新たな仲間
副王が本日の食事と部屋を与えてくれた。
「王が隣席していては食事も楽しめまい。まずは旅の仲間で親睦を深めてくれ」
副王はそう言って同席しなかったが、これなら居てくれたほうがましだった。
美味しくて豪華な料理も全く恥ずかしさのあまり楽しめない。
原因は......
「スイカみたいな胸騎士いるのかな。それとも君が最強?」
「...」
姫騎士様が無言で食事を進めていく。
胸騎士じゃなくて、姫騎士だから。
巫女様もアレックスに冷ややかな目を向けていた。
ちくしょー。お昼に飲み損ねたスープ分は元をとってやろうって思ってたのに。
姫騎士様はそれなりの装備をしていが、若干というか、かなり装飾過多な気がする。
「姫さまその鎧についた宝石は?」
「飾りですが?」
どうやら私のことをアレックスの同類と思っているらしく、反応は冷たい。
特殊な付与効果がないのなら光り物はいらない。重いわ、さっきからユキが目をらんらんと輝かせて、宝石を狙っている。
聖女様は、うーん特殊な魔法効果のローブであることは間違いないんだけど、紙装備であることは変わらない。
ちょっと重いけれど鎖帷子を重ね着してもらうか。
仕方ない。姫騎士様は無理でも、巫女様とは少し話しとこう。
「巫女様、名前をお聞きしてよろしいですか?」
「ルシラと申します。よろしくお願いします」
「一応、巫女様の身はできる限りお守りいたします。」
「ありがとうございます。ルード、リッド様」
巫女様は愛らしく純粋な笑みを返してくれた。
残念な勇者の欲望満面の笑み、ばば...師匠の人を小バカにしたような笑いとの差は何だろうか?
「戦闘などになりますと長い名を呼ぶ時間も惜しいですし、ルードでよろしいですよ」
「はい。私のこともルシラと、お呼びください」
「わかりました。ルシラ様」
ルシラ様の機嫌が少しだけ下がる。
「あの、ルシラ様?」
「ルード」
どきりとした。少女がなんのためらいも無くそう呟いただけで胸が跳ねたのだ。
いや、戦闘時に敬称を付けている余裕がないから、今から互いに呼び捨てに慣れておかないと。
「ルシラさ、ルシラ」
「はい」
巫女様がはにかんだ笑みを向けてくれた直後。
姫姫騎士が剣を抜いた。
「ルード。あれは止めなくていいの、ですか?」
「まあ、問題があれば侍女や警備の人が止めてくれるでしょう」
飾られている食器やらな壺やらが盛大に割れているが、ほとんどの品を壊しているのが姫騎士様なので大丈夫だろう。たぶん。
好きに戦わせて実力を測るのも手だ。なんせこの世界はレベル表示なんてないのだから。
「仲間として、不足はなし、か。演舞だと思って、ゆっくり眺めー」
高そうな壺が盛大に割れる。アレックスはテーブルに乗ると、器用に食べ物を避けながらステップを踏み姫騎士の剣撃を難なくかわす。対する姫騎士はテーブルの上の物なんてお構いなしに踏み荒らしていく。
私たちは自分の皿を守りながら静かにごちそうを食べた。
最後は侍女に泣きつかれてたので、二人同時に軽い雷撃を与えた。
「ルシラさ、ルシラならどうする?」
「子守り唄を唄います」
巫女様はそう言って、唄い出した。
祝詞の形を呪歌なのだろう。
心地よく響く柔らかな声が耳をくすぐる。なんだか眠たくなってきた。
突然唄が途切れる。うとうとし始めてたところを急に肩を叩かれたような気分だ。せっかく気持ち良いところだったのに。
「...まだ範囲指定がうまくできなくて」
「きれいで優しい声だね」
私がそう告げるとルシラは可愛らしく赤くなる。
あとは食事をしながら、互いが唱えられる呪文の情報交換に勤しんだ。
食事の後は客室に案内され、ベットにダイビング。
「きゃー。十数年ぶり?ふっかふか!もう一生このベッドで寝ていたい」
ベッドの滑らかなシーツにほおずりする。
寝室のベッドは天涯付きふっかふかのベッドだ。床にペラペラ安物絨毯を敷いて寝転がるだけの我が家とはレベルが違いすぎる。
いけない。王宮の浴場に入ってから、寝ないともったいない。これを逃せばもう二度と入れないかもしれないのだから。
◆
深夜、騒音で目が覚めた。
賊でも侵入したか。
まあ、近衛や護衛がたくさんいるから大丈夫だろう。
翌朝、切羽詰まった女の子の声で目を醒ました。
「ルード様、ルード!」
「どうしたのです?こんな早くから」
前の人生でも、現世でもお目にかかったことのない豪奢な天涯付きベッドから這い出ると、カーテンの隙間から日の光が差していた。
寝過ごしたか。
「た、大変です!姫騎士様が、アミール様が出家しました!?」
「は?」
旅の仲間の唐突な出家に二の句が告げられない。何があった?
