逃亡計画②
「リズ。周辺に不審人物がいないか確認してくれ」
「かしこまりました」
リズがそう言ってお辞儀したあと、音も無く姿を消した。
マジックかと思うくらいの一瞬だ。
「さて」と言った若様は娘を抱き上げ二階に連れて行った。
若様はすぐに戻ってきたが、リズはまだだ。
「ところで、立場ってなに?」
本当は『奴隷』という言葉が気になったのだが。
リズとしては、女性を夜に連れまわしたらダメよ、というごく軽い忠告だったはずなのに、家庭がどうのこうのとか、痴話げんかになっていた。
会って一日二日の自分が言うのもなんだが、余りにひどいようだと子供の教育に良くない。
安全な宿に『お引越し』したほうが良いかもしれない。
できれば、お台所があるところがいいな。
「ん?」
「いや、別に無理に教えてくれなくても良いんだけれど。昨日今日と彼女、私にいい感情持っていないようだから、地雷とかあらかじめ知っといたほうがいいかなと」
知っているからこそ、地雷を踏んでしまう可能性があるけれど、そこはそれ。
言い方が悪いけれど、弱点の一つくらい知っておきたい。
「彼女は俺の命を狙った暗殺者でな。 まあ失敗に終わったから生きているんだが。 罰として、俺を一生養えと」
つまりは罰を与えることで、リズを救ったと言うことなのか? 足抜けとか手間がかかるんじゃなかろうか。
「えー、最後微妙にかっこ悪くない? 」
ヒモじゃん。と言う突っ込みは綺麗に飲み込んだのに、するりと人の気配が現れ、首にナイフがあてがわれる。これは、声出すと首からどばっと血が出るタイプだ。
「若様を愚弄したのですか?」
(いや、首動かしたら切れるでしょ?)
動けずにいる由香里の代わりに若様が口を開――
「不審者確認は?」
(いや、その前にこれ何とかして!)
「滞りなく。私の仕事で失敗したのは若様だけです」
(ばれてるよ。ばれてる~。そして過去を隠す気もないよ~)
本当に余計なことを聞いてしまった。
「そろそろユカリを解放してやれ」
主の言葉にちっと舌打ちして由香里を解放した。
針で突いたようなちりっとした痛みが走る。
「鏡」
首には血がしっかり滲んでいた。
◇
消毒液やティッシュ、絆創膏なんてものはない。アルコール度数の強い酒を今日買ったばかりのハンカチに沁み込ませて、首に軽く押し当てる。 もともと滲んだだけで、大した傷でもない。
「舐めていたら直りますのに、大げさな」
「舐められないでしょ。というか、口の中って雑菌だらけなのよ。舐めるなんてもってのほか」
よくよく考えたら、異世界って未知の病原菌がわんさかいる可能性だってある。衛生状態は思ったほど悪くは無いが、現代日本よりか良いということはないだろう。
軽い傷でも消毒しておくことに越したことはない。
机の上に地図が広げられる。
「こういうのって軍事機密じゃないの?」
江戸時代に日本の地図を持ち出そうとしたシーボルトが国外退去処分になったとか。
「もちろん正確な地図は軍事機密だが、なんでも規制してしまっては、交易できない。これは簡略化された地図だ」
「そうよね。シーボルトが持ち出そうとした地図があの伊能忠敬の正確無比な地図で、海岸線の細かなぎざぎざまでしっかり書き込まれていたから問題だったわけで」
「シーボルト?」
「こっちの話」
主要な港は軍港もかねているだろうし、軍事関係者なら地図見ただけで、どの辺りに何があるかぐらいはわかるのだろうけれど。
「ここから塩の村までは西に約3km。 白の山までは東に約500キロ。 そこまでは草や丈の低い木がちょろちょろ生える砂地が続いている」
単位が同じなのはいいが、500kmとかどれくらいだ? 塔から見えていからさほど遠くは無いのかもしれない。
草がちょろちょろ生えている砂地って砂漠?
