高校生神王の出陣(2)
真希凪はライオウの背に手を置く。それは、真希凪も、もちろんエミステラも、同じ気持ちだったからだ。
ユミルがいるのは、ライオウを追ってきたからだという。ならば、なぜ、ライオウはここにいるのだろう。なぜ、恋子は飛び立つライオウを放っておいたのだろう。
考えてみれば、《披露の儀》において必須であるはずだ、逃していいはずがない。
「なあ、おまえはなんで、ここにきたんだ?」
ライオウから言葉は返ってこない。神王の器を持たない真希凪が、ライオウと正確に心を通わすことはできないのだ。その無力さを、あらためて実感する。
「ねえ、それで、今度はわたしの質問に答えてよ。どうしてふたりがここにいるの? 《披露の儀》はどうしたの? なんで恋子がいるの?」
「……そうだな」
エミステラに目をやると、彼女はコクリとうなずいた。真希凪は話しはじめる。
初代神王と話し、自分に神王の器がないことがわかったということ、そして、真の器は、恋子がもっていたということを。
口に出してみると、なんてことのない話だということがわかり、真希凪は思わず、笑みがこぼれる。自嘲の笑みだった。
「――というわけだ。……悪いな」
「ふうん」
ユミルからの返答はそれだけだった。遠くを見つめ、思案にふけっている。
やはり、怒らせてしまっただろうか。幻滅させてしまっただろうか。それはそうだろう、自分が神王だと思ってきた相手が、そうではなかった、ただの未完成品だというのだから。
ユミルの口から出るであろう怨嗟の言葉に身構える真希凪。
しかし、ユミルが口にした言葉は、予想とはまったくちがっていて。
「なんで、謝るの?」
「……は?」
すこし怒ったような口調で、ユミルはいう。
「だから、なんで謝るのかって。いま、いったでしょ? 悪いなって。……全然悪くないじゃない、真希凪は。ううん、誰が悪いわけじゃないし、誰も悪くないよ」
そうだろうか?
たしかに、自分は悪くないのかもしれない。しかし、天界人から見れば、自分が悪者であることにかわりはないだろう。
「……ユミルは、怒らないのか? 俺はおまえを、騙したんだぞ」
「真希凪も騙されてたんでしょ? しょうがないじゃん」
それに、とユミル。
「わたし、知っているもの。真希凪が、素敵な神王様だって。それにほら、いろいろあったけれど、結果としては、天界獣を――それもライオウを、従えているじゃない。それで、どこに文句をもつひとがいるの?」
真希凪は返答に窮する。
ユミルのいっていることは、エミステラとそうかわらない。もっとも、隠匿するという考えではなく、そもそも隠匿する必要もない、いってしまえば、開き直れ、ということだったが。
しかし、「どこに」といわれれば、答えはあることも事実。
「恋子が、よしとしないだろうな」
そうだ、恋子がかわらぬ対応をしていれば、こうはならなかったかもしれない。この期に及んでひとのせいにしていると思われてしまうかもしれないが、事実でもある。
ユミルは首をかしげる。
「たしかに、それが不思議なんだよね。……どうして、恋子は、神王になりたがったんだろう?」
「? なにいってるんだ、ユミル。そりゃそうだろ」
「なにが? 恋子が神王になりたい、ってことが、そりゃそう、なの?」
「……ああ」
なにをいっているんだと思いつつ、真希凪はうなずく。
「でも真希凪は、神王になりたくないんでしょ? ちっとも当然じゃないでしょ」
「いや、それは、俺に神王の器がないからであって――」
――それはちがう。
真希凪は自らの勘違いに気づき、言葉を飲み込んだ。真希凪は、自分に神王の器がないと知るまえから、神王になりたくないと感じていたのだ。
それは、なぜだ?
答えは簡単だ、自分にはできないと、リスクが大きいと考えていたからだ。
だとすればなぜ、恋子はそう考えない? いや、そう考えないなんてことが、あるのだろうか? 恋子はしょせん、一介の高校生だ。一転、急に神王の座に就くことなど、できるものなのだろうか?
「……あ」
瞬間。
真希凪の頭のなかで、光が瞬いた。
小さいが、それはたしかな、道しるべ。
「真希凪様!」
エミステラが叫ぶ。
眼下には《選定の儀》の場――アルミノの丘が見えた。なだらかな緑の丘に、ひとが黒いかたまりを成している。その人だかりの中心に、人影がひとつ。となりには、巨大な影もある。あれは人間の大きさではない――天界獣だ。ならばあれば、恋子にちがいない。予定通り《選定の儀》が、催されているのだ。
グンと、体が軽くなる。ライオウが滑空体勢に入ったのだ。
エミステラが口にした疑問。
なぜ、恋子はあの夜に、わざわざ自分に伝えにきたのだろうか。
ユミルが口にした疑問。
なぜ、恋子は危険の多い、神王をやりたいと思ったのか。
そして、真希凪の抱いた、疑問。
なぜ、恋子は別れ際、謝罪し、涙を浮かべたのか。
それらの答えが、この先に、ある。
知らなければならない。
その答えを。
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
真希凪の叫びが、空に木霊した。