「勇者様...アックス様がクリスティナ様のところによば...忍んでいかれまして」
「何やってんだ。あいつ!下手したら斬首だぞ」
ちなみに勇者の名前はアレックスだけど。
「その先客が...いまして。すでにアミール様が姫様と別れを惜しんでいるところに乱入...」
「んー、ん?」
微妙に歯切れの悪いルシラの声は次第に低く細くなっていく。
「二人残りの人生を神に小神殿で二人の仲を黙認...もしくは蓋をしたということのようです」
「ハアアアァ!?ゲームと全然違うじゃん!?補充要因は?」
「げえむ? 昨日の破廉恥な発言と姫と隊長の仲に割って入ろうとしたことで、大ひんしゅくを買ったようで、姫騎士団の協力は絶望的かと」
「つまりアレックスとわ、僕と君だけで魔王退治に行くの?」
「かもしれません」
「そんなー」
盾が一人減るじゃないか。
◆
騒ぎが大きくなる前私たちは追い出されることとなった。
軟禁されているアレックスとは厩舎裏、金の馬車の前で合流した。
さぞかしお姫様に悪態をついているかと思ったら、
「...あいつら壁を越えていきやがった」
などと放心状態だ。
「男の騎士なら用意できますが」
「はっ?お、女以外認めるわけないだろ」
「男性騎士様でいいじゃない」
この際、ゲームなんてどうでもいい。盾!盾が、的が切実にほしい!
「断固拒否する。他に姫なんていくらでもいるだろう」
〈呼びました?〉
「「へ?」」
金馬車の窓から手を振っている妙齢の女性が見えた。
「なんだ、いいの用意してるじゃないか!」
アレックスが馬車に乗り込んで、女性に覆い被さろうとする。慌てて止めに入ろうとしたが、アレックスは「ぶへっ」と声をあげて馬車の床に盛大に顔をぶつけてしまった。女性が避けたのではない。女性をすり抜けたのだ。
「あ、悪霊」
〈ひっどーい。わたくし悪霊じゃありませんわ。そもそも悪霊の線引きってどこかしら?100文字以内で答えてちょうだい〉
「その馬車は“出る”ことで有名です。こんなはっきり出るとは。メーナ王女殿下」
副王が冷静に説明してくれる。
〈死因は馬車が崖に落っこちてバラバラになって死んだの〉
当の幽霊は、明るい口調だ。何がバラバラになったかは確認しないでおこう。
「メーナ王女享年十五。これで十代後半の姫の条件は整った、ということでよろしいですな?くれぐれも有りもしないことを吹聴されませんように」
「はー。事故馬車じゃないのを用意してくれませんか」
「ご用意できる金馬車がこれしかございませんで」
「いや金馬車じゃなくていいし、普通のでお願いします!」
『金馬車』なんてバカな条件を言ったのは姫騎士だ。しかし王女(幽霊)は手を組んで懇願する。
〈わたくし国のために尽くしたいのです。そのためなら勇者に操を捧げます〉
「メーナ王女の国家へ献身、その覚悟ご立派です」
「いや、ムリだろ」
突っ込みはしたが、これ以上王女様方に迷惑かけるわけにいかない。責任問題になったら今度こそ連座で責任とらされるかもしれない。
〈一応、薔薇騎士団の騎士団長の経験もあるわ〉
