特訓③
なんで今さら受験勉強しなければならないんだ!
由香里が今開けてノートに書き写してるのは『魔物ポケット図鑑』
「明らかにポケットサイズじゃないでしょ!」
「主要なモンスターのみです。討伐隊が所持するものはもっと分厚いですよ。本を読めるようになったんですからしっかり勉強してください」
リズが由香里の少し後ろで勉強を見てくれて(監視して)いる。
偉いモンスター学者が調べたことを追記がされて続け、奥付けを見ると第100版。
召喚されてから数日後、なぜかこの世界の書物に日本語のふりがなが振られて読めるようになったのは良かったが...。もしかしたらカウリーとやらの効果かもしれない。
だとしても、急に頭が良くなる訳ではない。学生当時ならまだしも、今さらこんなん渡されてもムリ...。
「ゴーレム...モンスターランクB。弱点...身体に埋まっている札の破壊or書き換え。律法師が居れば...命令の書き換えは可能。りっぽうし、って?」
「特殊な魔術師、魔術を定義するもの。魔術を創る者ですかね」
「んー、つまりは魔法の設計図を作る人ってことね」
「ええ。今はほとんどいませんけれど」
いないのなら仕方がない。
とりあえず、ざっくり読んで、覚えていくしかない。重要部分に赤線が入っているのが救いだ。
黙々と重要部分を書き写しながら、読み上げていく。
「可食部分なし。まあそりゃそうよね。
昔は労働補助呪具の役割だったが、大昔の律法魔術派追放時に動く武器化。今でも稼働...どころかいくつかの地下遺跡で生産され続けている。多くは岩でできているため身体のどこかに埋められている札を発見、破壊するのは困難。
弱点。木属性と風属性の呪文(効果微)。モンスターランクB」
モンスターランクは重要なので二回出るようだ。
「風で土が割れるの?もろっ。『属性相関図』とかそういうの熱心に覚えていたのはうんと昔の話だから。もうそんなのに興味無いから。Bって上から数えたほうが早いの?」
「L、U、SSS、SS、S、A、B、C、D、E。ジェリーはノーマルならE、マジックトードはDです。亜種も数多くありますし、一概には言えませんが、お荷物を連れた状態で戦えるのはcまでです」
お荷物...つまりは由香里のことだ。娘の方は神殿に通いつめて三日ほどで治癒魔法『痛いの飛んでけ』を使えるようになったのに、由香里は同じように唱えてもまったく何にも治癒魔法を使えなかった。
そもそもクラウスの見立てでは、精霊に好かれていないから精霊使いにはなれないし、魔力がほぼゼロだから魔法使いにもなれないそうだ。
今のままでは本当に役立たずだ。
「そもそも11属性とかどう考えても多すぎ!受験勉強いやー。アラサーの脳みそには詰め込めない」
「では、三十分の休憩の後、復習を終えてから、ちょっと身体を動かしましょう」
「外、あんなに暑いのに?」
「これでもまだ涼しい方ですよ。砂漠を渡って、セリカに行くのでしたらもっと暑さに慣れないと」
「今日は場所を変えます」
リズにそう言われて連れて来られたのは、王宮のではあるのだが、演習場近くの庭だった。
「ヤシの木?ソテツ?」
フォルムはヤシの木だが、生っている実が全然違う。
天辺に葉が生えていて、そのすぐ下に小さな黄色や赤の実の房がいくつもぶら下がっている。実の大きさはスリムな巨峰?な感じだ。一房だけで三十個以上付いているんじゃなかろうか。
「ナツメヤシです。この木から五つ以上実を採って下さい。この演習場にある物を使って。他に使いたい物があるのでしたらおっしゃってください」
由香里が今まで練習してきた武器(?)のラケットと弓、矢、剣、ナイフ、鎌、パチンコ、水鉄砲。ロープ。フライパン。スコップ。
ドッジボールは回収され、追加で渡されたのは木の棒。
竹ぼうきぐらいの長さはあるが、当然木の頂上付近に生えている実を落とすには全然足りない。
動物番組で、猿が色々な道具を使ってバナナを筒から出すシーンを思い出す。
「ワタシは猿か!」
「猿より賢いところを見せてください」
娘は木陰でジュースを飲みながら「ママ頑張って!」と可愛らしく応援してくれる。
テイク1 『とりあえず、蹴る』
「結構幹が太いわね。」
少し揺れるが、実が落ちてくる気配はない。フライパンやスコップでも叩いてみるが、手持ちサイズだ。対した威力にはならない。
テイク2 『物を投げる』 まず靴を投げてみるが高さが全然足りない。「やっぱ都合よく当たるわけないか」
次にラケットでボールを打って見るが、靴よりよく飛ぶものの、当たらない。
テイク3 『登る』 一歩木に足を架けた時点で鱗がぽろぽろ落ちる。「怪我するから」
テイク4 『まともな武器を使う』 「矢とか、金属類使って自分の頭に当たったら、危ない」当然試す前に挫折。
テイク4 『服を脱ぐ』
