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高校生神王の後日談  作者: ぺのじ(旧春瀬)
第4章 高校生神王の答え
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高校生神王の問答

「だてに、神王を名乗ってないだろ?」

「ふん、笑えない冗談だわ」

「ああ、本当のことだからな」

「――っ! だから、いまはもう、あたしが神王なの!」


 反射的に、真希凪まきなは右に飛んだ。

 風もないのに草木が折れ、濃い緑の道を描く。恋子の《見えざる手》が、真っ直ぐに伸びていたのだろう。

 しかし、いまかわすことができたのはたんなる偶然だと、真希凪はわかっていた。

 あたりには障害物のひとつもない。自由自在にして変幻自在の《見えざる手》を、このままで回避し続けることはとうてい不可能だろう。視界の隅に雑木林を見つけ、真希凪は走り出した。エミステラたちからは離れてしまうが、仕方がない。


「そういえば、まともにおまえとやりあうのは初めてだな!」


 ジグザグに動きながら、真希凪は肩越しに叫ぶ。

 雑木林に逃げ込むまでは、とにかく動き回って避けるしかない。だが、いまこうして走っている次の瞬間にも、いつのまにか前方に待ち構えていた《見えざる手》にとらえられてしまわないともわからないのだ。


「やりあう? 逃げ回るの間違いじゃなくて?」

「うっせー、逃げてから反撃するんだよ!」

「もちろん、逃がさないけどね!」

「!」


 手にしていた砂をうしろに振り撒く。砂粒は弾かれることなく、重力に従い落ちる――そこに、《見えざる手》はない。ならば。


「上か!?」


 砂を投げかけるワンモーションが惜しい。

 体勢が崩れることもいとわず地を蹴る。手を伸ばす。指を伸ばす。眼前の岩に向けて。


「《伸びろ》!」


 グンと、体が加速するのがわかった。

 巨大な岩は神に命じられるままにその姿かたちをかえる。それはさながら、槍。雑木林をめがけ、その身を細くしつつ伸びていく。間髪を置かず、真希凪がいたところの地面が音を立てて弾けた。危なかった。しかしこれなら、逃げ切れる。

 限界まで細くなった岩から手を離すと、真希凪は振り返った。

 丘の上に、小さくなった恋子の姿が視認できた。一〇メートル以上、距離はとれているだろう。《見えざる手》の射程距離外にたどりついたのだ。


「……どうにか逃げ切れたか」


 すっかり近くなった林に歩みを進めようとした、そのときだった。


「――!」

「……なんだ?」


 恋子が叫んだのだ。

 なんといったかはわからなかった。しかし。


「まさか」


 瞬時に真希凪の足元を大きな影が埋め尽くし――それは、空から降ってきた。

 腹の底に響くような着地音。それほどの衝撃にも耐えうる丸太のような脚。岩石のような巨躯。それらはすべて純白で。しかし、空を裂く稲妻のように割れた口は赤く、瞳は地獄のように漆黒だった。

 真希凪は、その名を口にする。


「ライオウ」


 深く息を吸い込むライオウ。胸のあたりが風船のように膨らみ、ゆっくりとしぼんでいく。

 すさまじいプレッシャーだった。

 イッカクもイビツも、二頭をまとめても、比肩できないほどの重圧。さきほどまでは手が届くように見えた雑木林が、夜空に浮かぶ星のように遠くなったようだ。

 バチッと、音がした。


「……なんだ?」


 ふたたび、音が弾ける。

 音の発生源は、まちがいなくライオウだ。ライオウの体が、ライオウの体毛が、なびき、なびくたびに、音を立てている。静電気が弾けるように。雷鳴が轟くように。

 イッカクは肉体の硬質化。イビツは双角の伸縮。


「……だから、ライオウか」


 ライオウの能力は――放電。

 逃げ切れるだろうか?

 無理だ。

 真希凪のなかでそんな自問自答が、一瞬のうちにかわされる。この脳内でのやりとりは、神経を電気信号が通りなされているものだと聞いたことがある。つまり、やろうと思えばライオウは、これくらいのスピードで、真希凪の体を雷で焼き尽くすことができるということ。

 やはり、無理だ。ならば、と、真希凪はライオウに話しかける。


「おい、ライオウ。おまえも不思議なやつだな」


 ライオウの顔は微動だにしない。


「天界城まで迎えにきて味方してくれるのかと思ったら、今度は一転、恋子の味方をして。まるで――」


 まるで? 真希凪の思考がふと止まった。


「そろそろ、諦めたら?」


 いつのまにか、恋子が丘を降りてきていた。その距離、数メートル。


「うぐっ」


 逃げなければと思うまえに、真希凪は《見えざる手》に拘束される。


「あいかわらず、便利な神意だな」

「あんたのは、あいかわらず不便ね。……降参しなさい」

「……降参もなにも、俺は最初から負けてるつもりなんだけどな。いうなればこれは、甲子園で負けた高校球児たちが、マウンドの土を持って帰るようなもんだ」


 もっとも、持って帰るのは土ではないが。


「じゃあ、なに?」

「さっきからいってるだろ――おまえはなんで、神王になった?」

「さっきからいってるでしょ――器があるからって」


 苛立ちを隠さずに、恋子はいう。


「このままじゃ、押し問答だ。質問をかえてもいいか?」

「ご自由に。でももちろん、あたしがそれに答えるかどうかも自由よね。……ライオウ、この男を、あなたの電流で気絶させて。それで、おしまい」


 そういって、恋子は踵を返す――しかし。


「……なんのつもり? ライオウ」


 立ち去ろうとした恋子の行く手を、ライオウの尻尾が阻んでいた。

 怪訝な顔をして振り返った恋子に、ライオウはうなずくかのように喉を鳴らし、目でなにかを訴えかけていたようだった。恋子はその瞳をキッとにらみかえし、


「なにをしているの、早くいうとおりにしなさい!」


 ライオウは動かなかった。彫像のように、恋子から視線を逸らさない。


「……時間があるようだから、質問をかえさせてもらうぜ」


 真希凪は確信を抱き、口にする。


「……なんでライオウは、ここを離れてまで俺たちを迎えに来たと思う?」

「ライオウ! どうしたの!」


 ライオウの体から、プレッシャーが消えていく。


「それにもかかわらず、どうして俺が逃げるのを阻んだと思う?」

「さっさとこの男を黙らせなさい! ライオウ! ライオウ!?」


 かわりに流れ出すは、神秘的ともいえる、不思議な感覚だった。


「そしてどうしてライオウはいま、命令に歯向かい、なにかを訴えかけているんだと思う?」

「知らないわよ! いいかげんにしないと、《手》で締めあげるわよ!」


 深呼吸一回分の時間を挟み、真希凪はいう。


「――じゃあ、そうしてみればいい」

「――っ!?」


 恋子の瞳の奥にある光が、ぐらりと揺れた。


「わかったわよ! なら、やってやるわ! やってやるんだから!」

「…………」


 真希凪はゆっくりとまぶたを閉じた。

 穏やかな風が頬を撫でる。雑木林のあいだを、音も立てず流れていく。とじたまぶたに、薄雲を透過した柔らかな光が宿る。息を吸い込むと、澄みきった空が、体を満たしていく。

 そして。


「……そんなこと」


《手》が、締めあげるどころか、ゆっくりと真希凪の体から離れていく。


「……恋子」


 風と、木々と、雲と、光と、空と。

 それらにまじり、恋子の嗚咽が、耳に届いた。


「……そんなこと、できるわけないじゃない」


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