高校生神王の神意(2)
叫ぶと同時に、真希凪の右手の人差し指に、光が小さく弾けた。そのあとに現れたのは、弱々しく、儚げですらある、ロウソクのような光だ。
しかし、まぎれもない、真希凪の神意である。
「ちいっ!」
《神様のいうとおり》――それは、相手に命令を与え実行させる、絶対的な力。
もちろん、強力であるぶん、制限もある。相手が実行可能である命令内容であることや、命令内容を口にするあいだ、その指が、相手に触れていなければならないということなどだ。
しかし、いまならば。
トン、とイッカクの額に指をあて、真希凪は叫ぶ。
「『眠れ』!」
刹那、目を覆わんばかりの光が瞬いた。――次の瞬間、崩れ落ちる、イッカクの巨躯。
イビツは、いま、イッカクになにがおこったかを理解することができたのだろうか。咆哮をあげて翼を広げるも、ユミルの笛の音により脚に力ははいっていない。畳みかけるかのように、笛の音が響き渡る。
「もう一頭も!」
「させない!」
瞬間、真希凪は横っ面を張られ、吹き飛ぶ。
なにが起こった? 衝撃を感じる直前、恋子の声が響いた。ならばこれは、恋子がしたもの――《神の見えざる手》だと、脳が警告の声を上げる。
「真希凪!」
ユミルの注意が逸れる。
そして恋子は、その隙を逃さない。凛とした声で、命令をくだす。
「イビツ!」
突然、雷で打たれたかのように、いきりたつイビツ。猪突猛進の勢いで、真希凪に襲いかかる。大地を揺らし、湧きあがってくるその足音に、身がすくむ。
「だから、ダメだって、イビツ!」
すぐに、ユミルが笛に口を当て、奏でる。
先ほどの小春日和のような調べとはまたちがう、深遠な森の奥にひっそりと鎮座する、銀色の湖のように静かな曲調だった。その神秘さに、その静謐さに、思わず背筋を伸ばし、息を飲んでしまうかのような、そんな旋律。
しかし。
「なんで!?」
ユミルは驚愕をあらわにする。
イビツはとまらなかった。足音でかき消されてしまっているのかと思ったが、そうではない。恋子の口が斜めになっている――まちがいない、《神の見えざる手》で、イビツの耳を塞いでいるのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
イビツが頭を振るう。
ただでさえねじくれたイビツの角が、さらにねじ曲がり、真希凪に向かって、放射状に拡散していく。呪われた茨のように刺々しく、地獄の津波のようにまがまがしい。
逃げられない。
「なら!」
光を宿した人差し指をかざし、タイミングをあわせる。
「《曲がれ》!」
ふたたび、閃光がほとばしる。
次の瞬間、真希凪に向かって真っすぐに伸びてきた角は一様に右下へと逸れ、かわりに、地面を抉った。観衆たちのあいだから、短い叫びがあがった。
「へえ」
恋子は目をみはる。
「スピードはすさまじいけどな。でも、これくらいのことができないと、とてもじゃないけど《一〇〇日ゲーム》は勝ち抜けなかったぜ?」
イビツは焦った様子で、頭を揺らす。しかし、丘の大地に深く、複雑に刺さった角は、そう簡単に抜けないにちがいない。
恋子も同じことを考えたのだろう。
「イッカク! いつまで寝ているの!」
恋子が一喝すると、イッカクは弾かれたように跳ね起きた。
真希凪は舌を打つ。短時間のあいだに、同一の対象を相手とした場合、《神様のいうとおり》は一回しか使えない。「眠れ」では、ふじゅうぶんだったかもしれない。
ユミルの笛も、意味をなさないだろう。目には見えないがイッカクの耳には、すでに恋子の《見えざる手》が伸び、覆っているだろうからだ。
イビツよりも一回りは体の大きいイッカクが、迫る。その様子はまるで、重戦車のよう。風を切り、土を巻きあげ、歯のあいだから唸り声が漏れ出していた。
両手をぶつあわせると、甲高くも鈍い、金属音が鳴り響いた。腕の先の体毛が、硬質化しているのだろう、火花のきらめきが残滓した。
そこに舞い踊りあらわれる、ひとつの影。
「させません!」
キィンと、鋭い音が鳴り響いた。
のけぞるイッカクの体を追うように、銀の閃きが走る。けたたましい金属音と火花を散らして、エミステラの細身剣がイッカクに炸裂した。流れるような一連の攻撃の美しさに、真希凪は目を奪われる。
「大丈夫ですか、真希凪様」
「……ありがとう、助かった」
「礼には及びません。ベテランの技をなめないでください――って、だれが年増ですか!」
「だれもいってねえよそんなこと!」
ずいぶんと悪質な言いがかりだった。
「お説教はあとでです!」
エミステラはふたたび細身剣を構え、いう。
「だから――」
「ですので、ここはわたくしに任せ、恋子さんのところへ!」
「――っ! ……任せた!」
イッカクと激しい打ち合いを繰り返すエミステラを尻目に、真希凪は丘を駆けあがる。
視界が開けた。一面に広がる青空は澄みきっていて、地上のいざこざなど気にも留めないかのように、白い雲が流れていた。
真希凪はほんの一瞬、目を、心を奪われる。
「……なかなかやるじゃない」
真希凪はハッと顔をおろすと、口を斜めにした恋子がいた。




