高校生神王の告白
「頑張る?」
恋子はわけがわからないとでもいうかのように、鸚鵡返しする。
しかし、真希凪の返答は、実に素っ気ない。
「ああ。……そういうわけだから、そういうことで」
「いやいやいや。待ちなさいよ、ひとの本心を聞くだけ聞いておいて、はいおしまいってことはないんじゃない?」
「……そうか?」
「そうよ。……だいたい、頑張る、頑張らないの話でもないでしょうが」
「たしかにそうですね」
エミステラはニヤニヤと笑みを浮かべながら、さもおかしそうに――なにか、含みのある言い方で。
「真希凪様、ちょうどいい機会ですから、いってしまいましょう」
「エ、エミステラ、おまえな!?」
「え、なに、エミステラさん……まさか、真希凪、あんたっ!?」
何事かを察したのか、瞬時に恋子は耳の先まで真っ赤になる。
「えーっ、なになに、真希凪、なにをいうつもり? わたし、全然わからないなー?」
「ユミル、おまえまでなにを……っ!?」
「真希凪様、わたくしたち、席をはずしましょうか?」
「そうだね、そうしようか、エミステラさん」
いつのまにか仲良くなったふたりは、そそくさと林のなかに消えていく。イッカクとライオウが、真希凪にたいして牙を剥くイビツを引きずりながらあとを追う。微笑ましい光景であった――状況が、状況でなければ。
ポツンと取り残された真希凪と恋子。そんなふたりを笑うかのように、林がさざめき、雲が流れていく。
視界の右端にあった丸くなった猫のような雲が、視界の左端に消えていくほどの時間が経った。居心地の悪い、一方でこのままこの時間に浸っていたいと思えるような、ぬるま湯のような沈黙。
やがて真希凪は静かに息を吐き、口を開く。
「そ……その、さ」
「う、うん」
ふたりの視線は、まるで反発する磁石のようにかみあわない。
「……安心したんだよ、俺」
「え?」
あんぐりと口を開ける恋子を制するように、真希凪はいう。
「いいたいことはあると思うけど、最後まできいてくれ」
「……うん」
恋子は静かにうなずく。
「……俺、一〇〇日ゲーム中、ずっとおまえに迷惑をかけてきて。助けられてきた。で、そのきわめつけが、あの最終戦だ。俺、怖かったんだよ――本当は恋子が勝つはずなのに、俺が勝っちまったから」
恋子が俺のことを、恨んでるんじゃないかって。真希凪はいう。
「だから俺、最初はやりたくなかったんだ。俺が神王の座にいること自体が、おかしいんだから。……でも恋子を見ていると、そんな気にしてないみたいだし、じゃあやってみるかって思ったけど……それはそれで、上手くいかなかった」
そう口にする真希凪の表情は、どこか晴々としていた。
「だから、安心したんだ――恋子がわざと、負けたんだってわかって」
「……ごめんなさい」
愁傷に謝罪の言葉を述べる恋子に、真希凪はかぶりを振る。
「べつに、俺を頼ったとかそうじゃないってことくらいわかってる。でも、安心したし……嬉しかったよ。ダメな未完成品だったけど、そんな俺でも、すこしは役に立ったんだって」
「あたし、そんなつもりじゃ――」
「わかってる。でも、いや、だからこそ、俺は神王の座を譲るわけにはいかない」
神王でなくなったら、もう恋子に頼られることは、ないだろうから。
もちろん、恋子にそんな気持ちはないだろう。しかし自分は、気にしてしまうだろう。自分に神王の重責を肩代わりさせてしまった恋子が、一方的に気にしていたように。
「でも、それじゃあ、また真希凪は傷つくじゃない!」
「大丈夫さ」
強い言葉だった。さきほどの恋子と同じく。
「たしかに俺は、穴がボコボコあいた未完成品だけど――エミステラがいる。ユミルがいる。ライオウがいる。……そしてなにより、おまえがいる」
ニカッと笑い、真希凪はいう。
「掛け値なし、初代神王が認めた神王の器の持ち主だぜ? そんなおまえがいてくれれば、俺は実質、真の神王みたいなものさ」
「そんなこと」
そこまでいって、恋子は口をつぐんだ。
自分が神王になれば、もうだれも傷つかない。傷ついたとしても、それは自分であって、他人じゃない。真希凪ではない。けど、そうしたらもう、自分の隣りに真希凪はいないかもしれない。たとえ真希凪が傷ついても、真希凪が隣りにいて欲しいと思うのは、自分が真希凪の隣りにいたいと思うのは、わがままだろうか?
「……手伝って、くれるか?」
わがままだ。わがままに決まっている。――けど。
「まったく」
真希凪はそれでいいといってくれている。
「結局あんたは、あたしに頼るんじゃない」
自分を頼りにしていると、いっている。
「……たしかにそうだな」
けど、一方で。
「でも」
自分を頼りにしてくれと、いっている。
「頼りにしてるわよ、神王様?」
それで、じゅうぶんだ。
ひとりで、傷つくより。ひとりが傷ついて、勝手にもうひとりが、傷つくより。
ふと、笑みがこぼれる。草原に広がる、花のように。春のように――そして恋子は、勢いよく手を叩く。いつのまにか背後に近寄っていたエミステラたちに、声を張る。
「ほら! あんたたちも、いつまでそこに隠れているのよ! 帰るわよ!」
「げっ、エミステラ、おまえら、向こうに行ってたんじゃないのか!?」
「そんなわけないでしょう」
悪びれる様子もなくエミステラはいう。
「そんなことより……つまらない男ですね、真希凪様は」
「ほんと。せっかくお膳立てしてあげたのに。ねえ、イッカク?」
グル、とうなずくイッカク。一方でイビツは、どこか嬉しそうだった。
「……ほんと、あんたたち、仲良くなったわね」
不満げなふたりと一頭、および満足げな一頭がぞろぞろと丘をのぼっていく様子を、恋子は複雑な面持ちで眺める。しかしその口元には、微笑が携えられていた。
その微笑みは、不思議と真希凪を勇気づかせた。
「恋子」
「? なに?」
「……あの、さ」
もしかしたらそれも、真の神王の力によるものだったのかもしれないが――それは、喉もとで引っ掛かっていた言葉を、ほんの少しだけ、引き出した。
「……俺が本当に神王にふさわしい男になるまで、待っててくれ」
そのときの恋子の表情を、真希凪は一生忘れないだろう。
水面に投じた石が生む波紋のように、陽だまりにおいた手に広がる暖かさのように、心に染み渡るひとの優しさのように、恋子の顔に、ゆっくりと、笑みが広がっていく。
「……ま、期待しないで待ってるわ」
そう一言だけ残して、恋子は踵を返し、歩いて行く。
手を掲げて、真希凪は強く握りしめる。
「……やってやるさ」
決して届かない空に少しだけ、近づいたような気がした。




