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師匠の言葉

 「遅かったな~。ルー坊」


 師匠の旦那様が、畑を耕しながら、声をかける。

 さっさとその日のうちに帰ってくるのが普通なのだが、馬車の打ち合わせやらなんやらで、二日後になってしまった。


「アスラ様、ええちょっと……師匠に客は来ていませんよね?」

「ああ、平和なもんだ。またゴミが増えたがな。よろしく頼むわ」


 師匠の客と言ったら、怪我とか病気の治療、占い、そして呪いなど、たまに物騒なものも混じっている。

 まあ、怪しげな依頼を昼間からする人もめったにいないしね。


「けーけけ。無事に帰ってこれたかい」


 私の魔法の師匠、リリアナはぼさぼさの灰色髪の老婆だ。これが私の死後、二十代のピンク髪の美魔女に若返るとはとても思えない。


 師匠の家は元々掘っ立て小屋みたいに狭く、訳のわからない魔術具も多い。

 とりあえず、師匠を問いただそうと村に戻ったは良いが、叱りに来たのにさっそく部屋を片付けさせられた。


「また、ガラクタ増えているじゃないですか。これは?」


 ランプやら絨毯、扇子、下駄、クマの置物、テンガロンハット、でっかい石の円盤、棺、望遠鏡……


 わけのわからないガラクタを一つ一つ重要度別に仕分けるのだが、私には判断が付かない。


「それくらい自分で判断しな」


 自分で判断して、掃除しろよ。


「じゃあ、全部粗大ゴミで」


「……そりゃB級品だよ。これはお前の目を肥やす訓練なんだから、そのばっちいものを見る目はやめな」  

「僕は鑑定士になるつもりもありませんし、無事に20歳になった暁には農業に専念します」


 王都に魔法書店を出したいと言う願いは秘密だ。

 狭い村だ。誰かに漏らせば、すぐに村中に伝わって親の耳に入ってしまう。

 せっかく運命を回避できると思っていたら、この魔婆のせいで。


「お前、小さいとき死にたくないと言って、ワシと契約したのだろう。

 『なんでも言うことを聞く』と泣きながら頭を下げてな」


 当時、ちょっと怪しい魔女(怪しい呪文と薬草で医者まがいのことをしたり、呪詛の依頼を受けるという老婆)に、弟子入りしたのは、確か6つの頃。


 実際、呪詛の依頼を受けている姿も目撃している。

『どうせ人は急がなくても死ぬんだ』と言って、客が去った後舌出していたし、それっぽい呪文を唱えている間も特に変な力を感じたことはないから、嘘っぱちなんだろうと思っている。


「言うことを聞いていますよ。掃除洗濯・料理、出来る限り介護してきたつもりですが、とんだしっぺ返しを食らわされました。どうして私を勇者一行に推薦したんですか?」


 ちくりと嫌味を言う。


「そう! さすがにワシも年には勝てん。 宮廷魔術師の我が孫は潔癖性で砂漠や森の中など絶対に行かん。

 必然、我が第二の弟子であるお前を推薦することになった」


 潔癖性って、蝙蝠の羽とか扱うのに良く宮廷魔術師になれたね。


「人類は森から外の世界に広がって行ったんですよ! つまり森は人類にとって家なんですよ!」

「お前はたまによくわからぬことを言うな」


「第二って、本当に他に弟子いないんですか?」

「いるにはいるが、ワシより早く墓に入っているよ」


「『君子危うきに近寄らず』。 他を当たってください」


「はっ? お前、『君子』とは『立派な人』のことを言うのだよ。

 何もせずに立派な人間になれるわけが無かろう」


「では、立派でなくて結構です」


「おまえの好みのふわふわ系を仲間にくっつけてやったろ」


 ……ふわふわ系。

 ほわんとしたしろくま系少女の姿を思い出す。


「あんたの差し金か!」

 

