表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校生神王の後日談  作者: ぺのじ(旧春瀬)
第1章 高校生神王の誕生
6/30

高校生神王の眷属(3)

「なっ!?」


 突然の申し出に、真希凪まきなは驚きの声をあげる。


「どういうことだ?」

「そのままの意味よ。あたしはいまから、左手の防御を解く。そのかわりに真希凪、あんたを左手で、地上まで下ろす」

「……おまえはどうする」

「あたしはここに残るわ。知っているでしょう? あたしは手の支柱だから、自分を掴むことはできても、自分を持ち上げることはできない。せいぜいここで粘って、こいつを撃退するわ。……両手が使えるようになれば、たぶん、いけると思うし」

「でも、ここからは逃げられないんだろ?」


 だとすれば、生徒が来たときに困ることになるのではないだろうか。


「大きな音がしたから来てみましたっていえば、大丈夫だと思う。それくらいの信用度はあると思うし」

「…………」


 真希凪の沈黙を是ととったのだろう、


「いい? それじゃああたしは、いまから右手でこいつを力いっぱい払いのけるわ。それを、合図にするわよ」

「……やっぱり、だめだ」


 静かに、しかし確固たる意思をにじませて、真希凪はつぶやく。


「え?」

「そんなのだめだ! おまえをひとり残して、先に行けるわけねーだろ!」


 真希凪の叫びに、恋子れんこは思わず目を見張った。その頬が、さっと桜色に染まった。


「そ、それって……?」

「この穴だけでもやばいっていうのに、そこにおまえもいたら、エミステラに怒られるっていってるんだよ! 朝も怒らせちまったのに、このままだと絶対にヤバい!」

「……へ?」

「そうだ! 持ち上げることはだめでも、下がっていくってのはどうだ? 二本の手を使って、壁を伝って降りていけばいい! そうだ、そのあいだは仕方ないけど、俺はおまえに掴まらせてもらって……」

「いや」

「……へ?」


 思わぬ拒絶に、真希凪はキョトンとした顔をする。

 恋子は畳み掛けるように、


「いやよ、なにいってるの。べつにあんたが怒られるだけなんでしょ? あーあ、心配して損しちゃった。それだけで済むなら大丈夫よね。あたしはただ、音を聞いて屋上にきたらあんたがいたって言えばいいだけだし」

「お、おい、恋子、さっきまでの意気込みはどうした?」

「あんたがどうにかしたんでしょ!?」

「なんでだよ、俺はただ、最善の方法をだな――っておい、恋子、まえ!」


 同時だった。

 真希凪が戸惑いの声をあげるのと、天界獣がそれまで自身を押しつけていた右手を振り払い、立ち上がったのと、そして――、


「だからいい加減にしなさいよ、このホッキョクグマもどき!」


 恋子が守りに使っていた左手を広げ、思いきり天界獣にぶつけたのは。

 巨大な手に平手打ちされた天界獣は、ぐんと後方に投げ出される。


「――って……え?」


 それにともないふわりと浮きあがる、恋子の体躯。


「なんだ!?」


 宙に投げ出された天界獣は、あろうことか、その両腕で恋子の左手――もちろん《神の見えざる手》のだ――を掴んでいたのだ。

 すると、どうなるか。

 答えは簡単だ。恋子の体は左手に引っ張られ、そのまま、天界獣の巨体が破った金網のフェンスの穴を通り抜け――空中にいざなわれた。


「きゃああああああああっ!?」

「恋子!」


 眷属転送インバイトを使おうとするも、真希凪はすんでのところで思いとどまる。

 もしここで転送すれば、恋子は戻って来るだろう。しかし、天界獣はどうなる? 天界獣はいま、恋子の《神の見えざる手》を掴んでいるのだ。もし恋子を呼び出せば、天界獣も戻ってきてしまうかもしれない。そうなればまた、恋子は自分だけが残るなどというかもしれない。


