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バザールにて

  潮の香りなんか嗅ぎ分けられないほどの雑多な臭いのする市場。

  由香里と心愛は、その市場をてくてくとリズに連れられるままに歩く。


 それにしても、後任が来るにしてはずいぶんタイミングがいい。

 若様と同じ白の制服を着ていたことから、彼も正規兵なのだとは思うけれど。


「ねえ、あの人って元から詰め所こっちに来る予定だったの?」

「ホロ様ですか? いえ。それが?」


 もう畳み掛けるような言葉で逆に問い返される。

 語尾が不自然に早かったような気がする。もしかしてちょっと焦っている?

 余計な情報与えるつもりはないようだ。


「うーん。また分からないところがあるから、もうちょっと考えてから聞くね」


 ここで、「いえ、何でもないのよ」と言ってしまったら、次に聞いても、答えてくれないだろう。


 あ、今、眉間に皺寄った。 舌打ちを我慢していない?

 考えることを一旦置いておいて、リズのほうを見ていたらほんの少し顔の変化に気づけた。 


 わずかに歩を緩めていたリズは再び歩き出した。


(なんかもやっとする。私がこの世界に来たのが一昨日の昼、で『へーか様』に会ったのが昨日の昼、それから夕方まで彼は私たちとほとんど一緒だった。

 ちょっと離れていたのは私たちが服屋で、服を選んでもらっていた時。 

 でも、その時間を利用して、彼はおかずを買っていた。すぐ、戻ってきたし。 

 ホロさんが退職のための引継ぎ要員としたら、若様はいつ私たちについて行くことを決めたのか)


「ママ、迷子になっちゃうよぉ~」


 考えごとに集中していたら引き離されていたようだ。

 由香里とリズの間で心愛が大声で由香里を呼ぶ。


「ちょっと一人で歩いてたらダメでしょ!」


 満員電車ほどではないが、この道はそれなりに混んでいる。人の波に飲まれて迷子になったら大変だ。

 小走りで娘の所にたどり着き、手をしっかり取った。


 この世界に来てから二日経って落ち着いたのか、娘の顔色は良くなっている。

 元気を取り戻したのはいいが、勝手にぴょこぴょこ動かれたら困る。


「娘を叱る前に、まず自分がはぐれないようにしてください」


 立ち止まって待っていたリズにチクリと嫌味を言われた。


「お待たせして、スミマセン」


「いえ、ここが目的地ですから」

「ここは?」


 文字は読めないが、鋏の絵が掘られた看板がついている。


「散髪屋兼かつら屋」


 散髪屋兼”かつら屋”?


