特訓②
両生類・爬虫類系が苦手な方は、この話を飛ばすことをおすすめします。
「そして、手洗い行って行方不明か。 母親の方が」
悪いとは思っているけれど仕方が無いじゃないか。ほとんど初めてなんだから。
手洗いを出た後、右と左を間違えて、逆の方向に行っていることに気づいて立ち止まったところが十字路。
さ迷っているところを騎士を見つけて道を尋ねたら、お約束どおり「なんでわざわざ宰相の執務室前をうろついていた」と尋問されて、「白猫、騎士団、若様」だけ伝えたら、若様が即効で迎えに来てくれた。
「お約束とか言わないで。迷うのに年齢なんて関係ない」
「開き直りましたね」
というか、やすやすと入れるところに宰相の執務室作るなよと突っ込みたい。
「リズちゃん、この人たちひどいのよ。胸とか足とか触りやがって」
実際は足と言うよりも太ももだったが。
「ほぉー」
若様とリズが偉そうな人を冷たく見る。
「いや、それは武器の携帯をだな」
「まあ、他人が触りづらいところに暗器を仕込むのは当然ですが」
もごもごと言い訳する偉そうな人にリズが要らないフォローをする。
「ママの胸触ってもいいのはパパだけだよ」
「いや、パパもダメだからね」
(こっちもこっちで要らんフォローするし)
「……娘の前で、いちゃらぶ」
リズが先ほどよりも冷ややかな声で呟く。
「してないから!」
「でも、おかげさまで良い情報が手に入りました。
……もしも今後ご協力を仰げない時には、お嫁さんと娘さんに『うら若い女性の身体を触った』と日付と時間を添えた怪文書をお送りすればいいですね」
まあ、偉そうな人よりかは、若いけれど。
「違う! 我が隊は女騎士がいない。仕方の無かったことなんだぁ」
目の前の偉そうな人は顔面蒼白になっていく。 なぜか、急に情けなくなってきた。
(おっさん、私を尋問していた時の威勢の良さはどこに行った)
「そこらへんにいる召使いに頼めばいいではないですか? まあ、実際に暗殺者等でしたら、例え手足を封じられたとしても、召使いに毒霧を吹きかけて逃げるか、毒で自害するか……」
「女性騎士が足りないなら、薔薇騎士団にでも頼めばいいのでは?」
リズが物騒なことを言い、若様が冷ややかに尋問する。
「貴族の令嬢の集まりだぞ! もし本当に何かあったら俺の首が飛ぶ。物理的にな」
「どっちにしろ、もう解放してくれるんですよね」
「いや、取調べが……」
宰相の部屋の前をうろついていたら、迎えが来たからと言って、名前も聞かずに帰すわけないだろう。
「女性への配慮を欠いたのは確かです。これは本日の業務報告に載せます」
すごく怖い笑顔で若様が言う。
「いや、そんなことを記録に残されるほうが嫌だから」
「す、すまなかった」
偉い人が真っ青な顔で謝ったのを合図に、若様が「失礼しました」と折り目正しいお辞儀をして部屋を出て行き、由香里達もそれに続いた。
「もし、次にこのような事態になりましたら、白猫騎士団13番警邏隊で呼び出しをかけていただいたら。……私はそういった者の扱いに慣れていますので」
リズが最後にそう言い残して、扉を閉じた。
◇
「王城には武装女官もいますのに、それに助けを求める寛容さがないのでしょうね」
女性警官もいるけれど、頭を下げるには、立場とプライドが邪魔すると。
「どうします? 特訓に向かいますか? それとも本日は帰りますか?」
実際の所、本当に身体検査って感じで、ささっと触られただけで大して不快さを感じなかった。
配慮できるなら、配慮して欲しかったが。
「うーん。なんか偉い人の青ざめた顔を見たら、ちょっとだけ気が晴れたし、残りの怒りはスポーツで晴らしましょう」
「少しは訓練を前向きに受ける気になりましたか?」
「いや、ただラケット振り回したいだけだから」
◇
「で、これがバトミントンですか?」
板に棒を取り付けただけの、何か。
「本来は網のラケットで羽の付いたボールを打ち合うのだが、すぐには用意できなくてな」
バトミントンというか羽子板だ。
バトミントンのシャトルは栗より少し小さめのサイズの木の実を綿と布でくるんだだけ。
「とりあえず二人で打ち合おうか。ルールは気にせずに打ち返してくれたらいい」
こんなので飛ぶのかと思ったのだが、かなりゆるいカーブを描いて由香里の方に飛んできた。
キャッチできず、足元に落ちたが。
それだけでもどういうスポーツなのかリズには一応伝わったようだ。
「動体視力は養われるかもしれませんね」
無表情の中にかすかに侮蔑が混じっている。
「……立派なオリンピック競技なのよ」
