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勇者

 程なくして友人のアレックス(勇者)が合流してきた。


 彼は物語の勇者のイメージとちょっと、いやかなりかけ離れた男だった。


 ”僕”としてはこの男のこと好きなんだよなぁ。 どこか憎めないと言うか、人間くさくて。

 やり過ぎない程度には監視して矯正……


「ホントおまえ変わった本読んでいるな。そんなんよりか、ねーちゃんのはだ……」


 アレックスはだらっと肩肘ついた状態で、積み上げていた本の一番上を手に取り、ぺらぺら捲る。


 私は我慢できず、ぎろりとアレックスを睨んだ。きっと続きはろくでもない言葉だ。


 この男は声を全く抑えていない。

 そもそもこの世界には図書館は静かにっていう習慣が無い。さすがに泣き喚いている子供が注意するが、それ以外はほぼ放置。


 会話が自由とはいえ、公序良俗にひっかかる言葉はまずい。というか、私が聞きたくない。


「どうしても見たいなら、向こうに画集があるから」


 神話を題材にした絵も多く優美な女神や妖精の芸術的なお姿が描かれているはずだ。

 実際の妖精なんて、魔力を食いつくす悪食だが。


「くっそ、おまえどっかで女ひっかけて、俺に紹介しろよ。ど田舎じゃ、ろくな女いねえ」


 さすがに、司書のおねーさんがこっちを睨んでいるよ。


「噂の女神見てきたら?」


 なんでも、王立美術館には、等身大の女神の絵が飾られていて、それを見ることが王都の人たちのステータスなんだそうだ。

 なんか、その絵に触発された彫刻家が絵に似せて、石像を作ったとか。


「それにね。僕にだって恋人を選ぶ権利はあるし、大事な恋人を君に紹介する気は無いよ。 

 ろくな女とか言う前に、まともな男になる努力をしたら?」


 性格にかなり難有りだが、ちっちゃい頃は私を女の子と勘違いして、『大好きだ。結婚してくれ』ってプロポーズしてくれたと言うのに。なぜ、こんな風になったんだか。

 前世では、言われる前に死んじゃったから、嬉しかったんだけれどな。


 村に女性がというか若者がいないことは時代の流れというか、塩嵐にたびたび襲われて、農作物が碌に取れないせいで、私に当たられても知らない。


 一つしかない川の水をあちこちに引いて一時は農作物の収穫量は増えたけれど、小カザル湖に流れ込む川は細った。


 夏場、塩湖の塩の一部が露出→塩が風に乗る→草原地帯だった大地に降る→草が枯れる→土が乾燥しやすくなる→塩を含んだ風が乾燥した土を巻き上げる→砂嵐→……


 という、負の連鎖の繰り返しで草原地帯は気づいたら、砂漠になっていたというわけだ。

 それを神やら、精霊やら、魔王のせいにしちゃっているわけだから、どうしようもない。


 塩を含んだ砂塵は、小カザルばかりか隣国に及んで、おかげでこの国は諸外国から嫌われている。 


 それでも、トマトの原産地のアンデスの山は余り水を使わないとか、ブームだった『塩トマト』といった前世の知識でトマトを栽培を始めたおかげで、私の村は他の村よりかほんの少しばかりマシだ。


 魔法で狩りをして手に入れた貴重な金の三分の一をトマト苗に使ったときには、母にビンタされたし、最初の二、三年トマトを全滅させたときも、ビンタされたが。


 塩トマトは小ぶり(ミニトマトサイズ)だけれど実がしっかりして、王都まで運んでも、たいして痛まない。

 そして、それなりに甘い。

 最初は王都に売りに行っても、小さくて見向きもされなかったが、試食してもらったらじわじわと人気が出て、村を支えた。 それも、他の村よりも少し寿命が延びただけの延命処置だが。



