 とりあえず隠しカメラと出入り口を探すが、出入り口を探しているのがばれたのか、巨漢の男AとBがにやにやしながら、出入り口に立ちはだかる。


「追い詰めるなよ」


 『若様』がため息を漏らす。


 (私を一番追い詰めてるのはあんただ!)

 

 と突っ込みを入れる。怖いから、あくまで心の中で。


 巨漢cが水を机の上に水を置き、ぞうきん一歩手前のようなほつれたタオルを渡してくれたが、

『相手の油断を誘って、紳士的に話を聞くんだ』

 という先ほどのクラウス隊長の言葉がリフレインして水に手を付ける気にはなれなかった。


 とりあえず娘の髪や顔をタオルで拭く。と、娘がコップに手を伸ばしかけた。


「ダメ」


 心愛(ここあ)は不満そうに由香里を見上げた。


(まさかとは思うけれど、睡眠薬とかが入っていたら大変)


「ん? 子供にはジュースの方がよかったか? 我慢は子供の体に良くない」


 自分も喉はからからだ。だが、娘の脱水を気にしている暇があったら、さっさとこのアホらしく悪質なドッキリを終わらせてくれ。


 この状況については何度も考えた。


 一番可能性が高いのは、夢。

 

 二番目に可能性が高いのは、ドッキリorアミューズメントパークのアトラクション。

 キャストが気合入れて、由香里と娘を『物語』の中に引き込もうとしているという可能性。


 三番目に可能性が高いのが、あの世。

 あのまま煙を吸いすぎてぽっくり逝ってしまったのかも知れない。


 四番目に可能性が高いのは、海外。

でも、登場する人物すべて、日本語を滑らかに話せるのはおかしいだろう。

 

 一番、非現実的なのは、『異世界』。


 夢ならそのうち目覚めるだろうから、彼女はこれまでの結論と同じく二番目に現実的な”ドッキリ”と結論付けた。

 

「私、あなた方のお遊びに付き合っている暇はありません。早く家に帰して下さい」


 本当は今すぐ罵倒したいが、まだ耐えられる。


「隊長、林檎切りましたぜ」


 運ばれた皿にはウサギりんごが、四つほどちんまり盛り付けられている。

 とても子供の扱いに慣れているとは思えないのに、あまりのギャップに運んだ巨漢を見上げてしまう。


「俺じゃないぞ。隊長の指示だ」


 由香里は、ぶすりとした顔で言う巨漢から視線を移し、かわいいウサギさんを見て目をきらきらさせる娘を見る。こんなわけの分からないところで小さな子供が本当に脱水してしまったら困る。


「頂きます」


 水を一口飲み、りんごを一口食べる。水は少々ぬるいが、りんごは、うん。甘酸っぱくて、おいしい。

 特に異常は感じない。


「水を飲んでも良いし、林檎も食べて良いわよ。マッチョさんにお礼言ってね」


  娘が「ありがとー」というと林檎を運んだ巨漢cは「……い、いや」とどもった。

 娘はフォークをウサギの背中に刺してぱくりと口に運び、次の一つもフォークに刺して、


「おじさんも食べる?」


 もう、ものすごくきらきらした瞳で巨漢cに差し出したのだ。巨漢が固まるという珍妙な光景をばっちり目撃してしまった。


「いやオレはいい。母ちゃんと二人で食べな」

「さっさと巡回行って来い」


 立っている巨漢AとBは口元を抑え笑いを堪え、若様が引きつった笑みを浮かべ命じた。  

 巨漢cはぱりぱりのピザ生地に具を載せて折ったパンをバスケットから一つ取り上げて、詰め所を出て行き、巨漢Dが最後のパンを指差して由香里たちに薦めた。


「こっちも遠慮せずに食べな」

「おい! 俺の朝飯兼昼飯だ」


 警戒をゆるめて、先ほど一口食べたりんごを食べきる。食べきってしまったら、可愛らしいうさぎのりんごだけでは、足りない。

 パンを割り半分を娘に渡す。


「早く帰すために君の話を聞きたいんだが。君は外国の人だね。名はなんと言う?」


 食べながら問われるまま答える。素直に答えれば、こんな馬鹿らしいことを終わらせて、早く帰れるかもしれない。


「由香里、です」


 そして若様の目を見据え、これまでに起こったことを少々つっかえながらも話した。


「風紀を取り締まるって、警察ってことですよね? 山崎 和馬って男性探しているんです! 私と同じ黒髪黒目で―― 」


 夫の姿を確認できれば、この馬鹿馬鹿しい芝居に付き合ってやってもいい。

 夫の部屋が煙で真っ黒になる光景を見せられて、こんな不安な状態のままでは、何もできない。


「ご主人はその火災に巻き込まれ、君は見たこともない場所に逃げて来たということで良いんだな」


「来たくて、来たんじゃないわ」


 涙が出そうになる。娘がいなかったら、泣いて暴れていたかもしれない。


「……ママ」


「……落ち着いて。君の事情を聞かないことには、探しようもない。水を飲んで」


 怒りと恐怖で頭は熱が溜まっている。ぬるい水が、喉を潤す。


「電話貸してください。家に連絡だけでも入れさせて」


 若様隊長は眉を顰め、巨漢たちは首を傾げた。

リズ……若様に付き従うメイド。目立たない服装を好む傾向がある。若様に買ってもらったスカーフは宝物。


・クラウス……伯爵家の次男。兄との仲がこじれて、13で家を出ている。生前贈与等で譲り受けたのは、りんご農園と殺人事件が起きて借り手の付かなくなった王都の物件。


・クラウスの配下… 

・A「ヘルム」 

・B「シルド」 人相書きが得意。

・c「ガント」りんごを切ってくれた。

・D「メイル」 天国の実と天国の葉に詳しい

・E「グリーブ」 取調室での『脅し役』を担当することが多い。


皆、元は悪事を働いてクラウスに捕まった人たち。 事件が無いときは詰め所でだらだらしているか、荷運び等のバイトをしている。  名前考えるのが面倒なので、防具名から。報酬はクラウスの実家から送られてくるりんごと保管期限の過ぎた落し物。




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