塩嵐と旅立ち
この世界に来て二週間。
初日は、ちょっと運動するだけで足の裏がパンパンになっていたが、毎日無理の無い運動を続けていると二週間で体が軽くなった気がする。あくまで”気がする”だけだが。
あと、二週間で旅が始まる。 それまでに夫の手がかりを見つけたい。
詰め所の人々は”お使い”のたびに黒髪の男性がいないか気をつけているのだが、最大の特徴である髪をバンダナで隠している人が多いのだ。
日差しがきついから帽子代わりにつけている人や、中には布を濡らして頭に巻く人もいる。
髪の毛を一本残らず綺麗に隠す人は少ないが、 巨漢さん達と目が合った人が逃げていくそうで、なかなか発見できていない。
それでも巨漢さんたちは昔の伝手を使ったりして、手を尽くしてくれている。どんな伝手かは怖くて聞けていない。
さんざん訓練させられた帰り、リズと本日は早上がりの若様も一緒だ。 引き継ぎは順調にすすんでいるようだ。ホロもすっかり筋肉もついて巨漢さんたちを顎で使えるようになったし。
露天をちらちら見て回りながら娘は若様がしっかり手を握ってくれているので、
「ねえ、もう一人の勇者が旅だったって言うなら私たちわざわざ魔王退治に行く必要ないんじゃない?」
先日、ちょうど王宮から出立する所に出くわした。と言っても、由香里たちはすっごく豪奢な金ぴか馬車と女性の軍団を見かけただけで、実際の勇者の顔を拝めた訳ではないが。
「どちらにしろ、帰るつもりならセリカに行かなければならないだろう」
「う~ん。魔王を倒せってプレッシャーが急に無くなって、気が抜けた感じ?勝手に役割を押し付けられて、結果も出してないのに見捨てられたというか。和馬と離れ離れになったのもあいつらのせいなのに投げ出されたのよ!こんなんならあのまま・・・」
夫と離れたくなかった。召喚された意味がすっぱり抜け落ちてしまった。
娘を抱えて見知らぬ土地に投げ出されて、怖くて、でも娘の前では泣けなくて、毎晩独りで泣いて決めたのだ。
夫が見つかっても、見つからなくても私たちは後半月でこの町を出る。日本になんとしても戻るのだ。
でも、たまに噴き出す怒りはどうしようもない。
「お前はちゃんと帰れる。王家が君たちを手放してくれるなら、願ったり叶ったりだろう」
「そんなに魔王を倒したかったんですか?」
「まさか、絶対嫌よ」
その時、目がぱさぱさしてきた。喉も急にいがらっぽい。
「なんか、いつもより磯の香りがきつくない?目もなんだか」
「そうか?」
「私たちはこの順応しているから、変化が分かりにくいのでは?」
「ああ、それなら念のために騎士団に報告を入れておいたほうがいい。ユカリ、本日は特訓は午後から……」
若様は急に耳を押さえ、「来る」とうめいた。
心愛も耳を押さえて、「うるさい!」と叫ぶ。
途端、いつもの時報とは違う激しい鐘の音が鳴り始める。
時代劇で火事が起こった時のカンカンと打ち鳴らす音に空を見れば、茶色の煙の壁がこちらに押し寄せて来ている。
「えっ 竜巻?」
「突っ立ってないで早く!」
若様は心愛を抱え、リズは由香里を引きずって、一番近い建物に滑り込む。
「目をつぶって」
頭の布の端をユカリの口に強引に押し付けた。
◇
一分、二分。
大量の砂の粒が顔に叩きつけられ、やがて止んだ。
「今回は短くすんだな」
「ぺっぺ。しょっぱ」
「口の中じゃりじゃりする。なんなの? 」
噴火ではない。白の山は結構離れている上、茶色の煙が押し寄せてきた方向が逆だった。
「砂嵐です」
間に合わず、砂というか半分泥の中に人が転がっている。
「えっ」
「手伝って……」