 ぼんやり、うちの村の将来を憂えていたら、アレックスの指先が私の髪を数本掴んだ。

 柔らかく掴んでいるので、別に痛くもかゆくも無いのだが、こんなのを道行く女の子にやっていると思うと、王都の女の子に申し訳なさ過ぎて…… 


「髪売るのやめろって」

「いや、シャンプー付きで散髪までしてくれて、お金もらえるなんて、お得じゃない。 大体僕の髪が長いと『さっさとっ切れ』って言うじゃないか」


 シャンプーというよりも薔薇の香油なのだが、丁寧に洗ってくれて、薔薇の香りがかすかに残っているのが気に入っている。


「だいたい女よりも髪に気を使ってどうするんだよ」


 いや、前世の洗髪習慣に比べれば、随分サボっているほうだ。


 「別に気を使っているわけじゃなくて、師匠には出世払いでいいって言われているけれど借金とか嫌だし、売れるものは売らないと」


 この国の人達にとって手入れの行き届いた珍しい髪は魅力的で、価値がある。


「ぼったくりもいいところじゃねえか」


 私はすでに膨大な借金を抱えている。 農家の息子のままなら一生払えないような。

 ゲームをやって師匠の正体を知っている身としては良くそんな安い値段で授業が受けられたな、と言うのが正直な気持ちだ。


「で、いつになったらそっち終わるんだ」


 私の手には「法律大全」なる小難しいご本が。私だってこんなごつい本読みたくない。

 ライトノベルしか読まなかった私には、文字のびっしり書かれた本など見るだけで気持ち悪くなるが、少しずつ読み進めている。

 図書館と言っても、一般人には本を借りることは許されていない。

 ノートに書き写すことは許されているけれど、それはカウンター前の数席に限られている。


「僕にとっては大事なことだよ。で、どうだった? 試験のほうは」


 ぼそりと声を抑えて尋ねてみる。


「まあまあかな。結果は後日って。で、頼まれていた奴、いたぞ」


 勇者は召喚されたか、否か。


 ◇


 ゲームでは、主人公(目の前に座っているアレックス)が18の誕生日に託宣が下るという内容だったはずだ。

 だが、それを待たずして異世界から勇者を召喚するとは……。


「羽根つきをやっていて、おばさんのほうはまったく拾えてなかったんだ」


「へ、……へー」


「で、ちょーおもしろいことに、そいつが勇者なんだってよ」


「へー」


 絶対成功しないな。


 勇者召喚を神殿が行った日。勇者は現れなかった。かなり気まずい雰囲気の中で儀式は終わったらしい。

 で、風の噂で勇者が見つかったと言う話がちらほら現れては、消えて半月。


 アレックスに騎士の試験を受けさせるついでに、勇者の姿が王城にないか確認してもらった。


 そう、我々以外にも勇者はいたのだ。

  

 だいたい魔王って言っても実感わかないし。いや、もちろんゲーム上では魔王を倒したのだが……

 その……この王国には魔族に襲われているという切迫感が感じられられない。 平和なのは王都とその周辺だけかもしれないが。


 そもそも東のそれもずっと遠くにいるはずの魔王が大地に火の穴を空け、悪魔達を大地に解き放って砂漠化させて、砂嵐を起こしたとか。 どんだけ濡れ衣。


「髪はおもしろい黒色で、目も暗い色。もうちょっと若きゃ口説くのにな」

「ふーん」


 黒髪はこの国ではほとんどいない。それこそ魔術師や占い師よりか貴重だ。それだけで勇者って仕事を押し付けられたのかな。


 それとも、私たちと同時進行で女性ルートの勇者が現れたのだろうか。

 男性ルートと女性ルートが一緒の世界データで進むはずないのだけど。


 四人だけなら、心もとないが、さらに四人追加されたなら、的まとが多いわけで、こちらの攻撃回数も増える。つまりは『お約束』とやらを回避できる可能性が高まる。

 相手のパーティーにも『お約束』を持っている『女魔法使い』がいるはずだが、それも大人数ならカバーできるだろう。中ボスが2倍に増えなければ。


「で、その女の娘が聖女なんだってよ。まだ、十ほどのガキ」

「聖女? その子も黒髪?」


 男性ルートだけで満足して女性ルートやらなかったから、女性ルートの詳細は知らないが、ゲームの事前情報では、『聖女』ではなく男の『神官』はずだ。

 どちらにしても、幼馴染の魔法使いが死ぬのは決定なのだが。ゲームの作成者は魔法使いに恨みでもあるのだろうか?


「そうだよ。そいつが、俺と付き合うってのか?」

「ロリコン入りおめでとう」


  昔の私は、未来を勇者に伝えて万全の備えをするか、かなり迷ったが、彼は今後の展開を知っておくに越したことは無い。

 宮廷占い師がいる世界だ。アレックスは私の予言をいぶかしみもせずに聞いてくれた。

 

 まあ、宮廷占い師でも、当たる確率は半々と言われている。実際はもっと低いだろうけど。


 私がこのままでは死ぬ運命にあると知っていて、幼い彼は、

『俺は勇者なんかにならねぇ。俺様が鍛えてやるから、お前は絶対死ぬなよ!』

 と、力強く言ってくれた。 


 自分は魔法の修行・家の手伝い・アレックスのちゃんばらの相手に明け暮れ、少年期を過ごした。


 それが、アレックスは最近なぜか勇者になることに乗り気になってしまって。はあー。


「俺の好みはでかいのだ」

「じゃあ、熟女の勇者さんルートで」

「勇者は平たかったな」


 この勇者、失礼にもほどがあるな。


 私が男性ルートをやっていた理由は、弟の補助的な意味が大きかった。弟がちょうど受験時期に突入してゲームの時間が取れなかったから、面倒なレベル上げは、私が時間を見つけてやってあげていたのだ。

 弟は当然、男性ルートを選ぶし、私もリアルすね毛を見ている身としては、かわいい女の子を愛でてるほうが、なんぼかマシである。

 ちなみに、こっちの身体はわりとつるつるで、思ったほど無駄毛は多くない。


 弟と私、時間ある時に戦闘をすすめ、ストーリー部分直前には必ずセーブをし、ロード画面でくるくるCDが回るもう限りなく寿命の近いPSをなだめ、ってのを繰り返し一ヶ月ほどでクリアをした。


 二人でレベル上げなど邪道この上ないが、『受験』の前には仕方がないし、後半年で2が出るってのに買い直すのももったいない。


 過去から、アレックス(みらい)に頭を切り替える。


「そんなんばっかり言ってると本命に相手されないよ。お姫様のほうかも」 


 運命の相手が現れるから、自重しろと常々言っているが、私の忠告を聞いてはくれない。


「本命は……。俺を振る奴が馬鹿なんだよ。それより、お前はさっさと恋人作らないのか」


 こいつが勇者? 私は壮大な勘違いをしているのではないだろうか。


「運命の一人が現れてくれれば、それで十分、だよ」


「いっそ、こいつにヒロイン両方押し付けたほうが、いいんじゃないか?」と思わないでもない。


 こちらの心の声に気づいたのか、アレックスは「なんだ」と首を傾げる。


「なんでも」


 ぱたりと閉じた。

『塩トマト』……1990年代後半ブームになっていたらしい。


前世知識を生かして、地道(じみち)ート。テレビなどの知識を繋ぎ合わせただけなので。


トマト……原種はミニトマトサイズだったようです

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