もうルールをすっかり忘れているが。
「オリンピックというものがどういったものかは知りませんが、若様がかなり手加減したのに玉を打ち返せていないじゃないですか。 それとも、玉を落とす競技なのですか? じゃあ、私にも出来ますね。 若様、その板をお貸しください」
「……え」
若様から、羽子板を奪い取ったリズは、一定の距離を取り由香里にシャトルを打った。
「あの、何で足元、いっ! いた、人の足に当てる遊びじゃないから」
木の実を綿と布でくるんでいるとはいえ、明確な意志を持って当てられたそれは結構痛かった。
「シャトルの改良を要求します」
打ち返すことも出来ずに、さんざん逃げ回った後、ぜーはーぜーはー息を切らして、若様に訴えた。
「ああ、分かった。じゃあ、次はこれだ」
若様が濃い緑の何かを由香里に投げる。
「な、に? ふぎゃー!!」
由香里は手に持った板でとっさにガードする。急にラケットの重さが増した。
「青蛙だ。皮膚に毒があり、塩水に弱い。一応、魔物だ。毒は薬にも使われているがな」
「なんつー気持ち悪い」
10cmくらいだろうか。青っぽいガマガエルがぺったり張り付きゲロゲロ鳴いている。
「かえるさんかわいそう」
だが、板に張り付いた蛙は心愛を丸っこい半開きの目でじっと見つめる。
心愛が首を傾げて一歩だけ、由香里に近づいた。
そこを狙い済ましたように、空気を切り裂いて何かが心愛を襲った。
「何? え! ひっ!?」
心愛が頭を抱えてしゃがみ込む。
「な、なに? 心愛大丈夫?」
「うっ、ぐすぐす。何かぺちゃっとした」
よっぽど怖かったのか。由香里は板を投げ出して、ぐずる娘の背を撫でた。
「ぺちゃ? どこら辺、痛くない?」
ふと、娘の頭に違和感を覚える。何かが足りない。
「ねぇ。あれは?」
「あれ?」
「あの黄金虫。さっきまで頭にくっついてたでしょ」
「え? 」
娘が前髪をわさわさ触り、次いで黄金虫が飛んでいないかとあたりを見回した。
「蛙って、虫を食べますよね?」
「まさか食べちゃった?」
あの黄金虫の髪飾りを”本物”と勘違いしたのかもしれない。
「ふ、ふえ」
「泣かないの。別のかわいい髪飾りを買ってあげたでしょ?」
と言って娘を慰める。
「大丈夫か?」
若様は抜き身の状態の剣を地面に置き、しゃがみ込んで娘の様子を確認する。
哀れ、ガマガエル(仮)は板に張り付いたまま剣でぐさりと串刺しにされていた。
娘が不自然にびくりと震えた。
待て。 さっき若様は毒がどうのとか言っていなかったか?
「心愛!」
「ママ、なんか後ろもぞもぞする」
自分の背中に手を伸ばすが、かゆいところに手が伸びないようだ。
「どこ?」
「若様後ろ向いて下さい」
服の上から背中を撫でると何か小さいものが当たる。
娘の背中に手を入れると、見慣れた黄金虫が出てきた。
「ほら」っとそれを娘に渡すと、娘はすごく喜んで、「もー食べられたかと思ったよー! 勝手にいなくなっちゃダメだよ」と髪飾りに頬ずりした。
「蛙に触れただけでは特に痛くもかゆくも無いんだが、毒に触れた手で食事をすると、下手すると死んでしまう。念のため髪とそれと手はしっかり洗ったほうがいいな」
結局、王城の猫足湯船をお借りして、本日の特訓は終わった。
……こんな亀状態で本当に一ヶ月後には強くなっているのだろうか?
◇
今日の晩ご飯は、皿の淵に王城前で買った薔薇の花びらを散らして、おしゃれにアレンジされた……
「蛙、ばっちり」
「食べるか? 結構おいしいぞ」
「食べるか!!」
明らかに足だ。他の部分がどうなっているかは、考えないで置こう。
「これって毒なんじゃ?」
「皮膚の部分をはがして、にんにくと胡椒、パセリとともにオリーブオイルで炒めるとおいしいです」
「めったに食べられない高級品なんだが」
「具体的な料理方法はいいから! ここでは河豚扱いか」
香りは香ばしくて、焼き目もおいしそうだが、フォルムが……フォルムが。
今夜、夢に出てきそう。
「ココちゃんは食べる?」
リズの確認に娘は涙目でぷるぷる首を横に振った。
その夜、娘は「足が……足が……」としっかりうなされていた。
偉そうな人(赤獅子騎士団1番隊長)……40代。役に立たない薔薇騎士団が嫌い。
青蛙……ガマガエルっぽい何か。舌は1メートル近く伸びる。
足のみ綺麗に皮をはがして食べる。(乾燥したカザル地方では、たまにしか食べられない高級食材)
当たり前ですが、物語の中で食用にしているだけです。触ったら手を洗ってください。
娘は母の迷子属性を熟知している模様。




