高校生神王の神意
上空から隕石のように飛来するライオウは、すぐにひとびとの騒ぎの対象になった。みな驚き声をあげ、地上に落ちる影から離れていく。
しかし、喧騒を余所に、真希凪はライオウの背から飛び降りた。
「恋子」
突然の来訪者の正体が神王である真希凪だとわかると、周囲のひとびとからさらにどよめきが起こる。
「……あら、これはこれは、いったいどうしたのかしら?」
一目見て、わかった。そこにいる恋子は、恋子であって、恋子ではないと。
髪型がかわっているわけでも、服装がかわっているわけでもない。外見ではなく、内面がかわっているのだ。変貌した内面が外にあふれ、それにより、あたかも恋子がかわったのだと、かわってしまったのだと、錯覚したのだ。
一言でいうのなら、恋子は、完成していた。
「《披露の儀》は終わったわ。ライオウがいなくなってしまったからどうしようかと思ったけれど、イッカクとイビツ、二頭を連れてきたことが評価されたの。……少なくとも、無断で儀式を欠席する、いまの神王様よりはね」
ふわりと微笑む恋子。完璧すぎるその表情には、どこか違和感すらあった。
「だから、いまさらきても、もう遅いわ。……ねえ、みなさん?」
燕尾服に身を包んだひとびとは、蠱惑的なまでのささやきのせいだろうか、みな一様に、心酔した顔をしてうなずく。これが、真の神王の力なのだろうか。
そのなかでひとり、真希凪だけが、首をふる。
「べつに、だれも、神王の座を取り戻そうってつもりじゃない。……そもそも、その席は、恋子、おまえのものだからな。借りていたものを返した、それだけだ」
「愁傷な心掛けだわ。……でも、それなら、なんのために、あなたはここに? 別れの挨拶は、すでに済ませたつもりだけど」
「――おまえがどうして、急に神王になりたいと思ったのか、それが知りたくてな」
単刀直入に、真希凪は尋ねる。
そう、聞きたいことは、知りたいことは、そこだけだったからだ。もし恋子が本当に心から神王になりたいのだと考えているのなら、引き下がる。しかし、そうでないのなら――ほかに理由があるのなら、引き下がるわけにはいかない。
そして、返ってきた恋子の答えも、またシンプルで。
「器があるから」
「……器」
「そうよ、器。器があるものが、神王の座につく。それは、当然のことでしょう? たとえわずかな穴だとしても、底が掛けた器は、器足りえない。遅かれ早かれ、中身は流れ出してしまうわ」
的確なたとえだった。
初代神王のいっていたとおりだ。未完成品と、完成品のあいだには、確固たる、隔絶たる、差があるのだ。未完成品である真希凪に、その差を、その穴を埋めることは、無理なことであり、いつか決壊してしまう。
「なるほど、だから――自分に器があるから、神王をやるってのか」
「ええ」
「なら、そこに、おまえの気持ちはあるのか?」
「……あってもなくても、どっちでも構わない」
「あるとは、いわないんだな」
「ないとも、いっていないわ」
にらみあうふたりのあいだを、風が吹き抜けた。そよ風の尾が頬からひいていくのを感じながら、真希凪はふたたび、恋子に問う。
「あるのか、ないのか? どっちだ」
「……逆に訊くけど、あんたにはあったの?」
考えるまでもないことだった。
「ない!」
「――っ」
目を伏せる恋子。口を真一文字に結び、手を固くにぎる。そして、絞り出された言葉は。
「あんたは……っ」
「……恋子?」
「あんたには、器がないから、わからないのよ!」
恋子の怒声と同時に、弾かれたように、二頭の天界獣が――イッカクとイビツが――動いた。いっさいのためらいを挟まないその動きは、まぎれもない、忠実な神王の部下そのもの。
「く……っ、ライオウ!」
ライオウが唸る。――しかし。
「ライオウ」
恋子の冷たい炎のような言葉に、ライオウは金縛りにあったかのようになる。だが、イッカクとイビツはとまらない。たちまちのうちに、示し合わせたかのようなコンビネーションで、真希凪を挟み撃ちの形にする。
「わからないって、なにがだよ!」
質問には答えず、恋子は宣言する。
「やりなさい、イッカク、イビツ!」
「……おいおい、それは、しゃれにならねーぞ!」
「真希凪様!」
エミステラも緊迫した声で叫ぶ。
「いま、神意の使用制御の解除作業中ですので、もうしばらく耐えてください!」
「耐えるって、どれくらい!」
「もうしばらく!」
「そんなこといわれても――おっと!」
イッカクの丸太のような腕が、真希凪の眼前を通過した。四の五のいっている場合ではない。恋子はやる気だ。殺る気とまではいかないものの、この場から強制的に真希凪を追い払おうとしている程度には。
だが、自分に、二頭の天界獣の攻撃を、かわし続けることができるだろうか。
そのときだった。救いの声が――いや、音が、耳に届いた。
「ダメだよ、ふたりとも!」
ユミルの笛の音だった。
この場に不釣り合いともいえる、春風のような、陽気で、温かいメロディだった。音はまるで布団のようにあたりに広がり、猛る天界獣らを包み込む。
二頭は、目に見えた微睡んだ。動きが鈍くなり、そのままがっくりと肩を落とす。
恋子が苛立たしげに舌を打つ。
「真希凪、いまのうちに逃げて!」
「サンキュー、ユミル……でも!」
真希凪は逃げるどころか、ふたつの山に立ち向かっていく。
「エミステラ!」
「もう少しです!」
エミステラの返答に真希凪はコクリとうなずき、
「恋子!」
「……なに!」
「たしかに、俺にはおまえの――器を持つものの気持ちはわかんねーよ!」
「~~~っ! ……でしょうね! ていうか、あたりまえでしょう! あんたごときに、あたしの気持ちがわかるものですか!」
「けどな!」
イッカクに狙いを定め、真希凪は走る。
「おまえにも俺の――器を持っていなかった俺の気持ちが、わかんのかよ!」
「わかるわよ! わかるに決まってるでしょう!」
恋子の悲鳴にも似た叫びに、真希凪は小さくつぶやく。
「……そうかい。それなら静かなところで、聞かせてもらうとするぜ!」
エミステラが叫ぶ。
「制限解除、完了です!」
心なしか、体がグンと軽くなったようだ。
恋子の表情が、かすかに強張る。そう、彼女は知っているのだ、真希凪の神意を。
「神意――」
右手の人差し指を立て、真希凪はその名を叫ぶ。
「《神様のいうとおり》!」