「仕方が無いです。アレックスが寝ている間に出発しましょう」
「えっ?幽霊と旅する気ですか?」
ルシラの意見も最もだ。幽霊と一緒なら安眠もままならないだろう。
「じゃあもう一個だけ、要求を。王宮にあるクッションと枕を何個かいただいて良いですか?」
ベッドを丸ごと持って行けなくてもせめて枕だけは持っていきたい。副王は即座に頷き、枕とクッションとは別にふかふかの絨毯と毛布までつけてくれた。
「ルシラがついてくれているなら、僕は安心だよ。悪霊の類いなら君が祓えばいいだけだし。仲間は途中で募集すればいい」
そう、運命に従ってやる義理は無いのだ。
「うー。わかりました」
「勇者様と魔法使い、聖女、幽霊、ちょっと変更はあったけれど、なんとかなるか」
◆
意気揚々と都を出発しようとしたのにすぐ足止めを食らうことになった。
「ルー様」「ルードリッド様」「ルード様、お帰りをお待ちしています」
「え? 私?」
お姫様と聖女様の視線が痛い。
「見送りに来てくれたのか!」
馬車の中からアレックスがひょっこり顔を出す。
わらわらと女性たちがアレックスを取り囲む。
「おお、みんな。君たちと別れるのは辛いが、俺は勇者に選ばれた。戻ってきたら君たちをみんな愛人にするよ」
「「「「きゃー!!勇者様万歳!!」」」」
「わ……私の名前で、女の人とお付き合いしていたんですか」
ぎぎぎっとひきつった顔をむけるが『勇者』はけろっとした顔で「いらなくなったら、ポイ捨てしやすいだろ」。つまりとんずらしやすいように私の名前を使っていたと。
「この勇者サイテーだ」
こんなクズ勇者、今すぐ廃棄物処理したい。
「お前の予言ではお姫様と聖女様に出会う予定じゃん。いつでも身奇麗にできるようにしてたんだ。見事にあたったんだから、王女以外の他の女なんて雑魚だよ。雑魚」
「信じてくれたんダー。」
かわいい女の子に目がないのは知っていたが、ここまでとは。
「ほら、さっさと行きますよ。”ルード様!」
《まあダーリン、早く馬車に乗って下さいな。このままではうっかり死告の歌を歌ってしまいたくなります》
馬車から降りて手を振り出した勇者を私と巫女様で馬車に引きずり戻した。メーナ王女も物理的には手を貸せないが手伝ってくれた。
「ルードさまぁー!!」
《本当に死告の歌を歌っちゃおうかしら?》
メーナ王女が黄色い声をあげる女性たちにちらっと目を向けて呟く。
「マジやめて。お願いします」
ぐったり。
まだ旅が始まっていないのになんだろう。この疲労感。
「ユキ、しばらくそこの木に止まっといて」
――隣の子のほうがよさげじゃない?
ー本当に勇者になったら、絶対金ふんだくってやるんだから
ーほら泣くんじゃないの
ーーもっっといい男見つけるわ
ーーああ、せっかくの上客逃しちゃったわ
私たちを見送った彼の恋人たちは口々に好き勝手なことを言っている。
「やっぱり」
白カラスのユキは使い魔だ。意思の疎通、ただ「視覚」「聴覚」「嗅覚」とも人間の頭では処理できない情報が含まれているので長時間の感覚共有は難しい。
「まあ、どっちもどっちか」
勇者の門出とは思えないひどい出発だ。