救護活動に慣れているのかリズは手を布で被い、口に詰まった泥砂を吐き出させる。
由香里も真似て近くにいる人の口を無理矢理開けて砂を吐き出させる。
若様は咳き込む人に魔法で出した水を口に含ませて、砂を吐き出させている。
娘も真似て、魔法を使っているが、うまくいかないようだ。
「また、来ちゃったりしないの?」
砂嵐が通りすぎた方向の空を見つめる。空に黄色の固まりがある。救護活動中に砂嵐に襲われるのは勘弁だ。
「一度通りすぎたら、一週間はこない」
ひたすら救護活動を続けて、家に帰りついたのは夕方になってからだった。
◆
「精霊は、異変を教えてくれるのよね?王城にも精霊使いはいるんでしょ」
「無理言うな。砂嵐を知らせることを精霊に約束しても常に同じ精霊がいることはほとんどないし、精霊というのは忘れっぽい」
「予知できるなら、とっくにやっているわね」
「まあな。魔王があの砂嵐や、炎の門を作ると言われている。が実際には違う」
「じゃあ、なんなのよ?」
「端的に言うと灌漑工事の失敗と言うことになるな」
「昔、あの小カザル湖は国土の四分の1を占めていました。ですが、ある時水位が徐々に下がりだしたのです。
単にこの国だけで猛威を振るうのなら、まだ良かったのでしょうが……。砂嵐に国境などありませんから、塩を含んだ砂は周辺国に飛んで行き木々を枯らし、小カザルは長い間各国から非難を受け続けることになりました」
「だから、この国は勇者と、いるかもわからない魔王の首を求めているのね」
「砂嵐は良くある。特にこの時期はな」
「マジか。そんなところを旅しないといけないの?」
◇
この世界に来て一ヶ月後。約束の朝、あの初日の夢を見て目覚めた。夫がいない夢・・・。
旅慣れている隊商に護衛ということで同行させてもらうことになった。
20匹くらいの駱駝の群れを連れた男たち
「騎士団の方が護衛についてくださるのは光栄ですが、そちらのお嬢さん方は?」
「やだ、お嬢さんだなんて、はじめてです」
「私は砂漠越えの経験はあります」
隊商の男たちは渋い顔になる。
「こちらの黒髪の女性と、子供は経験がありません。なので、ルーリーに連れて行ってくれるのでしたら、護衛代金はちゃらで。+αでお金も払いましょう。討伐したモンスターの遺骸の半分もそちらの取り分で」
若様の言葉に髭を蓄えた隊商リーダーらしき人は頷いた。
「わかりました。ナツメヤシが道しるべになっておりまして、それを頼り進むことになります。馴れないと大変な旅になりますが覚悟はよろしいですか?」
「よろしくないです」
そこで、言葉を切る。本当に夫とはぐれたまま、ここを離れていいのだろか?
「よろしくないですが、どうしてもセリカに行かなければならないんで」
「ほう。セリカまで。なら早く出発しないといけませんな」
「もしはぐれた際にはナツメヤシの木の所まで戻ることを考えろ」
キャラバンにはぐれてしまった時のための笛と鈴、最低限の食料と水袋を持たされる。
駱駝に揺られて、ゆっくり隊商はゆっくり進み出す。娘は駱駝に乗り慣れているリズと一緒に乗る。
らくだや馬の乗り方は一通り教わりもしたが、やっぱり腰が痛い。
「腰が痛くなったら車を出すが、まあ、病人や荷を乗せる物だから乗り心地は」
この世界の暑さに慣れてきた由香里でもどこまでも続く辟易とした。
確かにぽつぽつとナツメヤシの木が生えているが、それだって規則的に植わっているわけではないので、方向を間違えたらと思うと心もとない。
「これからは少し涼しくなるはずだ。のんびりしすぎるとセリカにたどり着くまでに冬になってしまうがな」
結局、夫は見つからないまま、熱砂の砂漠を越える旅が始まった。




