高校生神王の後日談
「……へっ、これはなかなか、圧巻だな」
眼下に広がる黒い雲海を眺め、真希凪はふと、口を斜めにした。
それは、暗雲のように隊列をなす、影の群れだった。姿かたちも大小も異なる、その瞳に戦意と殺意のみを抱いた、影の化け物。
「まさかこれも、俺の不完全さがもたらしたものなのか?」
「どうでしょうか。そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。わたくしたちには、それを比べることができません」
「……そりゃそうだ」
前触れもなく、影の群れが鼓動した。
黒き海から現れたのは、巨大な蛇の頭部。数多の影が集まり、形作っているのだ。動きをたしかめるかのように上下左右に軽く首を振ると、次の瞬間、虚空の口に黒光りする牙を携え、真希凪たちに牙を剥く。
しかし、真希凪は動じない。
「ユミル」
「りょーかいっ」
いうがはやいか、ユミルは笛に優しく口づけ、息を吹き込む。
奏でられるは、雄々しき戦いの旋律。百の連覇を求める雄叫びのように、千の剣戟がもたらす轟きのように、万の歩みが生む地鳴りのように、味方の心を鼓舞し、敵の戦意を削ぐ。
「ライオウ」
ライオウの体躯が膨れあがり――ほとばしる轟音と、あふれでる閃光。放たれた巨大な光の塊はたちまちのうちに影を覆い、塗りかえた。
暗黒の蛇は顔の半分を瓦解させのたうちまわるも、痛みと怒りをエネルギーに換え、ふたたび襲いかかる。
「イッカク」
イッカクが吠えた。
体中の体毛が硬化していく。それだけではない、けたたましい金属音を響かせ、硬質の体毛は白銀の鎧となり、重戦車となり――やがて小さな戦艦となると、真希凪たちのまえに躍り出て、暗黒蛇と組み合う。
「イビツ」
しかし、イビツは動かない。
「……あれ、イビツ、イビツさん? 出番ですよ? ……恋子、頼む」
「イビツ、お願い♡」
ひとがかわったかのように咆哮するイビツ。
天を仰ぎ、頭を振ると、二本のねじくれた角はそのまま天を衝くように伸びていき、次の瞬間、地獄に生える樹木のように、四方八方に散開する。その様子はさながら、巨大な邪剣だ。
イッカクと膠着状態になっていた暗黒蛇の首元に、振りおろすと、断末魔の叫びをあげ、暗黒蛇は地に崩れ落ちる。
「……お、わらわらと出てきた」
図体だけの大きさでは不利だとわかったのだろうか。
巨大な岩の裏に潜んでいた虫のように、伏せた暗黒蛇の腹のしたから、這い出てくる影の群れ。視界を、空を覆う影の集団に、真希凪は背筋が薄ら寒くなる。
「恋子」
「任せてちょうだい……《神の見えざる》――《足》!」
叫び声とともに、視界が開けた。
影はハエ叩きが直撃したハエのように、空から降ってきた巨大な足に踏みつぶされるかのように、地に落ち、落とされたのだ。
「よし……これなら」
そういって一歩踏み出した真希凪に、鋭い声と、剣閃が飛ぶ。
「真希凪様!」
まがまがしい虫のような形をした影と、その胸から伸びる銀の細身剣。影は空気に溶ける煙のように、雲散していく。
「助かった、エミステラ」
と、礼を述べるも、
「…………」
「どうした?」
「……なんだかほかのかたがたに比べて、わたくしの出番だけしょぼいような気がします」
「……そういう細かいことは気にすんなって」
「べ、べつに、そういうことを気にしているから小じわが増えているわけではありませんし、第一わたくしに小じわなんてものはありません!」
「だれもそんなこといってねーだろ!」
肩を落とすエミステラを慰めるかのように、ユミルはいう。
「まあまあ、エミステラさん。わたしも似たようなものだし、いいじゃん」
「くっ、その赤ん坊のような瑞々しい肌がまぶしい……っ! かくなるうえは!」
「ちょ、エミステラさん……エミステラさあああああああん!?」
そんな様子を見ていた恋子が、呆れた様子で声を掛ける。
「……ちょっと、あんたたち、いつまでじゃれているのよ」
「おっと、そうだったな」
「そうだったって……真希凪あんた、最近、たるんでない?」
「余裕が出てきたといってくれ――神王としてのな」
「ふん」
鼻を鳴らす恋子は、どこか嬉しそうだった。
「さて、じゃあそろそろ、か」
そういって、真希凪は右手をかざす。天を衝くように。天を手中におさめるかのように。
人差し指に、光が弾ける。
次いで、中指、薬指、小指、そして、親指。
真希凪は叫ぶ。
「いくぜ――」
その真意の名を。
「《神王様のいうとおり》!」
世界を、光が覆った。
恋子はそのなかに、神王の背中を、見たような気がした。
最後までお付き合いありがとうございました。
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