たまに通りかかる兵士さんに色仕掛けで採ってもらう。これ結構良さそうな案だが、絶対娘の前ではできない技だ。
そもそも兵士が真っ昼間に王宮の庭でアラサーが服を脱ぐのを見かけたら、誘惑される前に痴女認定して職質をかけるだろう。
この時点で頭がかなり湯だっている。
「誰も見てないから」とズボンを脱ぐ。中のシミーズは膝上まである。下着ではなくスカートだと思えば我慢できる。
「ママまだトイレの場所覚えていないの?」
別のナツメヤシの木の下でジュースを飲んでいた心愛が首を傾げる。
一瞬暑さのあまりプライドを捨てるところだった。
「そういうのは禁止です。小休憩をとりましょう」
たっぷりのチーズヨーグルトとドライトマトにハーブを載せたパンをパクついている間にもリズの説教が始まる。
「これは、モンスター襲撃などで我々とはぐれてしまった時の訓練です。娘さんを抱えてモンスターに」
「それならそう言ってくれればいいでしょ?何の嫌がらせかと思った。それにしても本当に」
テイク5 「時間まで寝る」
無駄なことをせず、一旦寝てスッキリしたらよい
「暑い」
彼女は、若様に用事だそうで離れている。
「一応木陰にはなるから。暑いけれど」
誰も見ていないのを確認して、シャツも脱いでしまう。シミーズいっちょうでは心もとないけれど少し涼しくなった。
すやすや……
なんか動く気配を捉えて、ぱちりと目を開けた。
緑
娘が
「真鯛終わらないの?」
廊下を歩いている綺麗目の男の子
「痴女? それとも、どなたかの依頼かな。その……依頼者の部屋にたどり着いてからのほうがいいと思うのだが。」
男性がなんか、もごもご口にしている。
「私、先輩にナツメヤシを取ってくるように言われて」
「先輩?」
(まあ、新人には見えないわな)
「育児が一段落着いて、臨時雇いの募集を受けたんですけれど……」
男の人が由香里を頭の天辺から爪先までみて、目を逸らした。
「そのような、新人いじめが横行しているのか。いくつだ?」
「へ?」
「いくつ取ってきたら良い?」
「……10個で」
「じゃあ一房で十分だな。とりやすい木の場所を教える。こっちだ」
男はそういうと由香里の手を引く。
この国の男性は見知らぬ女性の手を引くのが当たり前なのだろうか? 馴れ馴れしい。
付いていくは少しためらいを覚えるが、背に腹は代えられない。一度取り方の見本を見せてもらえれば自分でもできるはずだ。
「あ、ありがとうございます」
男を警戒しながら歩く。何かあればすぐ手を振りほどこう。
「宮廷の空気が悪くなるのは感心しないな。その先輩の名前教えてくれる?」
(あ、やば)
大事になる前に、さっさと切り上げよう。
「いや、そこまでしてくれるのは。 自分で解決できます。 どうしても無理そうならお願いしますね」
にこ。
「そうだ。君の名は?」
「『名乗るほどの者では』と『人の名前を尋ねる前にまず自分から』どちらをお答えしたらよろしいのでしょうか?」
「嫌ならいい。」
どうやら名乗る気はないようだ。なら・・・。
「姉川 ピーチ」
(もっとマシな名前のほうが良かったかしら)
由香里は偽名をさらっと吐いた。
「『ピーチ』。可愛らしい名前だ」
なんか振り返った男の歯の端がきらっと光った気がするが、見なかったことにしよう。
建物の角、ちょうど私が練習していた所から死角になるところに差し掛かった。
建物の影に誘い出していかがわしいこととか、と疑いの目を向けようとしたら、それが目に飛び込んできた。
「わあ。これならいくらでも取れますね」
人の背丈ほどしかないナツメヤシの木がが植わっていたのだ。男がたわわに実った実を一房取ってくれる。
「またここで会おう。どうしても生活に苦しくなったら、僕の所においで。湖の女神」
そう言って由香里の手を取りそっと口づけをする。
「えーっと、教えてくださりありがとうございました!」
お礼を言って、娘が待つ木に向かう。ちょっと歩き進めた所で振り替えると彼は手を振ってくれていた。もう一度丁寧にお辞儀をした。
娘の所に戻ると、すでにリズも戻っていた。
「今の宰相閣下の息子ですよ! 副神官長です! なんてことしてくれちゃったんですか!?」
「白っぽくってだぼっとした服着ていた人が?」
「ええ、そうです。それもキスなんかされてしまって。迂闊すぎます。若様に言いつけますよ」
言いつけますよって言われたって、別に痛くも痒くもない。
「まま、パパ以外の人とキスしたの?」
娘がこの世の終わりみたいな顔をして、ぴぃぴぃ泣き出す。
「心愛、違う!違うからね!ほらここは外国だから挨拶のしかたがちょっと日本と違うだけなのよ!指先にちょんてやっただけだから」
「どうでもいいですが、いつまで下着姿でうろついているつもりですか?」
娘をなだめて若様の家に帰ったら、速攻、若様にあの庭園の立ち入りを禁止されてしまった。
11属性・・・土・水・火・風・金・木・氷・雷・光・闇・無




