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暗殺『クラウス&リズ』

若様の故郷のシブがもうすぐそこだ。

昔の記憶がざわざわと胸を逆撫でする。


◇◇


 彼は、ポロをわずかに食べたあと、


「いらない」


 子供らしい我が儘で、それを回避した。


「食べなければ大きくなれませんよ」


「いらないものはいらない」


「もったいないことするなよな」


 ぽつりと彼の兄が呟く。


「じゃあ、兄さんにあげる」


「自分の分はちゃんと自分で食べろ」


弟をたしなめる兄を微笑ましく見つめる両親。


 その日の午後、使用人が一人、死んだ。



 リズは掃除をするフリをしながら、今日も本当の主の命令で“若”の弱点を探っていた。


 余り強い毒だと、ばれてしまう。小分けにして、薬を飲ませようとしたのだが、毒を仕込んだ時に限って、クラウスは『わがまま』ですべてを回避した。

彼の両親は次男がただの偏食だと思い込んでいるが、彼は毒の混入を察知している。そして、それを黙っているのだ。昨日、よく若様の残り物をもらっていた使用人が急に体調を崩し、亡くなった。


 いつも厳重に鍵がかかっている机に複製した鍵を差し込む。こんなちゃちな鍵などと思ってたら、複製に手間のかかる鍵だった。



 水色の空。白い砂浜。赤と黄色と青、白、カラフルに色づけされた巨大な傘。それに……


 もう一枚机の奥に隠されているのを発見して、手を伸ばそうとしたとき


「机の中まではいいって言ったろう。つーか何持ってるんだ!」


 若が現れた。金の髪に青い瞳。いつもは落ち着いた、作り物めいた笑みを浮かべている子供だ。貴族はそんなものだが、彼の瞳は稀にとても冷たく感じる。 それが相当慌てている。

 


常日頃は使用人に対しても「です・ます」調だ。


『給料払っていようが、他の人がしてくれていることに、礼を言うのは当然のこと。 地位が上だとしても、他人には、最低限の礼儀を持って接しないと。特に皆さんぼくよりか年上の方々ですし』


 と丁寧な、ある意味どの(あるじ)よりも距離を取っている。その態度は家族に対しても、『目上の他人』と扱いは同じだ。それがこの瞬間だけ恐ろしく近い。そこらの町民と変わらない。ずいぶんと砕けたー乱暴な口調だ。


 仮面の剥がれた若に比して、私はこの瞬間だけは、何事もなかったように振る舞わないといけない。


「若。変態」

「いいだろ」


 御年13歳の若はその絵をリズからむしり取って改めて机の引き出しに入れる。

 

「鍵かけたはずなんだけどな~」


 若が深く考えをめぐらす前に、リズは笑顔で尋ねた。 


「そういうのが好みなんですか?」


「好みっつーか、これ以外だと泣かれるな。これでも殴られそうだが」

「誰にですか」


「いちいち言えるか。茶と菓子持ってきて!」


 本当の主人に伝えようか。

 漆黒の髪と目を持つ“若”や自分よりも年上の少女のことを。

 もう一つの絵も気になる。

 

“若”からお叱りを受けることは無かったが、机の鍵はしっかり代えられていた。



 ついに命が下った。あの件から、若と随分親しくなり十分油断を誘える仲になった。


 本当は彼は恐ろしく濃く苦いカフィが好きだ。が、高級品ということを良く知っていて、自分から欲しいと願ったことはない。


 それでも、両親が飲んでいれば、控えめに「一口だけ」とねだる。子供の飲むものではないと却下されるが。


「夜に出すものじゃないよ」

 

「お好きでしょ。私はこんな苦いもの飲む人の気が知れませんが」


 菓子ポットからアメ菓子を一個拝借する。


「カフィじゃなくても、濃いほうじ茶があればいいんだけれど」


 砂糖もミルクも加えずに彼はカフィをすする。


「ホージ?」


 リズもミルクティーを一口飲む。


 ふぁ~あとあくびをした。


「ごめん。眠くなってきたから、今日はもう寝る。 お菓子はメイドのみんなで分けてくれていいから」


 そして、30分、灯りを落としじっと様子をみる。 彼のお腹が膨れたり、しぼんだりしている。


(息をしている)


 波立った心を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。


 二つあるうちの一つの枕を持つ。


 頚動脈の場所を確認し、ナイフを――



 ◇


『オッキロー!!コロサレルゥー!!』


 激しくモスキート音を響かせ、妖精が叫ぶ。「うるさいな」と音のするほうを手で払う。当たるはずはなかったのにむにっと変な感触がした。


 闇の中でも分かるほど頬を赤に染め、胸を庇っていた。


「うわっごめん」



「うわっごめん」


 彼は即座に起き上がり、ベッドの上に膝を完全に折りたたんで座り、頭をベッドに押し付けるくらい下げた。

 足をそんなに折り曲げて、痛くは無いのだろうか?