「それに」


 間に合わなかったら、どうするのだ。

 真希凪の背筋に走ったヒヤリとした感覚は、その脳内に嫌な記憶を蘇らせた。


「俺はもう、おまえを見捨てたりしねえええええっ!」


 それを振り切るかのように真希凪は咄嗟に屋上の縁に足を掛け、いまにも天界獣もろとも地上に落ちようとする恋子に向けて、跳んだ――が、届かない。

 眼下には校庭が、全身の毛が逆立つほどに小さく広がっていた。


「真希凪!」


 涙目になりつつも、恋子は空いた左手を伸ばす。


「と……っ」


 真希凪は足元に現れたものを力強く踏みつけ、右手をあらんかぎりに伸ばし、跳んだ。


「どけええええええっ!」


 その叫びが届いたのか、右手になにやら暖かいものが触れる。真希凪はそれを決して離さぬよう、力強く握る。


「――なっ!? ま、真希凪、あんた、それ――」

「話はあとだ!」


 真希凪は吠える。

 体はすでに無重力状態から一転、加速度的に落下をはじめている。地上に着くまで、あと何秒あるだろうか。真希凪にはわからなかった。


「恋子! おまえの両手で天界獣を、俺たちごと包み込め! ぺしゃんこになりたくなかったらな!」

「~~~っ!」


 恋子はなにやらいいたげな様子だったが、いまが一刻を争う状況であることを優先したのだろう、一度神意を解除し、再度、


「《神の見えざる手》!」


 天界獣と真希凪と恋子自身を、両手で包み込むようにした。

 真希凪も必死だった――振り落とされないよう、恋子の体に空いた腕を回す。


「そのまま天界獣を下に、地面に着地しろおおおおおおおおおおっ!」

「それは落下の間違いじゃなくてええええええええっ!?」


 視界の隅で見慣れた校舎が、すさまじい速度でうしろに流れていく――そして、衝撃。


「きゃあっ!」

「うぐっ!」


 恋子の両手と天界獣が緩衝材かわりになったものの、それでもすべての衝撃が吸収されるわけではない。ふたりは宙に放り出され、そのまま校舎横の雑木林に転がり込む。


「いてて……」


 地面に這いつくばった状態から軽く上体を起こし、真希凪は薄靄がかかったような頭を振りながら、あたりを見渡す。落下の衝撃をもろに受けた天界獣が、横に伸びていた。どうやら気絶しているようだ。


「手間とらせやがって……おい恋子、大丈夫か?」


 返事はなかった。真希凪の顔から、さっと血の気が引く。


「恋子!?」


 立ちあがろうと、地面についた両手に力を入れたとき、真希凪は気づいた。


「……って、これ」


 その手がついていた――いや、掴んでいたものが、地面ではないことに。

 地面が暖かいのはまだわかる。

 しかしこれは――暖かいうえに、柔らかかった。


「……よう、無事でなにより」


 真希凪は自分の体のしたに仰向けで倒れていた恋子に、声をかける。その頬は赤く染まり、目には涙が浮かんでいた。それはおそらく、落下によるものではないだろう。


「真希凪、あんた……あんた」

「恋子、いや、恋子さん、こ、これはだな、その」


 そう、真希凪の両手は恋子の胸を、力強く握りしめていたのだ。

 手のひらに伝わる感覚とは裏腹に、真希凪の表情はさっと青ざめる。


「いや、これは、なにかの間違い……そう、落下時の衝撃でたまたま……だって俺は最初、おまえの手を……って、まさか、あれ……おまえの……?」


 混乱する真希凪の頭のなかで、いくつかのピースがひとつに結ばれていく。

 自分が恋子を追って空中に飛び出したときに、掴んだあれは、まさか。


「……でもいいから」

「え?」

「なんでもいいから、さっさとそこをどけええええええええっ!」


 真希凪は本日二回目、ふたたび青空と対面することになった。

 青空に抱かれながら、そのまま落ちておくのもやぶさかではなかったと、思うのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