それとも、ステップ気候とか、サバナ気候とかかもしれない。頭の隅にある学生時代の知識を掘り返す。
「ちょっとどころか、子供にはかなり厳しくない?」
馬やらくだに乗っても一日何キロ進めるのだろうか。
日常で馬を使うどころか、見ることも少ないので全然想像が付かない。
「そんな嫌な顔をしなくても街道には隊商宿が25~30キロメートル毎の感覚であるから大丈夫だ」
「で、この小さな国では魔術師を探すのにも苦労する。 セリカへ行ってみないか?」
「セリカ?」
「昼にちらっと言ったと思うが東の大国だ。東の大国なら君達を元の国へ還す魔術師もいるだろう。セリカの都までは4000km。半年近くかかるな」
「半年。西に大国はないの?」
「ルームと言う国だな。ただ今内紛だか内部分裂だかの最中で忙……ああ、これは内緒な」
(ああ、騎士団だから知りえた情報ね)
「あの白の山を通らなくても、山の北と南を行けば、ところどころ砂漠地帯があるが、さっきも言ったように隊商宿は整備されているから、道を良く知っている隊商にくっついて行けば、そこまで苦しい旅じゃないはずだ」
逃げる手配を整えてくれるのは嬉しいが、旦那も探さないといけないし、何より――
「えー、そういうのに引っかかったら、売り飛ばされるのがバターンなんじゃ」
「俺がついて行く」
「は? 仕事は? 隊長なんでしょ?」
会って一日、二日の女子供を逃がすために、自分の仕事に穴を空けるほどお人よしだとは思ってなかった。
「まあ、名目上は、王命に添って勇者の手助けをするってことで。
俺が自分の分のカウリーを強引に賜って、ついでに演習場の使用許可まで貰ったのは監視役を引き受けるためだ。 補助役兼監視役を買って出れば、王が新たに監視役をつける可能性は低くなる」
「いやだから、私たちに付き合っている間に仕事なくなっちゃうって。あの王様が出張や有給扱いにしてくれるの?」
「さて。俺は今の仕事に未練は無いからな」
「はあ?」
「魔王退治の準備を着々と進めて白の山のある東に向かったら、王達は『最初は渋っていた勇者たちも義にに目覚め快く魔王退治に向かってくれた』と都合のいい解釈をしてくれるかもしれない」
ハッタリのために特訓を王宮の演習場で見せるのは納得できる。でもーー
「あなた馬鹿なの? 私らに付き合って山越えて、異国まで行くなんて」
「馬鹿なのは、国だろう。国がやらかした犯罪に、少しでも償いたいだけだ」
「おお、なんかかっこいいこと言うじゃない」
そこまで、自分たちに付き合ってくれるのはありがたいを通り越して、申し訳ない。
でも、若様が仕事に未練なくても、明らかに正規兵じゃないあの巨漢たちはどうなるのだろう。
「さっきは格好悪いとか馬鹿とか言わなかったか?」
「いや、気のせいじゃないかな」
「格好良くなんて無いし、無私の人間などいない。俺は俺で目的が有ってしていることだ。本当は君が考えているより欲深いのかもしれないぞ」
急に怖いことを言う割には、彼はどこか寂しそうというか辛さを隠しているような笑みを浮かべる。
由香里はそれから逃れるようにわずかに視線をはずす。
「逃がすと見せかけて無理やり白の山に連れて行って、魔王退治に参加、お国に帰って一生左うちわ、とか?」
でも、魔法を使えることを隠して平だか見習いだかからスタートした若様が出世に興味あるとは思えない。
駆け引きがメインの物語とか心躍るけれど、実際はそういうのは苦手だ。
「君は素直すぎるな」
思ったことをぽろぽろ言っているわけではない。千言くらい言いたいことはあるが、若様に全部ぶちまけても彼が困るだけだ。
「でも、隠してばっかりも辛いし」
(ババ抜きとか勝てたことないし)
かと言って、言いたくないことまでわざわざ言わないつもりだし、彼らの隠し事も命に関わらない限り無理に聞き出すつもりもない。 先ほどは少し失敗してしまったが。
「君は余計なことを考えずに、セリカに……君たちの家に戻ることだけを考えればいい」
「もしかして、日食が起こる三つ先の国って、セリカ?」
「天文は詳しくないが、おそらくそうだろうな。国土も広いしどこの地域で見られるかは知らぬがな」
「じゃあ、今すぐ行かないと」
「いや、塔に上ったときの体力見る限り、普通の旅をさせるのも不安だ。 悪いが、特訓みっちりやるぞ」
「のー!!」
500km……東京⇔大阪間くらい。遮蔽するものがない砂漠の上、山脈がかなり大きい(高さは富士山の二倍近くの山がごろごろ)ので見えている感じです。
地平線計算してみたら400kmでも見えなくなっていますが...。
地形など参考にしている場所とかありますが、物語の都合上、距離などは大嘘こいてます。
西の大国……ロマ→ルームに変更(10/14)