「そ、それはなん、ですか」


「異国の謝罪方法」


 そんなことをされても、


 顔を上げた彼は、枕を取り落とし胸を庇っているほうの手とは逆の方のナイフを見て、薬で眠らされていたとは思えない動きでリズの手を捻り上げ、ナイフを落とした。

 

「どういうつもり? 誰の命令?」


 笑顔だが、目は笑っていない。


「司法取引には応じる。今この場で事情を説明してくれたら、君を助けてあげる」


 そんなこと信じられるわけが無い。


「君が話さなくても、僕が死んで得する人間なんて少ない。僕が答えを調べるのは簡単だ」


 貴族とはいえ、まだ公式なお披露目を終えていない子供。それも次男だ。当然重要な役職にも就いていない。


「大丈夫か?」

「実の兄に殺されるってことか」


 夜のそれも数人しかいない屋敷にけたたましく蚊の不快音が響いたのだ。部屋に彼の両親と、兄が入ってきて、クラウスの無事を確かめるが、彼はなんの脈絡もなく小さく呟いた。

 リズはとっさにクラウスの兄を見てしまい、長男はリズと次男を睨み付ける。

 彼は慕っていた兄に殺されかけたのだ。


「僕は下手だったかもしれませんが、それなりに親の望みに答え、貴族を演じてきました。でも、こんな不自然なことは嫌です」


 両親と兄に向かってはっきり言った。


「僕は兄ができて嬉しかったんですよ」


 若様は一瞬ひどく切なそうな顔をした後、ぎゅっとメイドの手を握って言った。


「僕は愛に生きます」

 「は?」


 今、若を殺害しようとした女の手をとったのだ。

 家族どころか手を取られているリズでさえ、意味が不明だ。

 

「ってことで、お世話になりました。今から一歩でも近づかれますと雷を浴びせます」


 肉親への別れの挨拶にしてはあまりに他人行儀で、そっけない挨拶だ。

 ぱちぱちと何かが弾ける音と小さな青い光に恐れおののいたシブ伯爵が、部屋の外まで下がる。

 若が革の鞄に服を詰める。


「本当は……民の血税なんだから、持って行ったら怒られるんだろうけれど。君もぼおっとしていないで手伝って」


「な、何を言っているの?」


「僕の個人資産がそれなりにあるはずですよね? 兄上それすべて差し上げますので、 愛し合うリズとどこぞの暗殺組織との腐れ縁は断ち切ってあげて」


 特に若と愛し合った覚えはない。


「毒盛られる回数異常だし、暗殺者まで差し向けられて、家族のふりをするのは嫌です。ほら今日のパンツの柄ばらされたくなければ手伝って」


「そ、そんなの若様が知っているはず・・・」

「赤の・・・」


「くぅ!」


 それ以上、口にされるのは本当に困る。


 つい、つれて来られた。 


「わ……私と駆け落ちだなんて何を……」


 考えられない。


「悪いけれど、俺は自分を殺そうとした者を人間扱いするつもりはないから」

 

若は、黎明のわずかな光の中、にっこり笑った。


「うーん。さすがに貴族のぼんぼんを雇ってくれなんて、こんな世界で役立つ技能身に付けてないし。とりあえずこいつは働かすとして……」


 そこで二人の目に入ったのは王都での騎士団員募集のチラシ・・・。


「騎士団入りたい。剣はさんざん練習させられたから何とかなりそうだし。魔法でずるできそうだ。たぶん」


「たぶんって」


行き当たりばったり過ぎる。


「王都なら余計なちょっかいはかけて来ないだろう。就職できなかった場合は、君のヒモになるから。君は、一生俺を食わせていくんだ。もちろん暗殺以外の方法で」


 私はそんなこんなで、主を鞍替えすることになったのだ。



 ◇


彼女は絵の女に似ていた。


黒の目に黒の髪という以外にも、 最初から自宅で保護したり、仕事を休んでまで彼は彼女の世話をした。


 私達が日常使用する文字以外に、若との連絡手段としては50個の文字を暗号として使っている。短期で入れ替えしているので、まず解読されない。


 彼女が書く文字は、暗号の文字が混ざっている。


 発音だけはできるが、それがどういう意味かなんてことは分からない。


 あの女が主を連れて行ってしまう。

 


 

ポロ...ピラフ。地域によってポロウ、プロフ、パラフ等と呼ばれている。

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