「はぁ?」


 師匠は耳に手を当てて、聞き返してくる。


「……ばばぁ」


 と小さく囁く。


「なんじゃとぉ!」


 まだまだ耳はよく聞こえるようだ。


「と、副王陛下がおっしゃっていましたよ」


「あのがきども、あとで王城の塔から吊るしてやろうか!」

「師匠血圧上がりますって」


 めいいっぱい拳を握りしめて立ち上がった師匠を座らせる。 


「まあ、ワシに弟子入りした時点で運命という大河に放り込まれたんだ。

無理して溺れるよりは、流れに任せつつ向こう岸を渡ることを考えな」


「流れに任せていたら死んでしまいますって」


「勇者なんて見捨てて逃げてしまったらいい・・・とは思わなかったのかい?」


 師匠の言葉...それは何度も考えたことだ。


「アレックスは馬鹿だけど、友人が僕のせいで死ぬなんてことは嫌だ」


「ああ、そうかい。なら結局自分で選んだんだ。師に当たるのはおよし」


「...。」


 腹の中に怒りの捌け口さえない。誰に命令されずとも友人の手助けをしたのに。どうしても運命を押し付けられるのは気にくわない。


 師匠はガラクタの山を振り返る。


 「わしの先祖が作ったカウリーだよ。使い方も分からない馬鹿どものところで埃かぶったままじゃかわいそうだと思ってね。わしが死ぬ前に還してもらおうと思ってな」


 そんなしんみりとした言葉で騙されない。

 まあ、本当にこれがカウリーなら値がつけられないものだ。


 これらと私が等価と評されたことには魔術師としては本来は喜ぶことだ。


「適当に選んでいきな。餞別だ」


 餞別じゃなくて、在庫処分だろう。


「それは、さすがに……水が湧き出る杯とかあったらうれしいのですが。そんな都合のいいものはー」


「あるぞ」


 師匠は一番側の山をがさごそとやって小汚ない壺を取り出した。


「一日で壺いっぱいに水が湛えられ、ぶどうを一粒落とせば翌日にはジュース、その翌日には上等なワイン、その次の日にはワインビネガーになるんだ」


「つまりは水は汲まなくていいし、酒代を浮かせられるってことですか? 師匠すごい!じゃなくて、本人の了承もなく勝手にー」


 師匠はまたも山に手を突っ込み漁る。 


「おっかしいねぇ。お前にぴったりなものがあったんだがね」

「ぴったりのもの?」


 ああ、なんで分けた山の底に手を突っ込むかな? 山が崩れるって。


「余分な魔力を溜め込むもので、虫の形しているんだがね。余計な魔力が外に漏れないから、妖精(むし)が寄ってこなくなる」


 子供の頃に欲しかったアイテムだ。 

 風邪をひいた日に限って、ごっそり魔力を削られて死に掛けたことが何度かあった。

 精霊使いは羽音が聞こえたり、精霊と交渉できたり便利らしい。

 だが魔法使いには精霊の気配を感じることは可能でも、声を聞くことは叶わない。

 

 何気なく、山の端をいじっていると、ちょっと光るものを手に取った。

 重要度別で分けるよりもサイズ別で分けておけば良かったか。


「それが気に入ったのかい?」


 私が何気なく手に取ったのは真珠のピアスだった。それも片方だけ。


「使用済みピアスだったら、血液感染とか怖いんですけれど」


 前世は使ったことないし、誰かの使ったピアスを使うのはさすがにない。

 大体、いつの物かわからないが針の部分が錆びている。絶対嫌だ。


「細かいこと気にするね。 でも、そうだねぇ……そんなきらきらしたもの耳にぶら下げていたら、しつけの悪いカラスがつつくかもしれない。

 明日の朝一番に出発するんだろう? 適当に直してやるよ」


「カウリーを勝手に改造していいんですか?」


 人魚の形を模して作られたもので、胴は真珠、鱗はサファイア、さらにその下にも真珠とルビーが吊り下げられている。 カウリーと言うことを抜きにしても芸術品としての価値は十分にある。


「知識のあるものなら、難なく出来るさ。大体カウリーなんて使われてなんぼだ。

それとあの幽霊には気をつけな。お前は、運命を勝手に変えた。お前の代わりに誰か死ぬかもしれんの」


「...。」


 運命通りの道を選んだとはいえ、あがくことまで間違えではないはずだ。


「いくつか護符を、あと死の声を防げる特性耳栓。どうだ、優しい師匠だろ私は。けーけけぇけ」


「ぜんぜん優しくないです」


 師匠が付と笑いを引っ込めた。


「ー世界は滅び何度も再配置される。この意味お前ならわかるよな?」


 師匠の言葉の謎。再配置。滅び。


 師匠はここがゲームの世界だと知っている?知っていて、何度も私を送り出した?


「魔王を倒してもこの世界は...」


「人はさだめから逃げたつもりでも、運命は必ず追ってくる」

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