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詰め所にて

やっと三日目。

 本日は、午前中に詰め所に立ち寄り、午後から特訓……


(特訓いやだ特訓イヤだとっくん嫌だトックン……)


 出かけにバンダナが上手く巻けずにリズに鼻で笑われたのも、由香里をさらに憂鬱な気分にさせた。


 本日この詰め所を訪れた目的は二つ。


 一つは、昨日、一昨日と予定外の休みを取った若様が書類仕事を片付けるため。 

 一つは、由香里の夫の人相書き作成のため。

 

 昨日のうちにリズが巨漢達にカズマを探す指示を出しておいてくれたが、やはり見つけられなかったようで、由香里から詳しい特徴を聞きたいと。


 今、この部屋にいる巨漢さんは二人。そして奥の取調室に一人。

 他の面子はお休みだったり、本隊の手伝いに行ったりしているそうだ。一昨日(おととい)のことなのにもう誰が誰だかわからない。

 自分達のことでいっぱいいっぱいになっていたので、覚えて無くても仕方が無い。


「じっとしていて」


 リズが冷ややかな声で、娘に命令すると、椅子に座っている娘はピシッと固まった。


 娘は母親に前髪をぎざぎざにされたことは未だ根強く記憶に残っているようで、由香里が髪を切ろうとすると嫌がった。


(ちょっと失敗しただけなのに、ほんの数本切るのにどんなけごねるのよ)


 仕方が無いので、刃物の扱いが上手そうなリズに娘の髪を切るように頼んだのだが、娘は頬を膨らませていて、そうとう不機嫌そうだ。

 リズはリズでで昨夕、髪飾りをはずそうとして、髪を引っ張ってしまった前科があるから仕方が無い。

 詰め所の男性陣には若様含めて「嫌がってる女の子の髪を切るのはさすがにちょっと……」と案外紳士的な返事でやんわり断られた。


 何とか娘をなだめて、髪を切るのは最小限ということで許可を取ったのだ。


「あ」


 娘の前髪が数本ほろりと落ちた。肝心の髪飾りはリズの手からするりと抜け、娘の手の甲にくっついた。


「もういいよ!」


 髪をいじられたのが相当うっとうしかったようで、娘はついに甲高い声で怒鳴った。

 そして、若様の方を見る。


「変じゃない?」

「変じゃないよ。人の髪は一日50本くらい生え変わっている。 数本切ったところでたいして変わらない。 リズ、鏡取ってきてくれ」


 主に命じられたリズはすぐに二階の遺失物保管庫から手鏡を持ってくる。


「ほら、切れているところわからないだろ?」


 若様になだめられてもまだ「うー」と唸っていた娘だったが、不意に自分の手に視線をやった。


「くすぐったい」


 黄金虫が動いたのか、娘がちょっと笑って黄金虫の背を数回優しくなでる。


「くっついたままで、嫌じゃない?」


「ぜんぜん! でも手にくっついたままだとちょっと邪魔」


 その言葉が聞こえたのか、それとも手の甲は居心地が良くなかったのか黄金虫はふわりと飛んで、定位置に張り付く。


「あなたが良いなら良いけれど、これ、本当に生きていないのよね?」


 ちょんちょんとつつくと迷惑そうにもぞもぞ動く。

 

「素敵なお知らせだ。全く『ヤマザキカズマ』の捜索指令が降りてきていない」


「つまりは、探す気ナッシング?」


「昨日の今日だからな。他の命令に埋もれて後回しになっているかもしれないが、まあそういうことだな」


「まあ、こちらはこちらで人相書を張る分には問題ないだろう。で、特徴は?」


「目が二つあって、鼻と口が一つずつで、耳も二つ」


「……おい」


「冗談よ。冗談。目と髪が黒くて、顔の彫りは深くなくて、全体にひょろい感じで、髪は短め。年は私と同じで……ぶっちゃけ、黒髪が珍しいって言うなら私と娘を参考に書いたほうが早いと思うよ」


 巨漢の一人が、紙を取り出してさらさらと絵を書き始める。


「りんご切ってくれた人? お名前誰でしたっけ? 」

「違う。名乗っていなかったと思うが、シルドだ」


「シルドさんね。人の顔と名前覚えるの苦手だけれどよろしく」

「夫の顔を目が二つで……とか説明している時点で期待していない」


 ドンっと机が叩かれる音が隣の部屋から響く。


「おら! きりきり吐きやがれ!」


 そしてEさん(仮)は今日も景気良くは怒鳴っている。


「おじょうちゃんがパパに似ているところは?」

「私に似ていないところ全部かな」

「説明めんどくさくなったな」

 

