高校生神王の問答(2)
「……そんなこと、できるわけないじゃない」
もう一度、恋子はそう口にした。
そう――そしてそれが、ライオウが動かなかった理由。
いうまでもなく、恋子とライオウの心は通っている。イッカクよりも、イビツよりも、だれよりも。それこそ、真希凪の立ち入る隙がないほどに。
そしてそのつながりは、恋子からライオウへの一方的なものではなく、ライオウもまた恋子の心情を理解することができる、双方向的なものであり。
だからこそ、ライオウは真希凪を迎えに来た。
だからこそ、ライオウは真希凪を逃がさなかった。
だからこそ、ライオウは恋子をもまた、逃がさなかった。
それらはすべて、恋子が深層心理で、願ったことだから。
真希凪と話したいと――恋子が願ったから。
そしておそらく、ライオウが真希凪に従ったことも、また、同じ理由なのであって。
「すっかり騙されたぜ――ライオウは最初から、おまえの命令を実行していたんだ」
《選定の儀》において、恋子は望んだのだ。
真希凪に、天界獣が従いますように、と。
だから、ライオウがそれを実行した。それだけのことだったのだ。
「恋子、おまえ……知ってたんだろ、自分に、器があるって」
いつのまにか、エミステラが、ユミルが、イッカクが、イビツが、周りに集まっていた。頭上に広がる空は、いったいどこまで続いているのだろう。
「知っていた……ううん、最初は、予感にすぎなかったわ。バラバラのパズルのピースを見て、完成図を予想するように」
でも、と恋子は目を伏せる。
「それが、どんどん――ピースを組み立てていくにつれ、確信にかわっていったの。一〇〇日ゲームを勝ち抜くなかで、そして、千代丸との決戦のなかで」
語尾がかすかに震えていた。
「だからこそあたしは――……」
真希凪は言葉を継ぐ。
「最後、俺を助けたんだな――そうしなければ、自分が神王になってしまうから」
コクリと、恋子はうなずく。
だから最終決戦において、恋子は真希凪を救ったのだ。自分を犠牲にして。
そうしなければ、真希凪が負け、八千代が負け、恋子が勝つからだ。
勝ってしまい、神王になってしまうからだ。
自分が神王になるのではないかという予感があったが――いや、あったからこそ、恋子はそれを断ち切ったのだ。
それはつまり、恋子は神王になりたくなかったということにほかならず。
「でも、そのせいで……真希凪が、かわりに傷ついちゃった」
「……おまえのせいじゃねーよ」
「ううん、あたしのせい」
恋子は首を振る。
「天界獣に襲われて傷ついて、天界獣を従えられなくて傷ついて。……そして、自分に神王の器がないことを知って、傷ついた。それは他の誰でもない……まぎれもなく、あたしがつけた傷なの。逃げたあたしのかわりに、真希凪が負った傷なの」
恋子は笑う。雲のように頼りなく、空のように空虚だった。
「ごめんね、真希凪……あたしが、逃げたから。あたしが、弱かったから」
恋子の瞳に涙が浮かぶ。それは、あの夜と同じ涙だ。
だが、すぐに表情を引き締めて、恋子は告げる。
「でも――あたしはもう、逃げない」
強い目だった。
「それが、あたしが神王になる理由」
「……恋子さん」
「迷惑かけちゃってごめんなさい、エミステラさん、ユミル。けど、もう、大丈夫」
フン、とライオウが不満げに鼻を鳴らす。恋子はあわてて、
「ごめんごめん、ライオウ、あなたにもお礼をいわないとね。……ありがとう、ライオウ。あなたがいなければ……はは、どうなっていたか、想像もできないわ」
冷え固まっていた空気が、融解していく。
みなの顔に笑みが浮かび、頬がほころんでいく。あいだにあったわだかまりは陽だまりのなかで消え失せ、かわりに、新たな新芽が顔をのぞかせる。
新しい旅立ちがはじまる――というシーンのなかで、真希凪は。
「……おい、ちょっと待て」
「? どうしたのですか、真希凪様」
「お腹でも痛いの? 真希凪」
エミステラとユミルが交互にいう。
「んなわけあるかあああああああああああああああああああ!」
真希凪は絶叫が、空に響いた。
「なに、漏らしちゃったの? 真希凪」
「仕方ないですね、真希凪様。早くお尻を出してください――って、だれがベビーシッターもお手の物の年増秘書ですか!」
「だれもそんなこといってねえだろうが!」
「……あんたのほうがうっさいわよ、真希凪」
恋子が呆れた様子でいう。
「で、なによ」
「なによじゃねーよ。なにおまえ、自分が神王になるつもりでいるんだ?」
「……は?」
サンタはこの世にいないといわれた子供のように、恋子は目をみはる。
「だれが神王をかわるっていったよ」
「あの……真希凪様?」
エミステラは眉をひそめる。
「かわらねーぞ、俺は」
「ま、真希凪……? やっぱりお腹が……それとも頭が? たしかに、天界獣と殴りあうだなんて、いまさらだけど、おかしいし……はわわ」
ユミルはユミルで失礼なことを口にしている。
しかし、真希凪の答えは、かわらなくて。
「か・わ・ら・ね・え」
「なんでよ!」
間髪を挟まず、恋子は吠える。
「いまの流れ、完璧にあたしに譲る流れだったでしょう!?」
「流れに流されているようじゃ、いい神王にはなれないぞ、恋子」
「ちょ、ちょっと待って。……どうして? どうして、神王の座を譲らないっていうの?」
「はは、これまでとは立場が逆だな」
「茶化さないで、教えて」
「どーしよっかなー?」
「……ライオウ」
ズシリと、ライオウがにじり寄る。
「おい、それはズルくないか!?」
「べつに、あたしはなにもしてないけど?」
恋子を援護するかのように、エミステラとユミルも言葉を添える。
「どのみち、理由をはぐらかすなんてことは許されませんからね?」
「そうだよ、このままだと真希凪、ただのバカってことになっちゃうよ」
「おまえらな……」
ため息をひとつついて、真希凪はいう。頭を掻きながら、どこか少し、気恥ずかしそうに。
「べつに、なんてことはねえよ……ただちょっと、頑張ってみようと思っただけだ」