「まさか、私の髪を売り飛ばそうと!」


「しません」


「ですが、カズマ様があなたと同じ無一文であるのなら、売れるものは限られています。

 他は別の者が当たっていますので、せめてあなたが探せるところだけでも自分の目で探してください」


 いちいち棘がある口調なのが、癇に障るが、仕方がない。

 人探しの件に関しては、感謝している。


「でも、さっきも言ったように、かつらを作れるほど長くないんだけれど」


「黒髪はもともと珍しく『湖の女神』のせいで価値が跳ね上がっています」


「ふーん。なんか宮廷画家が描いたって絵?」


「その女神の髪がつややかな黒でしたので」


「そうー」


 なんだ、という前に店から男が飛び出して来た。


「おー! すっばらしい! この髪全部売ってくれ!!」


「またか!!」

「ひぅ!」


 由香里は怒鳴り、心愛は髪を押さえる。


「売るつもりはありません。この女性と同じ黒髪、黒目の男性を見かけませんでしたか? 歳は――」


 由香里の代わりに尋ねていたリズがこちらをちらっ、と見る。


「三十代」


「昨日も、強面の山賊みたいな男が同じこと聞きに来たな。さすがに知っていてもあの連中に答えるのはなぁ? 何やったのそいつ?」


「……強面の山賊」


 心当たりがあり過ぎる。 それはそれとして、山が遠いのに山賊なんだ。


「分かりましたでしょ? ”表”は自分で調べろって意味が」


「うん。すごく。で、見かけたことあるんですか?」


「うーん……話してやってもいいが。髪を一房くれるならな」


「左右の、前髪から横髪にかかる半房づつなら」


「いいのですか?」


「丁度、ちょっと鬱陶(うっとう)しくて美容院に行く予定だったの」

「今日は予定がありますので、手早く出来ないのなら、明日以降になりますが……」


「すぐ終わるから、本当に切っていいんだな!?」



「すっきりした。ほんと人気なのね。黒髪」


 これで、見かけたら一番に教えてくれるって約束も取り付けられたし、散髪代が一回浮いた。

 もっとがばっと切られることも覚悟していたが、リズが隣でしっかり監視してくれたおかげで、本当に左右半房ずつ切られてただけだ。


「髪が丸見えですから、仕方ないです。バンダナ出してください」


 リズは、由香里が上手く巻けずハンカチ代わりに二枚持ってきたバンダナの一枚をさっと取り上げた。

 さらに彼女は自身のバンダナからクリップを引き抜き、あっと言う間に由香里に巻いて留めてしまった。

 表面に貝殻の光沢部分をちょろっと貼りつけてあるクリップだ。


「螺鈿みたいできれいね」 


 慣れているのか、彼女は自分のバンダナをクリップなしで巻きなおしていた彼女は無表情のまま、でもほんの少し目を逸らして言った。


「ラデンというものは分かりませんが、こういう小物も市場(バザール)で売っていますので、一つ買いますか。 あまり時間は取れませんが」


 (お? もしや照れてる?)


 今後はもっと褒めて仲良くなろう。 


「そうだ。その前に、ご飯食べないと」


「ママ、焼き鳥あるよ」


「そうね。早く食べちゃいましょ」


 いまいち味が分からないので日本にありそうな料理を選ぶことにした。  


 小籠包や野菜の入ったスープに豆チャーハン、鳥肉とトマトの串焼きとサラダを頼んで、デザートがわりに、ドライフルーツとできたて桜餅を選ぶ。

 栄養面を考えると、あそこでおいしく焼けている魚も食べたいが、魚は結構立派なサイズの上、約束の時間が差し迫っている。ピザもおいしそうだが、また次の機会にでも食べよう。


 三人ですこしずつ分けながら食べたら、多少口に合わなくても食べきれるだろう。


 屋台が途切れて、少し開けたところに設置されている丸テーブルと椅子に座った。


 桜餅だと思っていたのが、ロールキャベツでリズに鼻で笑われたり、リズが自分のチャーハンに大量のヨーグルトをのせていたが気にしない、気にしない。


 にしても、豆は普通に売られているのに、なぜ肝心の醤油と味噌が無い。


 手早くご飯を食べて、露天を見て回る。


「しっかり留められる、ちょっと大き目のクリップが欲しいんだけれど。 で、リズの目から見てよさげなのはどれ?」


 さすがに、値段と質がつりあう良品かどうかなんてのはよく分からない。 詳しい地元の人に聞くのが一番だ。


「これでしょうか」


 露天の一つを指差す。星や花、月の飾りが付いているクリップが並んでいる。


「うーん。私が付けるにしては少し可愛らしいすぎるかな」


 クリップの端には六芒星のちょっと綺麗目の石がくっついている。


「じゃあ聞かないで下さい」

 

「これは、ただのクリップではないですぜ。霊験あらたかなターのお守りだ」


 店主は身振り手振りで説明するが、リズが冷めた目で、


「こんなところにカウリーが売っているはずないでしょ」


 由香里がちらりと娘を見ると、それに気づいた娘がちょっと甘えたように由香里の服の裾を引っ張って、クリップの一つを指差した。


「ママ、ココねー、これがいいー」


 こちらは、サイズは中くらいで星の部分がお花だ。


「うーん、もう少し他のデザインあれば。他を見て回るわ」


「時間がないといって言っているでしょ? 適当に選んでください 」

「別に今日無理に決めなくても、また今度でも……」


 そのやり取りを見ていた店主が口を開いた。


「分かった。分かった。大・中・小セットで、中二つ分の値にしてやるよ」

「ごめん値札読めない」


「大が銅30で中が20、小が15ですね」


 (えーつまり65が40になるのか。時間も無いし実際の相場も分からないからこれくらいでいいかな?)


 大クリップ(星)、中クリップ(花)、小クリップ(星)を選ぶ。


「使いやすかったら次また買わせて貰うね」

「ああ、商売の神が引き合わせてくれたらな」


 行商人なら、次は無いかもしれない。


「じゃあ、この月の大クリップもう一つつけて。全部で……」


「全部で65でいいか?」

「ありがと」

「まいどあり」


 由香里たちは露天を離れて、詰め所に向かって歩き始めた。


「今のは?」

「最終的には大クリップ一つオマケしてくれたってところね。はい付き合ってくれてありがとう」


 リズが選んだ星のクリップ、(ただし小)を彼女に渡す。 


 ちょうどその時、午後一時の鐘が鳴った。


「急ぎましょう。若様をお待たせしてはいけません」


チート翻訳機能……いくらチートでも、近い言語に置き換えているだけなので、たまに翻訳が間違っていたり、不適当だったりします。


食事……ナンがメイン。麺類も有り。米は長粒種。見た目は似ていても、味や材料が微妙に違う。

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