 由香里の雑な答えに、若様が自分の書類仕事を片付けながら、ぼそりと突っ込む。


「娘さんから、君を引いて男にすればいいんだな」

「たぶん」


 シルドはささっと輪郭を描いていって、娘が横合いから覗き込んでびしばし訂正を入れていく。


「髪はもうちょっと長くて、眉毛にちょっとかかるくらいで……眉毛はもうちょっとだけ太くして」


「絵がうまいのね」


 シルドは見た目に似合わず大きな手で繊細な絵を描き上げていっている。


「これくらいは。あのリーザ・サマドの『湖の女神』に比べたら全然」


「サマド?」

「『青の女神』と『明暗の女神』を描いた宮廷画家。

『湖の女神』の連作で、斬新さは『明暗の女神』の方が勝るが、『青の女神』の青の空と湖の青に映る艶やかな髪が風に戯れる様は、『明暗の女神』よりかーー」


「ああ、ボッティチェリの『ビーナス誕生』みたいな? 」


 絵に関してはその絵が描かれた時代背景は気になるが、絵自体には興味も感動も覚えない。

 熱く語られてもさっぱり。


「俺が書きたいのは風景だが、あの絵はすごい」


「こいつ、なけなしの金使って美術展に行っているんだ」


「ふーん」


「いつか、物見の塔の兵士になって、塔から白の山と小カザルを描くんだ」

「おい。物見番が塔の上で絵ばっかり描いていたら意味無いだろう」


 遠くを見るようなシルドに若様がすかさず釘を刺す。


「たしかに綺麗だよね」


 真っ白な山はとても綺麗だった。危うく山に登らされるところだったが。


「できた」


「おお、カンペキ!」


 着ていたであろうチェック柄のパジャマもばっちりカラーで表現されている。


「……そうか?」


 若様が微妙そうな顔をするが、無視。 


「この場にいないどころか、見たことも無い人を描いてもらっているのよ。本体よりかっこいいくらいよ」


 これ以上細かい訂正をしても疲れるだけだし、由香里も旦那の顔を上手く表現できるほど説明上手でもない。


「特徴を書き込んで、『この人物を見かけたら騎士団に連絡か、連れてくる事 (無傷で生きたまま!) 』と但し書きをつけて」


「え?」


「こう書いておかないと、毒殺して連れてくるとかあるから。

 騎士団が探しているって言ったら基本罪人だからな。で、情報提供報酬はこれくらいで良いか?」


「いいかって言われても、基準とか分からないし」


「一般の犯人探しの半分ですな」

 

「もうちょっと足しても大丈夫よね?」


 ヘーカ様に貰った前金の袋はそれなりに重かったはずだ。


「余り高いと本当に腕の一、二本折っても捕らえようとする。 プロの賞金稼ぎが見向きもしない値段で、一般の人にとってちょっと多めの小遣いくらいのほうがちょうどいい」

「賞金稼ぎって本当にいるんだ」


 感心していると横合いからリズが声をかけてきた。


「あなたの探し人がこれを見つけるかも知れません。メッセージを書いたらどうですか?」


「私? でもこの世界の文字は……」

「おばかですね。あなたの国の言葉で書いたほうが分かりやすいです」


『由香里:騎士団でお世話になっています。 盾の中に剣と白猫の看板が目印です』


「あなたも何か書く?」


 娘はこくりと頷くとリズが指差した空白に文字を書いた。


『パパ大すき』


 娘がメッセージを書いても、紙にはまだ空白がある。


「この左下の隙間って? 余白にしては大きいんだけれど」


「地図版を押すところだな」


 若様が左下にそれなりにでかいハンコを押し、そして紙の淵を青く塗る。


「印刷に少々値段かかるが良いか?」

「ええ」

 

「じゃあ、印刷屋に回してくれ。とりあえず100で。」


「へい!」 


 シルドが紙と金を受け取り、立ち上がろうとした時。


「第二分隊長補佐を任じられましたホロと申します。皆様よろしく」


 かわいい系の男の子(たぶん十代後半)が元気良く扉を開けた。


「おう、よろしく!」


「何が得意なんだ!」


「計算が得意です。将来は主計、後方支援の係になることを希望しています」


「はぁー」


「おう、なんか知らんがすごいな」

「隊長からお前らで鍛えてやってくれと言われているんだ」


「奇遇ですね。僕も、皆を鍛えるよう頼まれていまして。やはり正規になるには、指令書とか読めないといけませんし、試験にも筆記がありますので、早速計算問題出しましょうか?」


「「「うげー!」」」


 奥の部屋からも野太い悲鳴が聞こえた。


「その前に、こっちの手伝ってくれ。 シルドは印刷所へ。あとのやつは適当に仕事をしたら、りんご食べて帰ってくれ。 リズ、こっちはしばらくかかるから、少し早いが二人に昼飯取らせて、ついでに”あそこ”に連れて行ってくれ。昼過ぎにはこちらの仕事は一段落つく」


「ではその頃に戻ります」



本日の部下達


・A「ヘルム」……お休み。 

・B「シルド」……人相書きを描いた人。 

・c「ガント」……詰め所にいました。初日にりんごを切った人。

・D「メイル」……天国の実事件で本隊に貸し出し中。 

・E「グリーブ」……今日も元気に取り調べ。




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