教育係の憂鬱
「なるほど、わかりました。ありがとうございます、はい、では」
天界城の一室――暗がりのなか、いくつかの人工的な光が、青白く灯っていた――通信室に、エミステラはいた。天界兵からの天界獣を捕えたという連絡と、そのときの状況説明を聞き終え、通信が切れる。
彼女は小さく嘆息した。
「脱走した天界獣が人間界までくだり、しかも真希凪様を狙った――これは果たして、偶然の一言で済ませていいものなのでしょうか」
否。それで済ませていいはずはないと、彼女の勘が告げていた。
間違いない、天界獣はだれかの手により、逃がされたのだ。
「逃がしたのは天界人にちがいありません。しかし、そのまま天界獣を連れて人間界に降りたとも考えにくい……まさか、人間界に手引き者――共謀者が、いる?」
動機はなんだろうか?
名も知らぬ天界人についてのそれは、想像することは容易かった。
「真希凪様を、神王から引きずりおろすための強硬策……といったところですか」
いつの時代も、神王が即位したばかりのときは、反発が多いものだ。そのことはエミステラも、教育係としての教育の一環で、すでに知っていることだった。しかし、まさかこれほど早く、手を出してくるとは。
それも、天界獣を放ってまで。
天界獣は温和な生き物であるが、一転、ひとたび激昂すると、それは危険度Bランクを体現する存在となる。そんな天界獣に襲わせるということは、犯人は真希凪を殺す気でいたということだ。
「もし真希凪様が退けても、神意の使用が人間に見られれば、それを口実に失脚させることができる、と。……シンプルながら、よくできた作戦です。もっとも、恋子さんの神意ならば、認知される心配はありませんでしたが」
そして、天界獣も、その姿を完全に認められることはなかった。もっとも目につきやすい落下の瞬間、恋子の《神の見えざる手》が天界獣を包み、その姿を消していたからだ。
「まったく……本当に、困ったものです。それに、共謀者の人間の存在も気になります」
もう一度、エミステラはため息をつく。
そんなことをしても、なにもかわらないというのに。
世界神王は天界人でもなく、魔界人でもなく、人間から選ぶ――それが、初代世界神王の、かわらず続く、意思なのだから。
「真希凪様――これからが正念場です」
真希凪を取り巻く状況とは裏腹に、エミステラはどこか楽しげに、ひとりつぶやいた。
第一章完結です。
次回更新は金曜日を予定。